170 南の公爵地 春祭りの終わり 12
攫われた娘たちが救出された頃に、公爵邸では華やかな婚約披露パーティーの裏で、ワイリー男爵とアブクゼン商会長の取り調べが行われていた。スドから貸倉庫の契約書にワイリーの二重帳簿と別邸に囚われた女性が救出された。ワイリーは愛人だといっていたが、女性は監禁されていたという方があっていた。部屋の窓には鉄格子、出入りの戸には錠がしてあった。恐ろしさに泣くことに疲れた女性は救出隊が出向いても震えて外に出ることが出来なかった。
さすがにワイリー男爵夫人は万事休すと思ったか、調査に素直に従った。だらしない男爵は財務管理のほとんどを男爵家の執事に任せていた。以前からその行いに不満の有った執事は男爵夫人に相談していた。男爵夫人は高値で貸倉庫を貸し出して脱税している程度に思っていた。まさか人身売買まで手を広げているとは知らなかった。
男爵夫人は自分の子供を守るためにスドに自ら脱税の書類、二重帳簿や隠し財産を開示した。さらに男爵しか出入りしない執務室の戸を破壊して、スドたちを中に招き入れ捜査の協力を申し出た。その上で離縁の書類のサインをスドに依頼してきた。男爵夫人にはまだ未成年の子供がいる。守るべき子供を優先したようだ。
そんなことも知らず、ワイリー男爵は「知らぬ」「存ぜぬ」を通したが書類のサインに家紋印、離縁状を見て崩れ落ちた。その後、ゼニゲバーノの誘いに応じて北の貸倉庫10個を通常の三倍で貸し出し管理も任せていた。人身売買はその後しばらくしてワイリー男爵は知ったが利益を上乗せすることで共犯になった。さらわれた中にはワイリーの愛人として献上されている人もいた。
アブクゼン商会長アブンゼンは、婚約披露パーティーで娘を売り込みに来ただけだから、突然の事情聴取に驚きを隠せなかった。北の木材の不正購入と密輸の書類を見せられ目を丸くして驚いていた。さすがに商会長だけあって「書類の商会長のサインと商会長専用の印が違う」と丁寧に書類を見て、公爵家の納品書類と違うことを確認して欲しいと言い出した。
公爵が先の取引の書類と比較してみると、サインも商会印も良く似せてあるが商会長のこだわりの細工までは似せることが出来ていなかった。人は何に助けられるか分からない。アブンゼンは細工師のスキルを持っていたのだ。家が商会のため細工師の道は諦めたが趣味で細工物にはまり、自分専用の商会印には並々ならぬ細かな趣向を施した。
しかし、アブクゼン商会としては副商会長のゼニゲバーノのサインが本物であることで商会としての責任は重い。さらに商会の別邸にバッサリーノを迎え入れていたことは、悪事の黙認と取られても仕方ない。アブンゼンは別邸の抜け道とゼニゲバーノの隠れ家の情報を提示した。
アブンゼンの情報をもとに騎士団長はアブクゼン商会の一斉捜査に入った。ゼニゲバーノは見つからなかったが、バッサリーノは寝込みを襲われすぐに捕獲された。商会の番頭は商会の帳簿に取引書類をすぐに提出した。バッサリーノの部屋にはほとんど書類がないためすぐに隠れ家を強襲した。隠れ家ではゼニゲバーノが荷造りしていた。ゼニゲバーノは騎士の強襲に驚き、何も持たず裏口から逃げるところを逮捕された。
ゼニゲバーノの荷物には密輸の書類や人身売買の名簿に几帳面に帳簿までそろえてあった。ワイリー男爵への賄賂やバッサリーノの木材の横流しも事細かく書かれていた。ゼニゲバーノは自らの犯罪とワイリー男爵、バッサリーノの悪事の証拠を揃えていた。さらに金を金貨に換え魔法ポーチに収納していた。魔法ポーチは強制的に個人指定を解除された。ゼニゲバーノとバッサリーノを花で飾られた馬車で公爵邸に運び込み牢に閉じ込めた。
