168 南の公爵地 攫われた人の救出 10
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ライはグレイの小言を聞きながら攫われた娘たちがいる部屋に転移した。娘たちは深く寝入っていた。部屋の隅にいるイエローに外でのことをライは説明した。
「イエロー、リリーにもうすぐ帰れると報告して。きっとグレイのことだから船の荷は明日には改めるだろうからすぐ解決だね。そしたらすぐに帰るとことになると思うよ」
「リリー、早く戻れだって」
「そうだね。早く帰りたいね。思いのほか長居してしまったから、みんなに心配かけたしね、早く帰らないと。それに小さい体はやっぱり不便だね」
「イエロー、小さくても困らない。あちこちこっそり出かけることできる」
「まあ、そうだけど・・」
ライとリリーは緊張の連続で疲れが出ていた。明日の朝までこの貸倉庫にはきっと誰も来ないから、ひと眠りすることにした。
そんなライたちの部屋の緩慢な空気と裏腹に、サーウス公爵家執務室の中は緊張に包まれていた。ズューデンは春祭りの賑わいに影を差ささず、密輸と人身売買を明日までに解決しなければならない。三人の息子と騎士団長と執事長を交えて、情報を整理してこれからの対応を話し合っていた。そこに密輸船と思われる船の船長の訪問が伝えられた。ズューデンは別室で面会に応じた。
「公爵様、お忙しい時に突然の訪問を受けいれていただきありがとうございます。実は取引先の商会の荷物に人が紛れていることが分かりました。以前から予定外の多量の木材の持ち込みがあったり、予約外の持ち込みが多く迷惑している商会です」
「どこの国の商会か?」
「以前はザッツ国で手広く商売をしていたようですが今はその隣のイッツ国です。ザッツ国が一時期荒れた頃に勢力を伸ばした商会です。今はイッツ国に本拠を移しています」
「木材の搬入は北の商会か?」
「いえ、ワイリー男爵様の騎士様とアブクゼン商会のゼニゲバーノ様が取り扱っているようです」
「それはおかしい」
「えっ」
「北の木材は北の公爵の管轄だから、勝手に南の公爵領の商会やワイリー男爵が扱えるはずがない」
「もしかして密輸ですか?人身売買・・決して私の船は関係ありません」
「そうであろう。そうでなければここには来ていない。私は長い付き合いの船長を信頼しているが、このまま密輸を許せば密輸船と言われるのも時間の問題かもしれないな。私の所に密輸を証明する書類が届いている。強制捜査の計画を立てていたところだ」
「私ども船は決して密輸を知っていたわけではありません」
海の男といった風貌の白髪頭の壮年の船長は驚きと共に誤解を解くことに言葉を重ねた。ズューデンは船長を責めることなく、被害者であることを証明するために、一斉捜査の協力を申し出た。
船長は明後日の朝の出航は止められないが、明日の午後であればすべての荷がそろうので、その時間の捜査協力を船長は進んで願い出た。船長の協力が得られたことで、公爵側の密売の摘発の計画が進んだ。船長に明日の準備のために信頼する者を確保して欲しいと頼み船長を帰した。
「婚約パーティーはわたしの挨拶を済ませたらあとはシュードに任せる。スールはクレバリーと滞りなくパーティーを盛り上げてくれ。明日はアブクゼン商会とワイリー男爵は招待されているから、その辺は気を付けてくれ。
スドは騎士隊を連れて明日の午後、船長の許可のもと乗船して密輸商品の確認をしてくれ。決して勝手に商会の箱を蹴破ることはするなよ。人がいるなら外から声をかければ、中から音を立てるだろうから静かに捜索するんだ」
「俺は少しでも早く・・」
「気持ちが分かるが、もし密輸品でない箱を無理やり開ければ、港の信用問題だ。分かるな」
「はい・・」
