159 南の公爵地 悪事の証拠を探そう 1
グランド国、南の領地に到着
グランド国の南部を治める南の公爵地は春のお祭りと、サーウス公爵家の次男と西の公爵の娘の婚約が発表されお祝いが重って大賑わいになっていた。4回の野宿を経てバッサリーノ達は多くの観光客に紛れ南の領都のマリースに到着した。追手のないことを確認したバッサリーノは一息ついた。
「俺は一度宿に入り身支度をしてからアブクゼン商会の所に向かう。おまえたちは母の元に戻れ」
「奥様に伝言はありますか?」
「今はいい。父に何かあったら知らせてくれ。アブクゼン商会に連絡を入れてくれ」
バッサリーノの護衛を兼ねた騎士たちは、宿の前からすぐに離れていった。バッサリーノがやっと取れた宿の部屋は安い大部屋しかなかった。大部屋の住人は皆祭りに出ているようで助かった。逃走のままの姿でアブクゼン商会に向かえないので仕方がない。
「アブクゼンには伯爵家を追い出されたとは、知られていないはずだ。父もそんな恥を外には知らせないだろうからな。商会にしばらくかくまって貰えば時間が稼げる。今まで甘い汁を十分吸ったのだからそのくらいは返してもらわないと。そのうち母から連絡が来るはずだ、金はあるからゆっくり休むとするか。商会に出向くには時間があるから風呂にでも行ってくるか」
大きなひとり言は背負いカバンの中のライにも良く聞こえた。背負いカバンを無造作に開き着替えを取り出すと、バッサリーノはそのまま部屋を出ていった。山越えの逃走にずいぶん気力と体力を使ったために洞窟で拾った人形の事など忘れてしまったようだ。バッサリーノの足音が聞こえなくなったところで、イエローに手伝ってもらい金袋のひもとライが最初に入った袋のひもを解いてもらった。
「イエロー、ありがとう。お腹空いたでしょ。今は手軽に食べられて、栄養価の高い固焼きクッキーとアプルの果実水をどうぞ。私は袋の中で食べたから大丈夫よ」
イエローが食事をしている間にライは茶色と白の布と羊毛、小枝でライに似せた人形を作った。出来た人形を布袋の中に押し込め、背負いカバンの揺れのせいで布袋がお金の下に入り込んだように見せかけた。金袋を開いてもライの入っていた布袋があればバッサリーノは安心するだろう。
部屋の前で足音がしたので寝台の下の奥にイエローとライは逃げ込んだ。バッサリーノは風呂に入ってきたようだ。
「ああ、さっぱりした。頭脳派の俺に体力が無いのは仕方ないが、野宿は堪えた。母上様様だな。食事もしたから少し横になるか。日が暮れてから訪問した方がいいだろう。驚くかもしれないが祭りを見に来たとでもいえばいい。木材の販売ができなくなったことも告げないとな・・・めんどくさい」
どさりとバッサリーノは寝台に寝転んだ。そのうちに寝息を立てて寝入ってしまった。寝台の下でライはイエローとこの後の行動を相談した。南の公爵地はライにとっては知らない場所なのでこのまま宿を抜け出して北の公爵地に戻ることは出来ない。なんせ小人サイズなので無理がある。誰に助けを求めるかも慎重に選ばなければならない。イエローが慌ててライに告げた。
「グレイ、怒ってる」
「う・・?グレイが怒ってる?」
「リリーから連絡来た」
「イエロー、リリーに南の公爵地にいるからグレイにどうにかしてこっちに来てほしいと伝えて」
「グレイ、暴れてる。リリー怒ってる」
「あああ、イエロー、ライは元気で心配いらない。グレイに・・南の公爵邸で落ち合いたいと伝えて」
西の公爵の娘ときたらクレバリーのことだ。ここにクレバリーが来ているならどうにかなるかもしれない。バッサリーノと商会の癒着の証拠を掴んだら南の公爵邸を目指せばいい。今夜バッサリーノは商会に出向くだろうし、色々話をするからそれを記録しておけばいい。密約の書類があれば手に入れたい。この小さな体を思いきり活用しようではないかとライは開き直った。
