163 南の公爵地 クレバリーとの再会 5
クレバリーの声掛けにスールは嬉しそうに部屋を出ていったところでライは大声を上げた。
「クレバリー!こっち、こっち」
クレバリーは先ほどまでの優しい笑顔をかき消し鋭い目つきで周りを見渡した。ライは植木鉢の上から手を振って声を掛けた。クレバリーは何度も部屋を見回したがライに気が付かない。
「薔薇の植木鉢の根元!」
クレバリーはライの声が聞こえたようで顔を植木鉢の薔薇の根元に目を向けた。可愛らしいクレバリーのつぶらな瞳がこれ以上開けられないほどに見開いた。その瞬間グレイが転移で現れた。
「あっーーー「ぼふ」むっ」
叫び声を上げそうになったクレバリーの口を押えるためにグレイはクレバリーの顔に張り付いた。さすがに公爵家のお嬢様、大声を上げることはなかったが猫が、顔に張り付くというあり得ない状況に目を白黒させた。
「ライの粗忽者!娘!声を張り上げるな!」
「グレイ!」
ライは植木鉢からイエローの糸に助けられ床に飛び降りた。とことことグレイ(とクレバリー)に向かって走り出した。イエローもライにのった。
「娘!声を張り上げるな。事情があって小さいがライだ。治療宿で一緒に働いたライだ。分かったな」
クレバリーが頷くとグレイはクレバリーの顔から離れて膝に飛び移った。怖ろしいものを見るように体を動かさずグレイを見たのち、ライはクレバリーを目指してとことこと走り、イエローは後を追った。
「ライお姉さま?」
「治療宿で一緒に働いたライです。お風呂にも一緒に入ったでしょ。小さいけど本人です」
クレバリーはグレイが膝にいるのも忘れ椅子から立ち上がりライに近づいた。クレバリーはライに手のひらを差し出した。一瞬気が緩んだグレイはクレバリーの急な動きに間に合わず膝からごろりと床に落ちた。街猫ならくるりと回転して立ち上がる。クレバリーの手のひらから床に寝転んだグレイを見て、やはりグレイは猫ではないと納得したライだった。
「ライお姉さま、どうして小さく?魔法ですか?呪いですか?」
「ううん、屋敷に戻れば元に戻れるわ。今だけだから秘密にして」
「スールにも?」
「ライ、屋敷にすぐに帰るぞ!」
「グレイ、すぐには帰れない。明後日密輸船が出航する。その中に南の領民が含まれてるの」
「また余計なことに・・」
「余計ではないわ。北の木材の流れも掴んだけどだけど私では何もできない。グレイ、一枚はバッサリーノの横流しの書類、もう一枚がアブクゼン商会の密輸の書類、頑張ってイエローと一緒に証拠を集めたんだから。それに私だって人攫いに遭ったことがあるでしょ。とても怖い思いをしたわ。助けないなんてことは出来ない」
「これを見るとバッサリーノとアブクゼン商会の繋がりははっきりしている。商会長の名前まであるのか?こっちは人身売買までしているのはゼニゲバーノ、副商会長が主導のようだな」
「クレバリー、この証拠を婚約者のスールに渡してくれない。急がないと女性と子供が売られちゃう」
「ライお姉さま、渡すのは簡単ですが、これをどこから持ち出したかなど色々問われると思うのですが、どうしたらよろしいでしょうか」
ああ、そうだ。この二枚の書類の信憑性が問われるのは当たり前だ。ライは気持ちが急いてしまい肝心なことを忘れていた。ライはテーブルの上に移動したグレイを見つめた。
「あああ、ライはその姿で公爵家の人に会うのか?会って説明したいんだよな」
ライは大きく頷いた。「あぁぁ、ライのお節介が始まった」という顔をしたグレイがライを睨む。ライは負けずにグレイに手を胸の前に合わせて「助けてください」とお願いをする。そんな一人と一匹の様子を見ていたクレバリーが声をあげた。
「な、なぜ?猫が話をするの?」
「「今更・・」」
クレバリーの声に気が抜けたグレイとライは、睨み合いをやめた。ライはグレイが自分を守ろうとしているのは分かっていた。それでも売られる人がいることを見ないふりは出来ない。
「お嬢様、お茶をお持ちしました」
