165 南の公爵地 攫われた人の救出 7
スドは父の指示に従い、納得はしていないが春祭りの会場に向かう。スドは考えるよりまずは行動に走る性質のようだ。
「スドさん、『急がば回れ』と言います。近道より遠回りでも安全確実な道を選ぶことが大切です。特に他国船に対しては『間違えました。ごめんなさい』では済まされません。南の港は多くの船が利用している。これからもこんな事件は大なり小なり起こると思います。気を静めてください。
ゼニゲバーノは『春の妖精』候補からも子供を見繕うとしています。その現場を押さえることも大事です。それにすでに攫われた人たちの隠し場所を知っているのはゼニゲバーノです。スドさんは大切なお役目です」
「分かっている。分かっているんだ」
スドは自分に言い聞かせるようにひとり言をつぶやいた。早足で街の賑わいの中心『春の妖精』選出会場に到着した。ライはスドのポケットからそっと顔を出し周りを眺めた。花の香りと屋台の匂い、人々の楽しげな声が春祭りを盛り上げている。
「父の代わりに私が審査員に入ります。遅れてすいませんでした」
「いえいえ、まだ始まってはいません。アブクゼン商会のゼニゲバーノ様のお隣が審査員席になります。アブクゼン商会長も本日こられずに副会長が代理です」
「アブクゼン商会長はなぜお休みに?」
「ここだけの話ですが、明日のお兄様の婚約パーティーですね。うちのお嬢様の初社交なので準備に余念がないようです」
「随分子煩悩な父親ですね」
「父親にとって娘は特別可愛いと言います。それにお嬢様のお母様は早くに亡くなられています。今の奥様は後妻なのです。商売に長けた奥様ですから良い再婚だと思います。お嬢様のことも可愛がっていますが、やはり、継子ですから・・。こちらの絵姿の方々が今年度の『春の妖精』候補です。よろしくお願いします」
「ああ、それなら父親である商会長が力を入れるのが分かります。我が家は男ばかりだから母がむさ苦しくて仕方ないと言っています」
会場役員と挨拶を済ませ、スドは再びゼニゲバーノの横の席に着いた。ゼニゲバーノはさすがにアブクゼン商会副会長だけあって、落ち着いた物腰でありながらまだ若いスドに丁重に挨拶をしてきた。
「スド様、この度はスール様のご婚約おめでとうございます。お兄様のご婚約の次はスド様ですね。シュード様は王都におられるようですが、パーティーには戻られるのですか?」
「兄は跡取りですから、今日あたり戻ってくる予定です」
「シュード様が王都に残られるなら、スド様が公爵を継ぐことになられるのですね」
「いえ、兄は王都を引き払う準備をしています。そんな心配は無用です。私には公爵は重荷です。それより船に乗って他国に出向いてみたいです。ゼニゲバーノさんは他国に行ったことはありますか?」
「いえいえ、私はありませんが他国の商会と取引をしていますので、他国の空気だけは嗅いだことがあります。グランド国とは違った文化や産業の国が多いです」
「素晴らしいですね。一度、私にも他国の商会と話をさせてください。まだまだ若輩な身の上、父から仕事の割り振りをいただけません。知見を広げる手助けをしていただけると嬉しいです」
にやりとゼニゲバーノがほくそ笑んだ。スドをうまく利用しようと考えているようだ。スドもそれが分かっているのでゼニゲバーノをおだてて持ち上げていた。これでゼニゲバーノが密航するのを踏みとどまってくれるとありがたい。
それからもゼニゲバーノはスドに『春の妖精』候補の姿絵を見せながらいろいろ情報を流してくれていた。その中には領内の貴族令嬢が幾人かいたのでスド様の花嫁候補にどうかと話し始めた。その中でもワイリー男爵の娘ローズの話を盛んにしてきた。綺麗だとか優秀だとか盛りに盛っているようだ。
「スドさん、『春の妖精』候補の平民の娘の二人が攫われる予定です。顔をよく見ておいてください」