大きな商会なら侯爵邸との取引があるだろうからその時侯爵邸に向かえばいい。ライの気配察知と気配隠しが大いに役に立つ。洞窟では遊び過ぎて魔力を使い切ったのがいけなかった。大いに反省が必要だが転んでもただでは起きない。密売人を見つけられるならそれに越したことはない。このままにしておけば悪事はなかったことにされてしまう。
リリーとグレイは屋敷の住人に諭され落ち着いたようだ。とりあえずライが元気ならまずは心配ない。モスとスラとスネは屋敷に戻った。スネは古竜とジャックフロストについて森守りの勉強を始めるらしい。ジャックフロストは北を離れて良いのかと心配したが、ライが攫われたのはジャックフロストのせいだとグレイが怒って転移する時に巻き込まれてしまったようだ。
リリーに諭されたたグレイは、ジャックフロストを北部に戻そうとしたが、ジャックフロストに断られてしまった。久しぶりに会えた古竜との時間が欲しいと言い出し、ジャックフロストはしばらく屋敷に残ることになった。
ジャックフロストは、庭園にできた滑り台やブランコなどの遊具に夢中になっている。いずれは北の森に遊具が設置されるのも時間の問題のようだ。もちろんリリーの作るお菓子にも夢中になっている。スネの教育が心配になるが古竜がいるからどうにかなるだろう。
バッサリーノはしばらくは起き上がらない。イエローはエプロンを脱いで天井を伝わって宿屋や街の様子を調べに出た。ライはバッサリーノが放り出した肩掛けかばんに手を伸ばした。本来が几帳面でないせいかカバンの蓋が開いていた。先ほど宿賃を支払うときに開いたままのようだ。音をたてずに肩掛けかばんを寝台の下に引き込み中を調べる。お金の入った小袋に筆記用具にまだ白い紙の束、銀のプレートの身分証などが無造作に入っていた。さらに奥に隠すように紙束が入っていた。
隠されていた紙束を引っ張り出せば、木材取引の契約書だった。その書類にはバッサリーノとアブクゼン商会のアブンゼン商会長とゼニゲバーノ副会長の名前が入っていた。日付は5年前だった。ライはその書類を自分の鞄に収納して他の紙を折りたたんで隠すように奥にしまった。本来は北の伯爵家で伐採した木材は北の伯爵家の商会を介して販売される。他の公爵地に直接売買することは禁じられている。
バッサリーノは街の明かりが少なくなったのを確認して宿を出た。ライと戻ってきたイエローは背負いカバンの幾つかあるポケットの中に隠れた。バッサリーノの母親が用意した背負いカバンは新品でポケットが沢山ある。伯爵夫人には使いこなせなかったようでお金や着替え、食料を入れただけで他のポケットは活用されていなかった。バッサリーノも入れられたものを背負うしかなかった。
元々が伯爵家の子息、自分で荷物など担いだことがなければ収納したこともない。普段使うことが少ない背負いカバンや肩掛けカバンに気を遣うことはない。いつもは身の回りの世話をする自分専用の従者に全てを任せていた。
祭りのためか遅い時間でも街中は騒がしい中をバッサリーノは慣れた足取りで商会に向かって歩いているようだ。ポケットから顔を出すわけにもいかず静かにカバンの揺れにライたちは身を任せた。人の話し声や物の音、あれは踊り子が舞う楽器の音のようだ。肉の焼ける匂いもする。屋台が出ているようだ。港の有る南の領地なら海産物が並んでいるはずだ。出来る事なら見て歩きたい!
ライの苦悩を知らず、バッサリーノは寄り道をせずひたすら目的地に向かっているようだ。本通りをはずれたのか急に雑踏の音が少なくなった。祭りのために夜遅くまで店を開けていたのだろうか、バッサリーノは大きくドアベルを鳴らして商会の店を訪れた。
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