148 北の公爵領 枯れた大地 2
北の森守り、雪と氷の妖精ジャックフロスト(白髭のおじいさん)と出会う
宿の部屋の窓に夕日が沈み通りの灯りが灯りだしたころグレイが戻ってきた。グレイの腕には屋敷に送り届けたはずの、モスとスラと見知らぬ小さな白髪のおじいさんが乗っていた。
「グレイ、お疲れ顔ですね。屋敷に戻ってきたの?」
「リリーからモスとスラを迎えに来いと指令が出た。そしてこの方が北の森守り、ジャックフロストさん。雪と氷の妖精だ」
「初めまして、薬師のライと申します」
「迷いの大森林、西の森守り白蛇です。まだ未熟ものです」
「おお、迷いの大森林の奥の森守りが変わったのは知っていたが、西のが白蛇に変わったのは知らなかった。わしは森奥の古竜との付き合いが長かったからな」
「古竜のじいさんはライの屋敷で楽隠居しています」
「それは羨ましい。わしもそろそろ代替わりをしたい。イエティ―モ(雪男の様な風貌の妖精)がまだまだ子供でな、代替わりができないのだ」
「ジャックフロストさんは雪と氷の妖精ですよね。春先には大森林の奥にいるのでは?」
「そうなんじゃ、春になったら森奥で寝る予定だったのを妖精猫に起こされたんじゃ。まさか森があんなに荒れているとは思わなかった。俺が消える前はあんなことになってなかった。人は何を考えてるんだ。森は人だけのものではない。まして毒をまき散らすとは許せるものではない。思い切って北の領地を氷に閉じ込めようか!」
「じい、怒るな!ライが震えているだろ。ライを凍らしたら俺は許さないぞ」
「小癪な猫!」
「グレイもジャックフロストさんも言い争いはしないで。気温が下がるとスネが動けなくなるから」
「悪い」「スネ、大丈夫か?暖かい飲み物を出すぞ。甘いもんが良いか?」
とぐろを巻いて動かなくなったスネをライは抱き上げ温風の魔法で温め、グレイは蜂蜜入りの暖かなミルクとお菓子をテーブルに出した。のそりと頭を持ち上げたスネはグレイと北の森守りを恨めしそうに見ながらライに抱き着いた。
「スネ、二人は悪気はなかったのよ。暖かなミルクを飲んでお菓子を食べたら体が温まるわ。ジャックフロストさんは北の森が荒らされたのが悔しかったのよ。精霊や妖精の住処を追われたのよ。スネも分かるよね」
スネは頷きながらゆっくりテーブルに移り暖かなミルクとお菓子を食べ始めた。それをじっと見るジャックフロストにライは声を掛けた。
「ジャックフロストさんは冷たい飲み物が良いかしら?甘いものが好きですか?」
ライの声掛けにジャックフロストはスネの食べる様子から目を離さず頷いた。雪と氷の妖精なら・・ライは魔法カバンの中から冷凍の保存瓶から白いアイスクリームとシロップ漬けのベリーとアプルの実を添えて出した。ジャックフロストは白い髭を三つ編みにして背に回し小さなスプーンをしっかり握りアイスクリームをひと匙口の中にいれた。ジャックフロストはぴきんと震えたのち、アイスクリームをもくもくと食べ始めた。
ジャックフロストがアイスクリームを食べている横にグレイとモスとスラとイエローが並ぶ。つぶらな瞳でライを見つめる。イエローの横にスネが移動した。
「みんなもアイスクリームを食べたいのかな?」
ライに分かりきったことを聞くなとそれぞれが皿を取り出した。これで仲直りが出来るならお安い御用、ライはそれぞれの希望の色とりどりのアイスをお皿によそった。
「娘、この冷たくて甘いものは白色以外もあるのか?」
「果物を磨り潰して加えて作ると色が付きます。イエローが好きなベリー味、モスとスラの好きなアプル味、グレイの好きなお茶味にスネは蜂蜜掛けです」
「おお、おまえたちは美味しい物を知っているんだな」
「白髭のおじいさん、スネはライが色々作ってくれるお菓子が大好きなの。これがね流行りのたまごボーロ、元気になる蜜玉、サクサククッキー・・・少しずつ分けてあげる」
「スネというのか?西の森守りは?」
「うん、名前は付けられないから「あいしょう」って言うんだって。ここから帰ったら古竜のじいさんに教えを受けるんだ。俺はまだまだ未熟だから」
