17 ライは調理人ではない
冒険者ギルドの依頼だった書類仕事を数日かけてライは終わらせた。そして次の日から壁門の外の薬草採取を開始した。街から離れた森の入り口付近で、グレイに見守られながらの薬草採取だ。一つ一つ確認しながらだから時間がかかる。
「ほらそこにある。木の下」
「グレイ。初めての薬草採取なんだからイライラしないで。お婆のとこと違うから最初は仕方ないの。すぐ慣れるからこれでも食べて待っていて」
「わかってる。でも魔法の練習するんだろ?手伝った方が早いよ」
「・・お願いします」
ライは依頼分の薬草を確保したのちグレイに魔法の指導を受けた。グレイは魔法を息をするように使いこなす。「ぽいと」「えいと勢いで」「なんとなく」と感覚言葉が続いていく。グレイは教えているのにできないライのことがわからない。グレイは教えるのが下手だった。
「角ウサギ!撃て!」
突然出てきた角兎に小石を撃ちつける。風魔法の応用。お婆の所で訓練したから出来た。
「さすが俺は教え上手だ。ライ、血抜きして納品しよう。肉は持ち帰りして夕飯だな」
冒険者ギルドに戻れば顔見知りになった納品係のおっちゃんが、申し訳なさそうにライに声を掛けてきた。
「ライ君、魔物の解体できるか?事故で人手が足りないから手伝ってもらえないか?」
小さい物しかできないがそれでよければと返事をしたら、メリーさんが六日間の解体依頼を持ってきた。
入ったばかりの職員が手に大きな傷を負ったらしい。解体した肉に毒が混じっていて傷口から毒が入って復帰に時間がかかる。小物の角兎は初心者冒険者が多く納めるから、それだけでも捌いてくれると助かるらしい。角兎の肉は安価で美味しいので庶民には人気の肉だ。
一応冒険者は血抜きをしてきている。毛皮に傷をつけず剥いで、内臓を破らないように剝ぎ落す。毛皮は業者に売るので傷はない方がいい。内臓が破れると肉が汚染されて不味くなる。解体初心者の技術を磨くには、角兎は基本中の基本。ライの解体技術は薬師のお婆仕込みだから無駄がない。
ギルドの解体長は角兎を完璧にできればあとは力と魔物の知識を追加するだけだと言っていた。解体場のおやっさんたちは、豪快で陽気な人ばかり。ライの事を孫の様に可愛がってくれる。解体の仕事もあれこれと教えてくれた。どの魔物のどこの肉が美味しいか、どの冒険者が血抜きをしないか、このギルドで働く上で必要な知識がライに溜まっていく。
毎日解体に明け暮れたライは、大物の魔物は解体できないが、中型までは出来るようになっていた。体が小さいので力はないけれど、ギルドの資料室で魔物の本を読み、いろんな魔物の急所や体の作りを利用して、力任せの解体ではなくなったのだ。おっちゃんたちに、このままここで働けと勧誘された。
仕事終わりに、ライは骨に残った美味しい魔物の肉をそぎ落としてもらって帰る。そのまま捨てる物なので自由にしていいと言ってくれたものだ。夕飯のおかずに
みじん切りした野菜とそぎ落とした肉を練り合わせ、塩とちょっと高価な胡椒を少し入れて練る。平たく形を作ってフライパンで焼いた。
軽くナイフを入れるだけで肉汁が溢れる。グレイは焼いてる側で鼻と髭をひくひくさせていた。ボブは美味しいと絶賛し、肉は焼くかスープで煮込むことがほとんどでこんな調理法は初めてだと言っていた。普通は塊の肉をわざわざ細切れにはしないし、解体後の骨に付いた肉をそぎ落とすことなど誰もしなかった。翌日お昼用に、丸パンに野菜と一緒に昨夜焼いた肉を挟んで持っていった。
「おっ!美味しそうなもん食べてるじゃないか。俺に売ってくれ?」
解体長が1銅貨寄越した。多すぎるが自分の分がなくなるので1個手渡した。グレイはそっと2個隠した。
「うまいぞ。こんなの初めてだ。売れるぞ。明日は俺の分も作ってきてくれないか?まるパン3個で3銅貨でどうだ?」
