16 賢者の計算機そろばんに出会う
ライがだいぶ街に慣れた頃、ギルドの依頼の掲示版を見ていると、受付の人に声を掛けられた。
「ライ君、計算ができるんならギルドの事務所の依頼受けてくれないかしら」
いつもライの依頼手続きをしてくれる、メリーさんからの依頼だ。以前ギルドの購買の売り子の手伝いをしたので、文字が読めて計算ができることを知っていたからだろう。ギルドの2階の事務所に入ると、机の上に書類が山になっている。
「メリー手伝いに来てくれたのか?助かる」
目の下に隈を作り充血した目で副ギルド長のカロッタさんが眠そうな声をあげる。
「違いますよ。計算の得意なライ君を連れてきました。口は堅いし真面目で読み書き計算できる。いませんよこんな逸材。ともかくこの時期を乗り越えないと、お給料出ませんよ」
「分かってるから寝ずに頑張っているだろ」
「ライ君には、このおじさんが計算したのを確認してほしいの。徹夜続きで間違いが多いのよ。計算機使える?どれ使う?黒板に玉計算機、棒計算、あっこれ知ってる?昔の賢者が作った計算機なんだけど使える人が少ないらしい」
黒板や玉計算機はお婆の所にもあった。使ったことがある。賢者が作った計算機は使ったことが無いけどなんだか懐かしいと思えた。手に取れば四角い箱にやや大きめの玉1つと小さい球4つが串刺しになった物が10列並んでいる。
「そろばん・・・・使えると思う」
「どれ使ってもいいからお願いね。副ギルド長計算終わったのはどれ?」
「そこに積んである奴」
副ギルド長が顔もあげず指さした拍子に書類の山が崩れた。
「ああああああ!」
「どうするのよ。わたし下の受付に戻るからね。ライ君頑張って」
メリーさんは慌てて部屋から出ていった。逃げたと言った方が正しいかもしれない。副ギルド長は、わしゃわしゃと自分の薄い髪を搔きながら、あきらめ顔になっていた。
「おう、小僧悪いな。お茶でも入れてくれないか。もう眠くて仕方ないんだ」
書類の山から覗くのは、眼鏡をかけた痩せたおじさんだった。目の下には大隈が鎮座している。隣のコンロでお茶を入れ、街で買ったお菓子を一緒に出した。いつもの癖で三人分入れてしまった。
グレイは自分のお気に入りのお菓子が出されたことに、慌てて肩から降りてお菓子を食べはじめる。おもむろに、お茶にも手を伸ばすグレイ。止める間もない。副ギルド長が、眼鏡の奥のしょぼしょぼした目をかっと見開いて息を止める。
「あっ、寝ろ!」
グレイは慌てて副ギルド長に魔法をかけた。そこそこ街に慣れてきてライは気が緩んだ。グレイもお菓子に釣られて人前で食べてしまった。
「副ギルド長、グレイのこと覚えているかな?」
「大丈夫だよ。眠気で意識もうろうとしていたから。覚えていないよ。夢と思うよ」
「グレイ、人を眠らせる魔法が使えるの?」
「できないよ。睡魔が極限まで来てただけだ。俺の声がきっかけになった。なんせ猫がしゃべるなんて、お茶を飲むより不思議なことだから脳が働かなくなったんだ。まあ、徹夜続きでもともと脳は寝ているな」
「副ギルド長を寝かせちゃったから、その分仕事しないといけないね。グレイも手伝って」
「お菓子食べたらね。だってこのお菓子、僕のために買ってくれたのに、おじさんにあげようとするんだもの。今のうちにおじさんの分も食べなきゃ」
ぶつぶつ言いながらグレイは頬一杯にお菓子を詰め込んでいた。机から落ちた書類は未計算の物とまじり、何処までできているのか分からなくなっている。まずは部署ごとに分ける。そして月ごとに並べて、木の板を削って紙ばさみを作る。分別が終わったらそろばんを出して計算をする。
間違っているところに細い紙をはさみ正解を記入する。急な出費がかさんで先月より金額が多いものや気になったことを記録しておいた。グレイには埃だらけの部屋の掃除をお願いした。書類が舞い散らないように、念押しも忘れない。
掃除後グレイに副ギルド長をソファーに運んでもらった。静かだと思ったら、グレイはその横で一緒に寝ていた。夢中になって書類をかたづけているとドアをノックする音がした。
「ライ君お昼にしよう。なんで副ギルド長寝てるんですか!」
メリーさんの声で目を覚ます副ギルド長とグレイ。驚いてグレイは飛び跳ねライに飛びつく。
「猫がお茶を飲んでお菓子を・・ありえん。夢か?寝たのか俺は」
「寝てましたよ。徹夜続きだから仕方ないけど・・間に合うのですか」
まだボーとした副ギルド長に、メリーさんが詰め寄る。
「あの・・・一応部署別にして月順に計算しておきました。間違いや気になったとこは、細い紙にメモや正解を書いてあります。出来れば部署の数だけ書類箱を作って、棚に収めるように『作ってくれ』」
副ギルド長とメリーさんの声がライの話を遮った。
「金は出す。あとこの紙ばさみも。でもどうしてそんなに早く計算出来た?」
灰色の髪をかきむしりながら問い詰めてくる。
「賢者の計算機を使うと、足し算と引き算は早くできます」
「使い方知ってるのか?俺に教えてくれ」
賢者の計算機は指の動きが複雑で、後世に引き継がれなかったようだ。さらに小柄の賢者に合わせて作られたそろばんは、体の大きい大人には使いづらい。
そのままライは、そろばんの使い方を副ギルド長に教える。足し算だけなので難しくはないはずだ。が、大人が小さな珠をはじくのは大変のようだった。大人の指に合うそろばんを作ってもらった方がいい。どうしても隣の珠を一緒に動かしてしまう。あとは慣れしかない。
「木工ギルドに賢者のそろばん大型を注文してくれ。これは良いぞ。とりあえず10個だな。おい坊主設計図を書いてくれ」
午後からは大人用の賢者の計算機と書類整理棚と箱、整理用の紙ばさみの設計図を描いた。冒険者ギルドの副ギルド長はもとは一流の冒険者だったせいか剣だこのできた手にがっしりとした指、普通の大人より賢者の計算機の珠を大きくしなければならない。ライが慣れない設計図に手こずったのは仕方がない事だった。
誤字脱字報告ありがとうございます。