「そうか、充分教えを受けないうちに代替わりをしていたんだな」
「うーーん、俺が200年寝て過ごしたからな」
「それはダメだろう。俺でさえ半年弱だぞ。それに用事があれば今回みたいに起こされるんだ」
スネはジャックフロストに小言を言われていた。その横でモスとスラが舞い戻った理由を聞いた。イエローの連絡網で洞窟を作ることがリリーに伝わり、洞窟に濃い魔素を貯めると聞いた古竜が魔物が魔素を求めて屋敷に現れると洞窟禁止を決めた。そこから延々とモスは怒られ、それほど洞窟が欲しいなら迷いの森の奥に戻れと責められた。この屋敷や庭園はあくまでライの厚意で使ってることを忘れるなとジルにも言われ随分へこんだようだ。それよりモスの力で北の大地を元に戻して来いと言われた。
「モス、フェアリーリリーをたくさん育てるのは難しいけど少しなら結界を付与したガラス瓶の中で育てることが出来るかもしれない。屋敷に帰ったらグレイや古竜に相談してみようね。それにあの洞窟は魔物が徘徊するダンジョンにつながっているせいで魔素が濃いみたいなの。ダンジョンが無くなれば枯れてしまうの。フェアリーリリーは人の生きる土地では育たない特別な花だと思う。
屋敷のみんなはモスが一番土の事を知ってるから除草剤に汚染された土を回復できるんだと期待して送り出してくれたんだよ」
モスは俯きながら「魔物が屋敷に来たら困るから洞窟はいらない」とつぶやいた。グレイはそうなるだろうとふんで屋敷にモスを戻した。フェアリーリリーの花が咲いているのをみて興奮している段階でいくらグレイが説明してもモスは不満だけが募るだけだ。興奮状態のモスには冷却時間が必要だった。
「グレイ、除草剤の土と木株や枯草を持ってきてくれた?」
「おお、収納してある」
「ありがとう。これと地図と手紙を添えたら公爵様は分かってくれるかしら?」
「手紙など書かなくてもそのまま公爵の所へ行けばいい」
「じいさん無理言うな」
「グレイの言う通り。見も知らぬものが公爵様に簡単に会えませんよ。手紙だってグレイに持って行ってもらうしかないし、それでも読んでくれるか分からないのに」
「俺がついて行ってやる」
「ジャックフロストさんが?」
「わしら北の森守りは公爵の代替わりに一度は顔合わせをしているんだ。だから今の公爵とは顔見知りだ。わしの助言を無視などしないから安心しろ。それに自分の領地の危機だから俺が活をいれてやる」
「ライ、そうしよう。俺が行ってくるよ」
「お嬢さんも連れていけ、小さくなれば妖精猫が連れていけるだろ。わしは自分で飛んでいけるから大丈夫だ。人は人の言葉の方が理解しやすいと思うぞ」
グレイとライが相談している最中にモスがライの服を引っ張った。先ほどまでスラとモスで除草剤に汚染された土や草、木株を眺めたりスラは食べたりしていた。モスは除草剤の解毒は出来るが浄化があった方が効果的だと説明した。
除草剤のせいで枯れた草や木株を燃やし残った灰とライの作った木酢液とスラの特殊な肥料で土の中に混ぜ込むことである程度は回復する。スラの特殊な肥料は元の土と木々の落ち葉をもとに作られる。
「除草剤は草や木株が吸収しているので、土の汚染自体はそれほどひどくないけど範囲が広い。北の大地の木々の落ち葉が腐葉土になりにくいから、栄養豊かな土にするのが難しんだ。浄化できれば完璧だけど・・・。植林の効果が出るのに時間がかかるな。仕方ない」
「グレイ、それなら私がお手伝いできるわね」
「ライはそうやって無理をする。ライは浄化が得意でないだろ。北のことは北に任せないとだめだ」
「ライさん、土地を改善する前をちゃんと公爵に見てもらわないと被害が実感できない。妖精猫今から出かけるぞ」
ジャックフロストはスネに指示を出しライを小さくした。地図や枯草、木株に汚染された土をもってライたちはグレイと共にジャックフロストを追いかけ北の公爵の執務室に転移した。
誤字脱字報告ありがとうございます