クレバリーの侍女のメーナが部屋に入ってきた。グレイはテーブルの上で丸くなり猫の真似をする。ライはクレバリーの手から逃げようとするもクレバリーはライを両手で包んでしまった。
「あら?どこから猫が入ってきたのかしら?すぐに摘まみ出します。可愛い・・くない猫さん、お嬢様が可愛いからとお部屋に忍び込んではいけませんよ」
メーナさんは猫好きのようで優しくグレイを抱きかかえ廊下に出ていった。グレイは逃げることもできず、メーナの腕の中で恨めしそうにクレバリーとライを見つめた。廊下に出たメーナは「毛並みの良い猫だわ。誰かに飼われているのかしら?」と話しかけられながら撫でられているようだ。
メーナが去ったのでライはクレバリーの手の中からこじ開けて出てきた。
「クレバリー、時間がないの。解決策を一緒に考えて」
「ライ、あの猫は?」
クレバリーの頭の中はグレイでいっぱいのようだ。まあ今までもグレイの事を知るとみんなああなる。仕方がないのでライはグレイのことから解決することにした。
「クレバリー、グレイ、あの猫は妖精猫、わたしと契約しているの。人間の言葉をしゃべることが出来るし500歳の立派な猫なの」
「絵本の猫?」
「う~ん、まあそうだね。あの絵本の元になった猫」
「ということは旅をする少年はライ?」
「まあ、そうだね。作者とは友人なんだ」
「すごい!」と声を上げたところで「クレバリー何かあった?」と言って部屋に入ってきたのが、背が高く眼鏡をかけた青年だった。青年は戸を開けたままクレバリーに微笑み、その手の上のライに見て目を見張った。その時運悪く、庭に放たれたグレイがテーブルの上に転移してきた。
「あ~ぁ、なんて間の悪いグレイ」
「仕方ないだろう。あの侍女は庭に出ても俺を撫でまわして離さないんだ」
「メーナはふさふさの毛が大好きなの。しばらく離さないと思ったわ」
部屋に訪れた青年はクレバリーの婚約者スールだった。スールはクレバリーが猫と話してる姿に驚いていたがさすがに男性だけあって大声で叫ぶことはなかった。
「クレバリーは珍しい友人がいたんだね。紹介してくれるかな?」
クレバリーはライを見つめたのでライが答えることにした。グレイの方を見れば「仕方ない」といった顔をしている。それに南の事件は南の人に解決してもらうが一番だ。小人のライでは何もできない。
「お初にお目にかかります。妖精のライです」
「ライ?」とクレバリーが声を掛けるのを無視してライは話をつづけた。
「南の公爵家の次男、スール様ですね。私は北部から来た妖精です。北部の禁足地の無断伐採と木材の密輸の事件を追ってこの地まで来ました。北部の無断伐採と密輸が続けばグランド国の水源が枯れます。それを止めるために北部の公爵が大鉈を振るっています。
北部の木材産業を受け持つ二つの伯爵家の一つの息子がこの書類を書いています。そして悪事が発覚して今は取引先のアブクゼン商会に身を隠しています。アブクゼン商会のゼニゲバーノの隠し扉からこの書類を見つけました。明日の婚約パーティーの翌朝密輸船は出航します。武器や攫われた女子供を密輸するようです。これを止めることが小さい私では出来ません。顔見知りのクレバリーが運よくここに来ていたので訪ねてきました」
ライはクレバリーの手のひらでスールに一生懸命話しかけた。外から見たら長身の青年と小人の少女の姿様子に不審がるだろうにクレバリーは微笑ましくその様子を見ていた。
「クレバリー・・?」
「スール、これはきっと本当のことよ。婚約パーティーより大事なことだわ。この小さなライとこの猫は信じられないだろうけど妖精なの。妖精は人には見えないけど本当は身近にいるの。そして人を助けてくれるの。西の高熱病や虫による被害を助けてくれた中には妖精の協力も入っているの」
スールは静かにクレバリーの話を聞いた。
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次回は27日になります。