周りで見ていた解体職員に、俺も俺もとライは頼まれた。仕事終わりにみんなで肉をそぎ落とし、多量の肉を持たされた。さすがにパンだけではと、夜に野菜スープを作って肉挟みパンと一緒に販売した。
解体所の弁当にメリーさんが食いついた。パンを2個手渡したら副ギルド長にも渡った。それがきっかけでギルドの酒場で、昼にお弁当を作って売らないかと要請が来た。
ライ一人で作れる弁当は、片手分しかできない。材料は仕事の合間に残った肉をそぎ落とした物だから手軽に手に入るが、商売となれば肉質を選ばないとならないし、大量の肉を細かくする労力がいる。胡椒も高価だ。さらに、毎日同じメニューでは飽きが来る。他の食材も考えなければならない。
そこでライは酒場のマスターに作り方を説明して、調理を依頼することにした。さすがに冒険者ギルドの酒場マスターだけあって、体が大きく筋肉モリモリの髭づら男だった。
「おお、坊主。昼の酒場は暇だから職員ぐらいの弁当なら作れる」
快くお願いを受けてくれた。ライのお願いというより、ギルド職員の願いだった。マスターの力技で、肉を細かくするのはあっという間だった。両手に包丁を3本ずつ持って肉を切り刻んで行く。怖ろしいほどの勢いだった。
さすが元A級冒険者だ。足を痛めて引退した今も、筋肉は鍛えているらしい。酒場で酔って暴れた客も、あっという間に制圧されて外に放り出されるという。
「坊主、女性受けする物はないか?どうしてもがっつり系が多いから何か出来ないか?」
大男が小さい声でライに囁く。食糧倉庫を眺めたら、卵に砂糖に小麦粉に乳に・・・色々揃っている。酒場のマスターは料理好きのようだ。酒の肴ばかり作ることにに飽きていたのか、ライの教える料理を楽しみにしているのが良く分かる。
まずは鍋に乳と砂糖とあわあわの実を入れてマスターに撹拌クリームを作ってもらう。次に小麦粉と砂糖と卵と乳でクレープの生地を作る。あとはこの生地に果物のスライスと撹拌したクリームを載せる。
ふわふわのデザートが出来上がった。筋肉モリモリのマスターが涙目で食べている。本当は、甘いものが好きだと言っていた。男が甘いものが好きなど軟弱だと言われるから我慢していたとマスターはライに話してくれた。
肉の細切れづくりや撹拌クリームはマスターの負担が大きい。乳を軽く温めて布で濾したクリームを使ってもいいかも。日持ちがしないのでその日で売り切れる分しか作らない方がいいと伝えた。
あわあわの実は薬草を取りに行ったときグレイが教えてくれた。グレイの昔の旅仲間に料理人がいたのでパンの実や蜜の実、塩の実など色々知っている。
グレイのヒントから、ライはなぜか料理が思い浮かぶ。作ってみればとても美味しいから不思議だ。肉団子をスープに入れたり、スライスした肉を卵液にくぐらせ、古くなったパンを砕いてまぶして、解体所で出た脂の塊で揚げる。
「おい坊主、レシピ登録しろ」
副ギルド長の所にクレープを配達したら、そのまま商業ギルドに連れていかれた。すべての手続きがあっという間に終わった。何かわからないがレシピ使用するたびに商業ギルドカードにお金が入るらしいことは分った。
冒険者ギルドの酒場は、昼は軽食食堂になって街の人まで利用するようになった。近所の寡婦を数人雇うまでの人気の店になった。力自慢の男たちも酒場の隅で甘いものを食べている。魔法使いは甘いもので魔力の回復が早くなるという。本当だろうか?雇われた寡婦たちは料理のベテランぞろいなので家庭料理やクッキーなどのお菓子も出されるようになった。
ライはギルドの依頼を受けに行くたび、マスターに捕まり思いつく料理を伝えた。そして肉を食べるなら野菜も食べないと老化が早まると話した。周りにいる男どもは驚いた。自分の頭に手をやり残してあった添え物の野菜を食べ始めた。
マスターはライの名前でいくつも商業ギルドにレシピを登録してくれていた。ライは商業ギルドのカードを使うことが無かったので、レシピ使用料で結構な金額が入金されていることに気が付かなかった。
誤字脱字報告ありがとうございます。