ゼニゲバーノを詰問したのち取引商会を確認し、船長立会いの下船荷の捜索が行われた。スドたちが乗船すると数匹の猫が先導するように船底の貨物庫に向かった。スドは「妖精猫」であることは知っているので驚きはしないが、船長やあとについた騎士たちは驚いていた。一匹の猫が一つの箱の上に飛び乗る。さらに他の猫も間隔をあけて大きな木箱の上に飛び乗った。
「騎士隊だ。助けに来た。人がいるなら木箱を叩いてくれ」
スドの声に二か所の猫の乗った木箱から木箱を叩く音がした。船長に確認したのち木箱をこじ開けると中に数人の男の子と青年がぐったりとしていた。騎士と船員はすぐに救護室に運び込み応急処置を施した。グレイは一度ライのもとに転移して船の救護室にライを届けた。女性たちほど大事にされていなかったせいか男たちは待遇が悪かったようだ。ライは船医に隠れて回復をかけた。
さすがに小人のライの数回の回復魔法では回復しきれない。グレイ経由で回復ポーションを手渡し船医に飲ませるようにスドから伝えてもらった。男たちは労働奴隷なのか攫われたまま、とても汚れていた。ライは我慢できずに「クリーン」もかけてしまったが、船医は春祭りに人手を割かれ、10人の重症者にあたふたしていて気が付くことはなかった。
スドはさらに別の猫が乗った箱をこじ開けていける。各種の武器や木材、穀物、絹製品などが申請以上に箱に収められていた。船はまだ港に停泊してるので密輸品は押収することに問題はない。船長の権限で船から荷は降ろされた。それらが夕方までかかった。
春祭りに参加していた多くの船関係者が戻ってきた。港に降ろされた荷を見ても誰も苦情を申し出る人はいなかった。多少苦虫を嚙み潰したような顔を見せても何も言わない。このことは船長から船主を通じて各国の港管理官に伝わり二度と船の利用が出来なくなる。船を使った商売をしている商会には大きな痛手となる。あとはその国の問題なのでグランド国からは苦情の申し入れは出来てもそれ以上は何もできない。
下ろされたすべての荷を公爵家倉庫に運び込み、助けた人たちを公爵家の医師が後の対応に当たった。その頃には婚約披露パーティーは無事にお開きになった。着飾った人々が馬車で帰っていった。それからが大変であった。明日には船は出航するので、他国の密売人を拘束した後、船長預かりで船主のもとに届けてそこから犯罪者として罰せられることになる。回収した密売品の出どころの調査に裏取引の詳細を調べ領主としての判断をしなければならない。
アブンゼン商会長は密売には直接かかわっておらず、利益も得ていないが、「アブクゼン商会」という名が大きく働いたことの責任を取り、賠償金の支払いと公爵家の出入りを1年間禁止する処罰を受けた。アブンゼンは娘の結婚のことより商会の立て直しに力を注ぐことになる。
さらに商会の名目上の代替わりの必要がある。甘やかした娘ではあとを任せることはできない。「ゼニゲバーノさんは信頼できるの?」と後妻に言われたことを思い出した。アブンゼンは商会長という立場に胡坐をかいて、人を見抜く力が曇ったようだ。商才のある後妻とこれからのことを相談して行くことにした。
囚われたゼニゲバーノは魔法ポーチの中に金貨以外にも禁制の薬を持っていた。ザッツ国から流れてきた禁制薬だった。さらわれた人たちが騒がぬように使っていたようだ。まだほかに保管物があるかもしれないので、魔法ポーチは高価な品だが、容量が小さいため魔導師により破棄され焼却された。
ゼニゲバーノはさらに過去の犯罪の調査がこれからされる。外国に逃避する予定が無くなり牢の中で長く暮らすことになる。滞在していた隠れ家以外にも数軒の隠し倉庫もあったため調査は長引くようだ。
船長は犯罪者を引き取り翌朝静かに出航していった。忙しい日々を送ったスドは「猫」がいなくなったことに気がついた。厳しい公爵家の執事のような「猫」を恋しく思うとは思わなかった。
誤字脱字報告ありがとうございます




