156 北の公爵領 お料理教室 10
閉じられたカーテンの隙間から柔らかい日の光が差し込む。久々にぐっすり寝たライは一瞬ここが何処か分からなかった。広い寝台の上にはスネを枕にして人外たちが寝ている。ここは・・公爵邸の客間。
ダンジョンが攻略されて、荒れ地になった伐採地の植林も上手くいってるようだ。みんなの疲れもたまっていたようだ。昨夜のジャックフロストとグレイの報告があった。はっきりしない頭でライは昨日のことを確認した。
「ライ、目が覚めたか?」
「うん、一瞬ここが何処だか分からなかった」
「昨日はすぐに寝てしまったからな。今日もノルデンが朝食を運んでくるかな?」
「公爵様に食事を運ばせるなんて申し訳ないわね」
「仕方ないさ。じいさんの姿を見せたのが公爵とその息子だけだからな。あまり目立つとじいさんや人外たちが動きづらくなるからな。昨日の騎士や魔法師の中にも人外と親和性が高い者もいたからな」
精霊や妖精と親和性が高い者は集中すれば彼らを見ることが出来る。ただ人外の存在を心から信じていなければならない。冒険者の中には魔物と契約して相棒にする人もいるが、中には珍しい人外を捕まえようとする者や、魔物の子供を愛玩動物にしようとする変わった人もいる。気を付けるに越したことはない。
「ライだってこのまま小人の姿なら可愛いから、鳥かごに閉じ込めたいと思うかもしれないぞ」
見世物になるのはお断りだ。そんな話をグレイとしていた。
「コンコン」「ポリアスです。朝食をお持ちしました。ドアを開けても良いですか?」
ジャックフロストが声を出す前にライは彼の口を押えた。ライの大きさを確認したジャックフロストはライにカーテンを指さした。(カーテンに隠れるね)と念押ししてライは厚手の臙脂色のカーテンの後ろに隠れた。ライの後に寝ぼけた様子でモスとスネ、スラが付いてきた。
ジャックフロストはポリアスを招き入れテーブルの上に食事を配膳させた。公爵家の息子なのに手慣れた様子をカーテンの隙間から見ていたライは、西の公爵子息は横暴な人だったので驚いた。ジャックフロストは昨日の伐採地の浄化について話を振っていた。
「不慣れでしたから大変でした。魔力ポーション飲み過ぎてお腹がちゃぽちゃぽしました。うちの魔法師の中にも浄化ができる者がいたのでとても助かりました。荒れ地の中には土が湖の方に流されているところもあり、今回土魔法で一部斜面を固めました。植林した木々がしっかり根を張ったら元に戻そうと思います。今日は頂いた肥料を撒いて植林の準備をします。レイク伯爵家のキッコリーノとルラック伯爵家から応援が来てくれます。さすがに俺ではうまく植林できませんから」
「そうだなポリアス、あの伐採地の奥の小さい二か所は俺が直しておいた。特別だぞ。ポリアスは森の大切さを知っておく必要がある。公爵地を治めるには民を守るために森を守れ」
「兄が・・」
「あいつはここには戻らんと思うぞ。今は伐採地のことでノルデンも忙しいが落ち着いたらよく話を聞け。耳に痛いことも多いかもしれないが、ここに生まれた定めだと思え。領民の税金で人より豊かな生活をする貴族だからこそ恩恵を善政で返すんだ」
ポリアスは頭を下げて部屋を出ていった。今から荒れ地に向かうようだ。カーテンから出たライは温かな紅茶をそれぞれのコップに入れ、お皿にサラダやハムとパンを乗せていった。
「じいさん、公爵家の次代がしっかりした青年で良かったな」
「まあな、長男も王都かぶれしなければ良かったんだが、母親が悪い。人間は本人以上に周りにいるものに影響を受ける弱きものだから目が離せない」
「この地は森に覆われているからな。森の重要性を理解するのは簡単なようで難しいということだ」
「二人とも、お年寄りのような会話ですね。・・お年寄りでしたね?」
「「まだ若い」」
