166 南の公爵地 攫われた人の救出 8
スドがパレードに参加するために控室を出て行ったあと、『春の妖精』候補だった町娘たちは楽しそうに話し出した。
「リズ、驚いたね。スド様からお花貰っちゃった」
「マリ、本当に驚いたわ。わたしたちが『春の妖精』みたいだって」
「お父さんとお母さんにこの花見せなくっちゃ」
「見たことない花だね。『妖精の花』って言っていたね。釣鐘の白い花がとても可愛い。スド様が家までちゃんと持って帰るようにと言っていたわ。この花から種が取れたら増やすことできるかしら?」
「マリは花農家の娘だけあって、この花を増やす方が先かな」
「リズは商会の娘だから、お婿さん候補がどんどん増えるわね。決めるのに大変そうよ」
「マリだって分からないわよ」
「ううん、わたしは花を育てるのが好きだから、お婿さんより珍しいこの花の方が嬉しいわ。それより今回のパレードにスド様が参加するんだって」
「それは大変な賑わいになるわね。ローズさんなんてスド様に花が貰えなくて悔しそうだったわ」
「えっ、みんな舞台の上で貰ったよね」
「違うのよ。ローズさんたちは特別にバラの花を貰っていたでしょ」
「舞台横に用意された花ではなかったわね」
「貴族令嬢は巷の花なんて飾られたくないからそれぞれの家から持ち込みで花を用意したの。それなのにスドさんは舞台横の花をみんなに平等に渡してくれたでしょ。公爵家の子息から特別な花を貰えたら婚約話が出るかもと期待したんじゃないかな?」
「ふーん、まあいいじゃない。一緒にパレードに出たらお話ができる機会もあるでしょ。でも二人とも感じ悪かったけど・・」
「アブクゼン商会の会長はお嬢様を嫁がせたいと思っているみたいよ」
二人の町娘の話は本当に楽しそうだった。此処からどうやって攫われるのかライは緊張していた。会話を楽しむ二人に起こる凶事をライは知っていて二人に知らせることができない。
「春の妖精さん、ご苦労様でした。こちらに軽食を用意しました。帰りの馬車の準備をしている間にどうぞ」
「えっ、お父さんが迎えに来るっていっていた」
「マリと一緒に帰るから・・・」
「そうですか。それならお父様が来るまで控室をご利用ください」
女性が軽食と飲み物を乗せた台を残して部屋から出ていった。ライは聞いたことのある声に思わずポケットから花の陰に隠れて顔を出した。あれはゼニゲバーノと打ち合わせをしていた女だった。きっと軽食か飲み物に睡眠薬が入っているはず。でも怖い思いをして騒いでも彼女たちのためにならない。ここは無理せず睡眠薬を飲んでもらった方が安全だ。
二人の町娘はめったに食べられない御馳走に夢中になった。まだ10才だもの仕方ない。若い二人はぺろりと出された軽食を食べきった。食べられる花に興味深々と二人は花を手に取って眺めたり花弁を一枚口にしていた。しばらくすると声は聞こえなくなった。静かに控室の戸が開き先ほどの女性とゼニゲバーノが入ってきた。
「早く袋に詰めて台の中に隠せ。裏に馬車を用意してある。例の所に運んでおけ。明日の夜には船に移す予定をしてくれ。騒がれるな」
「お任せください。家族を盾にしていますから、誰も反抗しません。良き家族を持つと不幸になるんですね」
「ああ、今回は見目の良い者を選んだから高値で売れる。男は船に?」
「はい、女たちは身ぎれいにしてから運び込みます。ゼニゲバーノ様は、そのまま船に乗りますか?」
「ううん、そうしようかと思ったが公爵家に伝手ができるかもしれない。ワイリー男爵ともう一儲けしようかと考えている。人攫いは今回で手を引くことにする。バッサリーノの方もダメそうだから他を考えないとな。ワイリーのとこのローズが上手く使えるかもしれない。新しい商会でも立ち上げるか」
