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神の落とし子  作者: ちゅらちゅら
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160  南の公爵地  悪事の証拠を探そう  2

 バッサリーノはアブクゼン商会の店の入口でゼニゲバーノと相対した。ゼニゲバーノは突然のバッサリーノの訪問に驚いた。


「バッサリーノ様、ご連絡なくこんな遅くにどうなされたのですか?」


「先ぶれもなく済まない。春祭りだと聞いて休みを貰って観光に来たのだが、彼方此方ふらふらしていたら遅くなってしまった。祭りで宿がなくて困ってしまったんだ。ゼニゲバーノ副会長のことを思い出したんだ。部屋を借りることは出来るか?」


「そうでしたか、大丈夫です。以前お休み頂いた離れを用意しましょう」


「助かる、それにゼニゲバーノさんに話さなければならないことがある」


「如何様にも対応させていただきます。長逗留になりそうですね。商会長には私から報告しておきます。侍女はいつもの者を当たらせていただいています」


「ゼニゲバーノさんは先読みが上手いようだ。しばらく世話になる」


「追々ご相談に乗ります。今日は遅くなりましたからごゆっくりしてください。離れの準備とバッサリーノ様のお世話をお願いしますよ」


 バッサリーノは荷物を使用人に任せどこかに出かけてしまった。ライの隠れている背負いカバンは先ほど説明のあった離れに届けられた。誰もいなくなった部屋でライとイエローは背負いカバンのポケットから這い出してきた。部屋は先ほどの宿屋とは比べ物にならないほどの高級感が漂っている。この離れをバッサリーノは良く利用しているようだ。


 ライたちは、バッサリーノがここに戻る様子がなかったので、そのままカーテンの陰に隠れ仮眠をとることにした。手持ちのもので朝食を済ませ早朝に動き回ることにした。


 イエローは本邸の調査に向かい、ライは部屋の中をくまなく調べた。この部屋は書斎のようだ。重厚な机に椅子、ソファーにテーブル。暖かい南なのに暖炉まである。暖炉の中を覗けば右奥の壁からわずかに風が吹きこむ。壁を叩けば隠し扉になっていた。暖炉自体使うことがなければ多少の風など気が付かないし、外見からは気が付かない。こんな所の隠し扉は逃走用に違いない。ライは足跡をつけずに隠し扉を押し開け奥に入っていった。


 暗い通路を「ライト」を唱え足元を照らし歩き出した。階段になっておらず緩やかな傾斜道になっていた。しばらく歩くとわずかな隙間から日の光が暗闇の通路に漏れている。耳をそばだてるも何も聞こえない。静かに隠し扉をそっと動かすとそこは寝室だった。やっぱりこの隠れ通路は逃走用のようだ。寝室の隠し扉を手持ちの木片で開かないように固定をしておく。さらに通路を進むと離れと本邸の間の裏口の小屋に出ることが出来た。離れは高貴な方を泊めるための屋敷のようだ。


 逃走経路の行き着いた小屋の中は一人が過ごせるくらいの小さな小部屋になっていた。ほっとしたライはそこにあるソファーの上で一休みした。高い所にある小窓から日の光が降り注いでいる。慌てて小部屋からの出口を探そうとした時、外の声がやけにはっきり聞こえてきた。


「ねえ、バッサリーノ様が急に来られたの聞いた?」


「そうなのよ。春祭りで明日お休み貰っていたのに、と・り・け・し」


「調理場も忙しくなるし、彼女も休暇が無くなるわね」


「バッサリーノ様に目をつけられ、副会長に家族を人質にされてるようなものだから、可哀そうだわ」


「可愛い妹は行方不明だし、親は病気だし、彼女は苦労が絶えないわね」


「行方不明と言えば町の看板娘が駆け落ちしたって聞いた?」


「なんか春祭りなのに良い話を聞かないわね」


「でもスール様(公爵家次男)が西の公爵令嬢と婚約というのは良い話ね。とても素敵な方らしいわよ」


「良い男がいなくなっちゃう」


「わたしはスド様(公爵家三男)がいいわ」


「あなたは海の男と言った逞しい男が好きだものね」


「商会長が明後日公爵邸の婚約発表パーティーにいかれるらしいわ」


「華やかな貴族のパーティーは凄いでしょうね」


 二人の使用人が小屋の外で無駄話をしていたが、長く職場を離れるわけにいかず小屋から離れていった。ライは明後日商会長の馬車に乗り込んで公爵邸に移動することにした。それまでに悪事の証拠をつかまないとならない。バッサリーノの契約書だけでは足りない。本邸の執務室に行かなければとライが思案しながら小屋の壁を叩いていると壁がくるりと回転した。そこは物置小屋然とした様子だった。何本もの外箒や大鎌、梯子に、草の入った袋に幾つかの桶が無造作に置かれていた。