朝の食卓に笑顔が生まれる。今日は何を作ろうかしら?たまごボーロに、蜜玉に、おせんべい、他にもこの土地のもので何か作らないと。領民が手軽に出来るものもいいかも。美味しい物は人を幸せにする。
ライはジャックフロストさん経由で必要なものを公爵邸別邸の厨房に準備してもらった。普段使う厨房ではライの姿がばれてしまうからだ。ライは妖精の小人の女の子という設定になっている。公爵邸の調理長には先にレシピを渡してあるのでそのまま試作してもらい出来の違いがあれば修正していく予定だ。
ライは普通の大きさで別邸の厨房に立った。久しぶりの調理にワクワクしていた。ここは北部だから寒さに強い野菜が多い。芋は丸い白いものはジャガイモと赤い長いものはサツマイモがある。白く長い太いダイコン、これは小さなダイコン?一口食べたら、ほのかに甘い、サトウダイコンだ。それに赤く長いニンジン、葉物もある。他には卵に砂糖、ミルクに蜂蜜、小麦粉・・・。作るのが楽しくなってきた。
「ライ、随分楽しそうだな」
「うん、楽しいよ。グレイは何が食べたい?」
「ライが作るものなら何でもいいよ。さっき噛り付いた白いものは何だ?」
「あれね。もしかしたら砂糖の代わりになるものかもしれない。白い砂糖は高いし蜂蜜は冬の長い北部では貴重品でしょ。これで甘みの代用ができれば領民も楽しみができると思う」
「おぉ、それはありがたい。我らのためだけに貴重な砂糖を使うのは少し気が引けたんだ」
「じいさん、甘いもの以外にも美味しい物あるぞ」
「ジャックフロストさま、僕の好きなもの見せましょうか?」
食卓テーブルで人外同士が自分の収納からお菓子を出し始めた。お互い好きなものを自慢し譲らない。こうなっては話が長くなるのででライは一人で料理を始めた。最初に大鍋に湯を沸かし甘みのあった大根を細かく切ってお湯に入れて放置する。その間に片栗粉と卵と砂糖にミルクでたまごボーロを作る。錬金釜がないので蜂蜜を鍋に入れ高温にならないよう火にかけ混ぜる。これには手がかかると思っていたらイエローが助けてくれた。メイド魔蜘蛛達で蜜玉を作ったことがあるのでお任せした。
ライは次から次とお菓子だけでなく普通の食事まで作っていった。ライの収納には香辛料も材料も豊富に入っていたからだ。さらに止める者がいない。作りたての芋のスライス揚げにグレイたちは大喜びで塩を掛けたりして食べ始めた。太めの棒状のいも揚げはジャックフロストが気に入った。もちろんパンケーキも作りクリームと果物添えも安定の人気だった。
「一人分は厨房の人用だから残しておいてね」
ライは最後に付けおきした甘いダイコンを取り出し残った汁をゆっくり火にかけ煮詰め、とろりとしたところで大皿に広げ粗熱を取ると薄茶色の塊ができた。取り出したダイコンと肉を塩炒めしたあと水を加え青菜を入れれば実だくさんのスープが出来上がる。何も無駄にならない。
「これは美味しい。俺の好みの甘みだ。北部の大地の甘みだ」
ジャックフロストは目を細め頷いた。グレイやモス、スラまでもが頷いた。「コンコン」と厨房の入口でドアを叩く音がする。ノルデンと料理長が戸の側に来ていた。ライは慌ててスネの魔法で小さくなってグレイの陰に隠れた。ジャックフロストが承諾の音を鳴らすと戸は静かに開かれた。
「失礼するよ。ダットン、無理な願いをしたが自分の作品とここで作られた物を比べてくれ。俺は決してお前を試しているわけではない。これから森の守りに届ける供物のお菓子が必要になった。今回の禁足地の伐採で土砂崩れを教えてくれたお礼だ。訝しいかもしれないが公爵地がすくわれたのは本当だ。ダットン、聞いているか?」
ノルデンに連れてこられた調理長はノルデンの話は聞いていなかった。目の前に並ぶ数々のお菓子や料理に釘付けになっていた。
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