「バッサリーノ様が金貨100枚で小人を売りたいと言い出しました。捕らえた小人を見せていただいたのですが人形でした。木材の搬入も止まっています。木材の取引は止まりそうですね。それでもゼニゲバーノ様にお供しても良いですか?」
「ああ、アブクゼン商会も今回のことが発覚すればおしまいだろう。責任は会長に取ってもらえばいい。お前が良いならついてくればいい」
「ここまで手を汚しましたら、もう戻れません。いずれは他国に」
「分かった。では後のことは任せて、荷物を運んでくれ」
ゼニゲバーノの声を最後に袋詰めされた町娘は堂々と春祭りの会場から運び出された。ガタガタと馬車に揺られ潮の香りのする港近くに運ばれたようだ。静かに馬車はが停まる。馬車から先ほどの女性が先に降り小声で指示を出している。袋詰めされた娘たちはそのまま抱きかかえられ馬車から移動した。しばらく歩くとどこかの部屋の中に入ったようだ。
「良い子にしていましたか?この二人の世話を任せます。明日は久しぶりにお風呂に入って着替えをして、新天地の準備をしますから騒がないでくださいね。この子達の家族もこちらで押さえてありますから、良く言い聞かせてください。手荒な真似はしたくないですから、お互い騒がないよう見張ってください。一人のせいで家族とここにいる全員が死ぬことになりますから」
静かな、だが冷たい声に嘘はないようだった。全員が息を飲んだ。誰も身動きできない。
「そこの奥の娘、食事を運ぶのを手伝いなさい」
ごそごそと音がしたのち誰かが部屋を人攫いの女性と共に出て行った。残った娘たちの一人が袋のひもを解きだした。
「この娘たち『春の妖精』に出ていたんだ。まだ花エプロンしたままだ。可哀そうに・・」
「私達どうなるのかしら?」
「分らないけど、・・・」
「きっと・・」
みんな分かっているけど、口に出したら決定事項になるようで誰も口に出来なかった。全員が年端も行かない子供ではないから、むやみに泣き叫んだりしない。平民なら見習いに出ていてもおかしくない年齢のようだ。マリとリズはまだ薬が効いているようで袋から出されても身動きしなかった。
部屋の中に先ほど出て行った娘が戻ってきた。
「夕食を貰ってきたわ。食べないと体力をなくすわ。食べましょう。あの子たちは目が覚めてからでいいわ」
がさがさと音はするが食事をする者はいなかった。イエローがライの所に戻ってきた。『あの娘は人攫いの一味』なるほどこの部屋の娘たちが随分落ち着いているのはあの娘が騒がないように上手に抑止しているんだ。上手いことを考えている。
そこまでするということは、ここの娘たちは富豪に売り出される。傷つけず泣き叫んだりしないように管理している。しばらくして食器を片付けるために先ほどの娘は部屋を出て行った。そのあとをイエローがそっとついて行く。
マリとリズは目が覚めたようだがまだ自分の置かれた状況が分からない。先ほど紐を解いてくれた娘が、声を上げそうになった二人に言い聞かせをしていた。
「ここは何処?どうなるの?」
「あっ、食堂の看板娘・・だよね。みんなが探していた」
「お父さんとお母さん元気だった?」
「良く分からないけど貼り紙されていたし、街兵も探し回っていたわ」
「春祭りで大騒ぎになっているから今は分かんない」
看板娘は家族が安全なことに涙を流した。年上の女性がマリとリズに色々話を聞いていた。春の祭りの様子やスドの話はさすがに驚いたが緊張した部屋の空気が少し緩んだ。
空気が和んだところで一味の女が戻る前にライは囚われた女性たちに話をしたいと思った。ライがそろそろポケットから出ようとしたとき、グレイとイエローが飛び込んできた。
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