 逃走経路の一部とは分からないようになっていた。小屋の扉が「ガタガタ」と音を立てて開いた。ライは慌てて庭仕事の道具の入っている籠に飛び込んだ。


 一人の庭師が仕事籠を担いで庭に向かった。どさりと仕事籠を下ろすと剪定鋏を無造作に籠から取り出した。その拍子にごろりと転がった籠には見向きもせず仕事を始めた。ライはその隙に気配を隠しながら咲きほこる花壇の中に潜り込んだ。さすがに南の春、色とりどりの花が咲きほこっている。小さくなってみて初めて見える景色だ。


 ライは花の間を縫って使用人出入りの入口に近づいた。そこには近隣の農家のものなのか野菜の荷車が置いてあった。厨房に野菜を納めに来ているのだろう。残っているのは葉物の箱が一つ。ライは勢いで葉物の箱に飛び込みそこに隠れた。


「今日の納品分です」


「おお、ありがとうよ。数は確認した。サインしておく。お客様が増えたから明日以降の増加分はまた連絡する」


「ありがとうございます。春祭りはかき入れ時ですからぜひお声かけ下さい」


 野菜の納品が終わったようで出入り口の戸の締まる音がする。ライはそっと葉物の間から周りを覗き見ることにした。さすがに大商人だけあって厨房の規模も大きい。使用人の分までならそれも頷ける。朝食の配膳が終わり使用人の食堂に一人の留守番を残し移動していった。留守番の女性は大なべの洗い物を始めた。ライは野菜の箱から抜け出し、いくつかの箱を足台にして床に飛び降りたが最後に「ガタン」と音を立ててしまった。


「あれ?何の音?芋が転がり落ちている。芋が傷ついていなければいいけど。この量の芋を今日も皮むきすると思うと気が遠くなる。お嬢様が芋のお菓子が美味しいと言い出してから毎日皮むきばかり。新しい下働きが入ってこないかな」


 ライは慌てて箱の隅に隠れた。もう心臓が口から飛び出しそうだ。使用人の女の子は落ちた芋を拾い上げ、手で埃を払うような仕草をしながら芋を箱にもどし鍋洗いに戻った。今は朝だからこれから人が多くなる。早くどこか安全な部屋に隠れないといけない。きっと本邸にも逃走用の通路や部屋はあるはずだ。


 人通りが多くなる前にライは茶色のマントで身を包みそっと廊下の隅を移動した。気配隠しと気配察知を働かせ人と出会わないように移動していく。大体執務室は2階にあるはずだからと使用人通路の階段をよじ登っていく。二階の廊下から声が聞こえる。


「バッサリーノ様が急に来たのか?」


「日が暮れて遅くに見えました」


「どうしてだ?」


「春祭りを見に来たと言っていましたが・・」


「ゼニゲバーノが連絡を貰っていないということは何かあるか?・・」


「わたくしが調べておきます。商会長は明後日のパーティーのご準備を。お嬢様をお連れするのですよね」


「ああ、あの二人の第二夫人か三男の婚約者に収まればいいのだがな」


「こちらはわたくしにお任せください」


「何かあったら知らせてくれ」


 二階の廊下の奥から声が遠ざかる。ゼニゲバーノは商会長から離れると奥から2個目の部屋に入っていった。商会長は表の階段からどこかに出かけていった。使用人がお茶のセットを持って階段を上がってきた。ライは魔法で廊下に水を出した。案の定使用人は廊下で滑りそうになるもティーセットを落とさぬようにかがんだ。ライは使用人のエプロンの紐に飛びついた。


「副商会長様、お茶をお持ちしました」


「入れ、バッサリーノ様は?」


「昨夜は離れでお休みになられました。今の所外出のお話はありません」


「あれから何か聞けたか?」


「聞きましたところ、森越えをして来たようです。お金の心配はないからしばらくここに居ると言っていたようです。ここに来る前に宿でお着換えをして来たようです」


「森越えですか・・数日前から木材の納品がない事と関係しているか?とりあえず逐一報告をしてくれ。商会長には?」


「何も知られておりません」


 ライはエプロンの紐を伝い床に降りると静かに机の陰に隠れた。その間も「船の準備」「荷は?」などの言葉が女の使用人とゼニゲバーノの間で続いた。

誤字脱字報告ありがとうございます

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