「明日、北倉庫を無理にこじ開けようとした者を順に捕らえる。ワイリー男爵はパーティーに出ているので多少騒がしくても問題はない。スドはそれらを牢にぶち込んだのち、貸倉庫の書類を捜索、ワイリーの犯罪が確定したところで男爵邸の抜き打ち捜査に入る。
アブクゼン商会長は婚約パーティーに参加するので、こちらで尋問を行う。上手くいけばワイリーと罪のなすり合いでぼろが出る。アブクゼン商会長を確保したところで商会の一斉捜査を行い、ゼニゲバーノをとらえ、悪事の証拠をさがせ。
商会には北の伯爵の子息バッサリーノが別邸にいる。騎士団長は抜け道を塞ぎ確保をしてくれ。木材の密輸はバッサリーノが主導している。明日の一日ですべて終わらせる」
ズューデンの言葉にその場にいた者は全員が頭を下げた。スドを中心として北の倉庫の見守りとワイリー男爵邸の捜索、その後船の一斉摘発。騎士団長を中心としたアブクゼン商会の摘発とゼニゲバーノと一味の捕獲。それを束ねる侯爵邸の執務室には公爵と連絡係の騎士が残ることになった。公爵邸の警備と婚約披露パーティーにと人手はいくらあっても足りない。
それぞれが明日に向け捜索の準備に執務室を出ていった。しぶしぶ自室に戻るスドを見ながら、ズューデンはスドがもう少し思慮が深ければ良いのにと思ってしまう。しかしいつもスドが自分に一番似ていると妻に言われていることを思い出した。スドの成長に期待するしかない。取り敢えずスドから得た情報から、北の倉庫にいる娘たちは安全であることにほっとした。
「公爵、船の捜索は少数精鋭でいい。船の中もアブクゼン商会の中も街猫が案内する。それより船乗りたちを春祭りに出してくれればさらに仕事がしやすい。残った者の中に密輸に関わる商会の者がいるはずだから、捕獲も安易だ」
ズューデンの前に突然現れたのは、スドとスールが話していた猫だった。南の公爵地には海を守る巨大な妖精がいる。必ず公爵位を継ぐときに海に挨拶に出向く習わしになっている。スドが子供の頃に海に落ちた時、助けてくれたのも海の妖精だった。スドの話は子供の作り話と思った者も多かったが、わたしと妻と両親は海の妖精に感謝した。
私の住んでいるグランド国は昔から女神に愛され、妖精や精霊が住まう国と言われている。もちろん口伝で伝えられた子供の寝かしつけ話として平民から貴族まで広がっている。だからこそ信じているものは少ない。しかし国と各公爵は必ず引継ぎの時に精霊に挨拶をし、その土地を守ることを誓う。そして女神の愛し子は必ず生まれる。愛し子が幸せであればその土地は豊かになると言われている。
『妖精や精霊は目に見えないが、害さなければ良き友人となる』祖母の口癖だった。祖母は「愛し子」だったと言われている。ズューデンから見たら少し変わった祖母だった。海に行けば海に語りかけ、庭に出れば花や木々に向かい話しかける人だった。ズューデンは優しく穏やかな祖母ことはとても好きだったが、祖母はズューデンが妖精や精霊が見えないことを少し残念がった。
祖父や父はそんな祖母を大切にしていた。決して「愛し子」だからでないことは分っている。自分の三人の子供の中でスドだけが海の妖精に早くに出会ったが、他の精霊や妖精は見えないようだ。そんな時「妖精猫」に出会えた。長生きするもんだ。祖父母が生きていたら喜んだのにと思わずにはいられない。
「ぼやぼやせず働け。俺はスドの側にいる」
そう言って「猫」は目の前から突然消えた。
「転移か」
王都と公爵地を結ぶ転移魔法陣に多くの魔力を使うことを思い出した。「猫」はいとも簡単に転移した。あの小さな体にどれほどの魔力があるのかと要らぬことを考えてしまった。スドが「猫」に怒られたと言われたことを思い出す。やはりスドとズューデンは似ていると自覚した。明日の一斉捜査と婚約披露パーティーを滞りなく終わらせるとズューデンは決意した。




