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神の落とし子  作者: ちゅらちゅら
169/176

169  南の公爵地 春祭りの終わり   11

 ライはグレイに起こされて貸倉庫の部屋の中で目を覚ました。


「俺たちが大変な思いしてるのに呑気だな。まあ、ライはそのくらいでいいか。これ以上人の目にさらされたらごまかしようがないからな。今日で片が付く。そしたらすぐに帰るからそのつもりでいてくれ」


「この娘たちは今日中に帰れるのね。良かった」


「朝食を運び込めなくて騒ぎだすだろうが、外に騎士たちが待機しているから、俺が迎えに来るまでここにいてくれ。悪人どもも貸倉庫の破壊まではしないだろうけど」


「大丈夫。結界もあるし、攻撃魔法使うから」


「ライ、体小さいからあまり効果ないかも」


「うっ、そうでした。ここはイエローに手伝ってもらいます」


「それじゃまた」


 グレイが転移して部屋から消えた。娘たちはまだぐっすり寝ているのでグレイには気が付いていない。ライは体が小さいことは便利だと思ったが、身体が小さいと魔法の威力はないし、自由に動けない。本当に不便だ。イエローは任せてというように貸倉庫の全面の壁を補強し始めた。ライはまずは腹ごしらえと朝食の準備を始める。美味しい匂いに寝入っていた娘たちが目を覚ました。


「「おはようございます」」


「今日中には家に帰れるからあと少し頑張ってください。これから外が騒がしくなるけど声を出さないで。きっと今日は身ぎれいにして船に運び込まれる予定だから、ここから出ないために力を貸してください。まずは腹ごしらえしましょう」


 目の前にはふかふかパンにスープ、卵にサラダ。ジュース迄準備されていた。数日前から攫われていた女性など信じられない状況だ。昨夜は楽しく食事をして皆で木札遊戯を楽しんでぐっすり寝た。今日中に家に帰れるという言葉に涙が溢れた。皆で励まし合い食事を取り終わった頃外から声をかけられた。


「朝食を持ってきたわ。開けて頂戴」


 昨夜戻ってこなかった仲間だと思っていた女の声に一同顔を見合わせた。誰ともなく唇に指をたて無言を通した。何の返事もないことに女は入口の戸を開けようと「ガタガタ」と木の戸を動かすも戸が開くことはない。


「動かないわね。内側には鍵はないはずなんだけど。古いせいかしら。それにしても睡眠薬効き過ぎじゃないの」


 悪人の娘が入口から遠ざかってすぐにどかどかと複数の足音がした。戸の前に男の図太い声がする。


「開かないのか?鍵が壊れたか?随分静かだ。逃げられたか?」


「昨夜から見張りしていたんでしょ。あんたが逃がしてないならこの中にいるわよ。逃げられたら私が売られるわよ」


「あはは、お前さんじゃここにいる娘の代わりにはならないよ。もうすでに船に買い手が待っているんだから」


「失礼ね。でも私はここに残るほうが良いわ。知らない国の金持ちに売られるなんて・・ああ恐ろしい。先に売られた子たちは元気かしら?」


「そんなこと言えるのか。自分が攫ってきたのに。信頼させて最後は裏切るのに」


「大事にされた子たちは少し優しくすればすぐに信じるわ。そのあと裏切られた時の絶望の顔が何とも言えないほどいいのよ」


「お前さんの曲がった根性も凄いな。それより時間がないんだろ。風呂に入れて着替えさせて昼までに船にかつぎ込まないとならない。船主に不審がられても困る」


「分かっているからあんたに声をかけたんでしょ。それに、あんたたちは自分で人生転げ落ちたんでしょ。わたしは妹のために売られたのよ。信じていた親や妹、使用人に裏切られたの。泥水飲んで這い上がったの。馬鹿にしないで」


「同じ姉妹なのに、どうして?」


「妹の持参金のため」


「ああ・・恨むなら女たちより親だな」


「そのためには金と力がいるの」


 貸倉庫の中の娘たちは、外の声を聞きながら彼女も人生を変えられた一人と知った。それでも悪事に加担してよい理由にはならない。外の男たちも力任せに入り口を開けようとするも開くことがない。ここにきて貸倉庫の中の女たちが心配になり入口の戸を蹴破る行為に出た。


