149 北の公爵領 枯れた大地 3
北の公爵ノルデン・イルクーツクとジャックフロストとポリアスの視点で話が進みます
わたしは北の公爵ノルデン・イルクーツク、目の前で領主の仕事を手伝っているのが次男のポリアス。長男セブテントリオーは学院卒業後王都にて事務官として政を学んでいる。結婚し子供も生まれた。数年すればセブテントリオーが戻りこの位置に座るようになる。
ポリアスは体調を崩した父を気づかい王都の職を辞して北の公爵領に戻ってくれた。わたしの体調も大分落ち着いたが、王都の警備に人を出したりと忙しく、よく気が付くポリアスを手ばなすことが出来なかった。情けない話だが妻は王都の元侯爵令嬢だからか孫の世話といいつつ王都に行ったまま戻っては来ていない。
寒い雪の季節からやっと春めいたとはいっても石造りの公爵邸は寒さが身に響く。執事がまめに暖炉の火を追加してくれている。目の前のポリアスが書類を見ながら私に声を掛けた。
「父上、レイク伯爵からの材木産出量が増えています。ルラック伯爵より多いです。昨年も多いですね。・・・5年前から少しずつ増えています。それなのに税収は増えていません」
「レイク伯爵は・・・確か体調を崩して、長男のバッサリーノが代行しているはずだ。レイクは生真面目で神経質な男だ。間違いはないと思うが・・・」
そんな話を執務室でしている時に私の机の上に小さな竜巻が起こった。
「おや、ジャックフロスト様お久しぶりです」
「おお、久しぶりだな。次代の時に会う予定であったが、ちと急用ができて訪れた」
「こちらの猫は?」
「猫は気にするな。我の友人だ。猫、寝ていていいぞ。あっ、その前に資料を渡してくれ」
ジャックフロストの急な出現にポリアスは驚いて声が出なかった。机の上に小さな風が渦を巻いたと思ったら手のひらサイズの白髭の老人と灰色の猫が現れた。父と白髭の老人は旧知の仲のようで二人で話している。
灰色の猫は魔石ランプの横に丸くなろうとしたが、白髭の老人に声を掛けられもぞもぞと動いた。ふさふさの猫の毛の間から小さな人の手が書類を取り出し猫の方に差し出した。ポリアスは思わず自分の目をこすりもう一度手が出たあたりを凝視したが、猫がぎろりと睨んできた。次に書類を見ようと目を机に戻せば机の上には枯草や木株、土が出現していた。
「ノルデン、土や枯草、枯れ木株はそちの森の禁足地から持ってきたものだ。この絵地図を見てくれ」
ポリアスは椅子から立ち上がり慌てて父の横に行き老人が指示した絵地図を見た。北の公爵地は許された範囲でしか木の伐採と植林は行っていない。それなのに湖や公爵邸から見えぬ隠れた場所を狙って木材の伐採が行われていると書かれていた。さらに枯草、枯れ木株は除草剤使用による影響と言われた。
北の大地は長い冬に大雪に覆われる。大森林のおかげで雪崩が起きることもなく雪は地下水となって湖を満たしグランド国の全体の水脈へとつながっている。だからこそ木の伐採は決めた場所で数年ごとに植林と伐採を繰り返している。除草剤を使ってまで未開の森の木々を伐採など許されない。女神の許しを得て伐採と植林を繰り返すことで十分な木材は手に入るし伐採用の道がすでに作られているから除草剤を撒いて道を作る必要はない。
さらに最近冒険者ギルドから魔物が増えていると情報を得ていたが、ダンジョンが出来かけているとは驚いた。ダンジョンはいつどこで生まれるかははっきりしていないがグランド国にはあまりダンジョンは生まれない。生まれても低階層ですぐに冒険者に攻略され消滅していることが多いと聞いている。
知らずにダンジョンが大きくなれば気が付いた時には魔物の大暴走になってしまう。さらに不用意な伐採が進めば獣の住みを奪われ狩りが出来ない上に魔物の餌が無くなって、いずれは魔物が人里に降りることも考えられる。湖の周りには観光地や別荘などが多く立ち並ぶので、季節を問わず高貴な身分の者が訪れる。被害は甚大になるだろう。ノルデンはポリアスの様子で自分と同じことを感じていることに驚いた。領主教育を受けていないにもかかわらず、ポリアスは領地の特性をよく理解していた。