スドはわずかにライの声に頷いた。スドとライは、ゼニゲバーノの話を聞きながら『春の妖精』候補者たちの挨拶と得意な歌や踊りを眺めた。ゼニゲバーノのお勧めのローズ嬢は真っ赤な髪に勝気そうな釣り目をしている。優勝を確信しているような言動が鼻につく。どこがおすすめ令嬢だとライとスドは呆れてしまった。逆にワイリー男爵となにか繋がりがあるんではないかと疑ってしまった。
「ワイリー男爵は港の北側の・・」
「よくご存じで、港の北側に幾つかの貸倉庫を経営しています。堅実な経営で羽振りも良いようです」
「ゼニゲバーノさんも取引がおありですか?」
「わたしというより、アブクゼン商会がお借りしている倉庫があります」
木材などは大きいから港近くの倉庫で保管して夜間に船に積み込めばわからない。アブクゼン商会は大きいから、独自の倉庫を持っているはずなのに、貸倉庫まで手を広げているのはおかしい。
『春の妖精』の候補はドレスの上から白いポケットの多数ついたエプロンを身に着けた。舞台の上で得意な歌や踊りをしたのち多くの観客が舞台横に盛られた花をもって自分のお気に入りに花を捧げる。白いエプロンのポケットに多くの花が差し込まれ、まるで花のドレスのようになっていく。
貴族の令嬢の花は大輪のバラが色とりどりに飾られていく。候補の町娘には用意された花がポケットの飾られていく。見方によっては大輪のバラばかりのドレスはけばけばしく品がない様相を呈していた。町娘の白いエプロンは小花が咲き誇る白いドレスのに見えていかにも妖精のように見える。
『春の妖精』は最終的に出来レースだったのか、ワイリー男爵令嬢ローズが選ばれた。スドが審査員を代表して、妖精の花冠を頭に乗せた。さすがにローズはまだ10才だけにスドに媚びは売らないが、公爵子息のスドに頬を赤らめていた。
他の『春の妖精』候補の中でも街娘たちは街の人達に声を掛けられ花を捧げられていた。それこそ『春の妖精』と言っていい。審査員が終わったゼニゲバーノはいそいそと席を外し『春の妖精候補』たちの控室に向かった。
「スド様、春の妖精と共にパレードの馬車にお乗りください」
「えっ、わたしがですか?」
「スドさまがパレードに参加していただけたら、さらに祭りが盛り上がります。よろしくお願いします」
お願いされれば断ることはできない。祭りを盛り上げるのも大事なことだ。パレードが始まるまで準備の時間がある。スドはお茶を出され控室で待つことになった。焦っているスドにライは声を掛けた。
「スドさん、わたしを三つ編みの町娘のポケットにこの花と共に押し込んでください。スドさんは公爵様の代理です。下手に断るのはおかしいです。あとは私が追跡します。パレードが終ったら港の北側の貸倉庫に来てください」
「そんなことしたら・・」
「大丈夫です。わたしは妖精ですから消えることもできます。それにこの花に気が付いた妖精猫が、何かあったら助けてくれます。ともかく祭りに来た人たちに気づかれないように、祭りを盛り上げてください」
スドは控室から『春の妖精』の候補たちの控室に向かった。貴族令嬢たちはすでにパレードに向かうための着替えに別室に向かっていた。スドは残された町娘二人に優しく声をかけた。
「今日はご苦労様。とてもきれいだったよ。二人にこの珍しい花を贈るよ。この花は『妖精の花』と言う名前なんだ。本当の妖精のような二人に一番似合っている花だよ」
スドはフラワーリリーを二人の町娘の白いエプロンのポケットに差し込んだ。三つ編みの町娘のポケットにはライを隠すようにポケットに忍ばせた。公爵の息子からの花のプレゼントに、二人の町娘は声が出せない。驚きと喜びで、顔が真っ赤になっていた。
「とてもかわいい春の妖精は無事にお家に着くまでこの花をなくさないでね」
スドの言葉に二人の町娘はコクコクと人形のように頷いた。
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