「中の女たち、戸を蹴破るから奥に集まっていろ。怪我などしたら困るんだ」


 男の声は大きかったが、中から返事がない。中の様子が分からないことから強行突破することにしたらしい。「ガツン!ドカ!」と激しい音と共に貸倉庫全体が揺れる。ライは斧であいた隙間から「辛子噴射器」を差し込み噴射した。


「め、目が痛い。何だ?」

「赤い煙が・・目が開かない」

「ゆ、床が滑る」「手に何かがついて斧が滑るし足場が良くない」

「な、中に何がいるんだ」


 ライは戸の下方に開いた穴から油を流した。床が滑りやすくなって男どもは手をついて転びその手で斧を持てば斧が手から滑り落ちる。手も足も滑って力を込めることができない。バタバタと大騒ぎをしているうちにさらに多くの人がやってきた。これ以上人が増えるのかと不安になった時ライにはスドの大声が聞こえた。


「一班は俺と共にワイリー男爵邸に、2班はロスの指示のもとここにいる者を取り押さえ中の攫われた娘を保護しろ。行くぞ!」


 スドの意気込んだ声が遠ざかる。さすが脳筋行動が早い。スドの声に貸倉庫の前にいた悪人たちは慌てて逃げようとするも足元が滑り上手く動けない。悪人たちが這いずって入り口を離れたところをスドが連れてきた騎士たちに取り押さえられた。


 そこでライは入口の粘着魔蜘蛛糸をイエローに外してもらい戸を開けた。油を流したせいで出入り口の床は油まみれ。悪人たちが這いずったせいではるか向こうまでつるつる滑りそうだ、髪洗剤と砂を風魔法でまき散らし、水魔法で床を洗い流した。後方に集まっていた娘たちは恐る恐る開いた戸から顔を出した。


「エス、貸倉庫から娘たちが顔を出しています」


「えっ、戸が開かなかったんではないのか?」


「分かりません。とりあえず倉庫事務所に行く者と娘たちの救出に分かれます」


 救出隊の動きが決まったようだ。ライは娘たち一人一人を貸倉庫から自力で抜け出すよう声をかけた。


「よく頑張りました。騎士があなたたちを守ってくれます。怖い思いをしたと思いますが待ち人に心配かけないようしっかり自力でここを出て行きましょう。「妖精」のことは秘密にしてくださいね」


 一晩共に過ごし友となった「妖精の秘密」は娘たちに共有され絆のもとになった。貸倉庫に監禁されていたが皆身ぎれいで、顔色も良く笑顔で貸倉庫部屋から騎士のもとに向かった。


 攫われた娘たちは騎士から事情聴取をされたのち身内に迎えに来てもらいそれぞれが家に帰ることができた。春祭りの騒ぎで人攫いの話はすぐに立ち消えた。娘たちは皆気鬱になることなく日常に戻った。不思議な小人の妖精やメイド服の蜘蛛、話す猫に出会えたことで心的外傷を残すことはなかった。


 攫われた娘たちは「妖精の秘密」を他に話すことができないので、時々集まっては懐かしむように妖精や猫の話をした。マリはスドから貰った「妖精花」を増やすことに専念し数年後成功した。リズは商会の看板娘から良い婿を貰い商会長として商売を広げた。食堂の看板娘は新しい料理を研究し自分の店を持つようになった。他の娘たちも良縁に恵まれ幸せをつかんだ。


 悪人に加担した娘の家族は、下の娘を高貴な子息に嫁入りさせるために自分の娘を人身売買の組織に売り渡したことが発覚し、両親と妹は男爵位を取り上げられ、売られて悪事を働いた娘の賠償金を稼ぐため鉱山労働の刑罰に処された。


 南の領地では「小人の妖精」に出会った者は、幸せになれるという話が静かに広がった。

誤字脱字報告ありがとうございます

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