「ありがとうございます。すぐに調査し対応します」
「そうじゃ、しっかり励め。そこにいるのは跡取りか?」
「いえ、違います。次男のポリアスと申します。わたくしが体調を崩したのでポリアスが気を使って戻ってきてくれたのです」
ポリアスは机の上の小さなおじいさんに向けて深いお辞儀をした。ポリアスでも北の領地の半分を埋め尽くす森を守る森守りの話は子供の頃からお伽話として聞いていたが、本当に存在するとは思っていなかった。
「ポリアスとはいい名前だ。北部らしい名前だ。初めて会うことになるのにこのままでは失礼だろう」
そう言うと小さなおじいさんを中心に風が起こり父の横には父と同じ大きさの白髪、白髭の老人が立っていた。
「ポリアス、この方が我が領地の森を守護する雪と氷の精霊、ジャックフロスト様だ。春と夏に我が領で行われるお祭りは単に春迎えや収穫の祭りだけでなく代々の森の守護者への感謝が込められている。領主は祭りの期間決められた祭壇で感謝の祈りを捧げることになっている。いずれはセブテントリオーが引き継ぐ大切な行事だ」
「驚いたであろう。精霊や妖精が見える者はほとんどいない。我は特別だ。あと100年か200年すれば我の次代が育つと思う。我たち森守りは森の木々を守り、森に棲む精霊や妖精を守るのが仕事じゃ。おぬしの父親と一緒に北の大地を見守るのじゃ」
「初めまして、北の公爵ノルデン・イルクーツクの次男ポリアスと申します。驚きのあまりご挨拶が遅れました」
ポリアスは片膝をつき右手を胸に当て挨拶をした。
「良い良い、良い息子じゃ。魔力量が高い、ノルデンより高いようだが優しい匂いがする。それなのに意志は強く困難に打ち勝つ力がある。ノルデンよ、長男が領地を継ぐ気がないなら次男に任せろ。おぬしの病にも駆け付けず王都にいるようでは我は安心できぬ。おぬしもおぬしだ、なぜ帰らせない。夫のことを顧みない妻など捨ててしまえ」
ノルデンとポリアスは先ほどまでは好々爺のようであったジャックフロストの地を這うような声に驚いた。
「ジャックフロストさま、孫が生まれたので・・・」
「それがどうした。王都なら王都の転移を使えばすぐだろう。自ら申請せねば転移は使えない。この間の王都護衛の時でも来ることはできたはずだ。ノルデン、病で気が弱くなったか?ポリアス、今回の件そちも力を貸せ」
父は慌てて領主である自分がと言い出すもジャックフロストは一切聞き入れなかった。
「ポリアス、お前は魔法は何が使える?」
「風と水・・・氷を少し使えます」
「お前は二属性・・・三属性なのか」
「丁度よい。それなら生活魔法の「クリーン」を使えるか?」
「使えますが」
「ライ、手伝ってはくれないか?」
ジャックフロストの声掛けに小人の女の子が猫の毛の中から現れた。「ニャー」と猫が鳴いて自分の背に女の子を隠すように立ち上がった。ジャックフロストが猫に向かい何か話しかけている。ポリアスには理解できない。この猫は普通の猫とは違うようだ。ジャックフロストの使い魔なのか?
「ポリアス、これは使い魔ではない。この娘を守る騎士だな。いらぬことを考えると痛い目にあうぞ。この汚染された大地を少しでも早く回復させるにはいくつかの方法があるが、北の大地に馴染んだそなたの魔力を使った魔法があれば助かる。この草と土と木株にお前の「クリーン」をかけて見ろ」
ポリアスはジャックフロストのいう通りに「クリーンの魔法」をかけたが何の変化も見られなかった。
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