138 ライの屋敷は進化する
グレイが妖精村に旅立ってからもライの日常は大きくは変わらなかったが、庭園にザッツ国で出会った魔馬と魔馬に乗った白蛇が現れた。魔馬は数か月もかけて古竜やジルの後を追いながら迷いの森から庭園にたどり着いた。
一度人に慣らされた魔馬は他の魔馬の群れには戻れないため、優しく世話をしてくれたライを追ってきたようだ。白蛇は単に食べ物目当てのようだが本人は魔馬を守るためについてきたと白蛇の話をジルが解説してくれた。ライはジルから白蛇と魔馬に言葉を伝えてもらった。
『ようこそおいで下さいました白蛇様。魔馬君はこのままここにいますか?』
魔馬は黒い綺麗なたて髪を揺らすほど勢い良く大きく頭を縦に動かした。ジルは人型になり魔馬に駆け寄った。
『僕の引く馬車を引いてくれますか?ライを乗せることもあるけど、街にお薬の納品に出かける時もあるんだ』
再び魔馬は大きく頷いた。ジルは仲間が増えたと大喜びした。モスに頼んで厩舎を建ててもらわなければならない。黒い魔馬だから名前はクロちゃん(クロントス)と呼ぶことにした。グレイが戻ったらなんと安易な名付けだと笑われそうだ。一応馬の神の名前をもじったつもりだが理解されないとライは思っている。
長旅だったクロに魔法水を桶一杯に注ぎ入れた。もう一つの桶にはリリーの育てたニンジンとアポの実を沢山いれ食べるように勧めた。嬉しそうに食べ始めた魔馬は美味しい水と食料に夢中になった。旅の間十分に食べていなかったようだ。
クロが満腹になり一休みしたのち人型のジルとライで体に水をかけブラシで汚れを洗い落とし、水気を魔法で取り除いた。蹄が傷ついていないことを確認し、保護軟膏を塗っておいた。これからのクロのお世話はジルの仕事になる。ライに貰ったブラシで体を磨いたり、食事の世話や馬房内を掃除して新しい藁を敷いたりと手がかかるが、迷いの森を二人で駆けまわることが出来るクロはジルにとって仲間以上のつながりになりそうだ。
リリーはクロのたて髪を木の櫛できれいに梳いていた。見違えるほどにきれいになったクロは誇らしげに嘶いた。屋敷の玄関奥の庭の近くに厩舎は作られ、その横には馬車置き場までできていた。ジルとクロは仲良しになり人型のジルを鞍なしで乗せるようになった。これなら馬車を引かなくてもジルと街に出かけられる。
ジルは森しか知らないクロに人の街の様子や賑わいについて説明してた。クロはライに名づけされた時からライの言葉をはっきり理解できるようになった。
「クロ、は魔馬の中でもすごく頭がいいから良く聞いてね。街の中には力が強くきれいな馬を欲しがる人がいるの。街に出た時に声を掛けられたり無理やり手綱を引こうとする人がいるかもしれないけど、それでもクロが悪い人を蹴り上げたりするとクロが捕まってしまうから暴れたりしないで。嘶いてジルを呼んでくれれば街の人が助けてくれる。そのうち街の人とも仲良くなれるわ。何度か私を乗せて街に行きましょう」
「ライ、クロは簡単な結界が張れるから俺が離れる時は結界の中にいてもらう」
「えっ、魔馬は魔法が使えるの?」
「魔馬は元々魔力で体を強化できるんだ。クロはライと旅をしている間に、エックからライを守るように結界を教わったらしい」
「ああ、エックさんもストーンさんもいつも戦いのときは馬車から離れていたわね。私が結界を張っているうえにさらにクロが重ねがけしていたなんて気が付かなかった。クロにも守られたから大きな怪我などしなかったのね。クロ、改めてありがとう」
ライはクロの背を撫ぜ、馬の好きな砂糖菓子をクロの口元に差し出した。「気にするな」と言うように笑ったのち砂糖菓子を美味しそうに食べた。ジルの魔法カバンに人参、水袋、アポの実、砂糖菓子、桶二つが追加された。
白蛇はいつの間にか屋敷の中に入り、リリーからお菓子を貰ってご満悦の様子だった。クロがここに残ることになると、白蛇の帰りはどうするのかと問えば、小さくなってグレイに転移で運んでもらうつもりだと威張っていた。いまグレイが出かけていていつ帰るか分からないと伝えたら、迷いの森は落ち着いているからここで待つと言い出した。
森守りが何の準備もせず長い期間無断で留守にするなど考えられないと、古竜が白蛇に小言を言っているが白蛇は聞く耳を持たない。白蛇の耳は何処にある?と一瞬考えたライだった。
白蛇は満腹になったお腹を擦りながら、体をさらに小さくして、古竜の寝床に丸くなって寝てしまった。古竜と白蛇は長い付き合いのようで、マイペースな白蛇に古竜は呆れていたが、そのまま古竜の寝床に寝かせておくことにしたようだ。グレイはそう長くライから離れないだろうからと、古竜とライはグレイの帰宅を待つまで白蛇の逗留を認めることにした。
ミリエッタが屋敷に残してくれた物の中にダイアナの本があった。ライがあちこち行っている間も、ダイアナはライに本を届けてくれていた。今では少年と妖精猫の冒険本は、庶民まで広がっていた。ダイアナの優しい文章で描かれる愛らしい少年と妖精猫の物語は出産祝いから始まったが、今は文字を覚えるための教本的役割にまでなっていた。
ライの作ったぬいぐるみはダイアナやその兄シャープの関係者に配っていたが、他からの注文も多く来ていた。ダイアナやシャープは再度ライに依頼をしようとしたが、ライが高熱病の治療で各地に出向いていたため諦めたようだ。ミリエッタがライに迷惑かけぬように、二人に忠告してくれていた。
ミリエッタの工房の布のぬいぐるみは他の工房も巻き込み大量生産されていた。羊毛のぬいぐるみも広がってはいたが手がかかるので数は少ない。さらに魔羊のぬいぐるみはライ並みに作れる人はいなかった。最初にダイアナ側から送られた魔羊のぬいぐるみを手放す人はいなかったため、魔羊のぬいぐるみを見た人は欲しがるも、手にすることは出来なかった。
王都でコンちゃんに出会えたのもダイアナのおかげだった。あの時商業ギルドで登録した木札遊戯や64の色返し(リバーシ)の登録利用料が凄いことになっていた。庶民でも買える安い物からガラスや宝石を使った高価な物まで多数種類が出回っている。ライは精霊が遊べるように小さな木札を作り軽量の魔法を付与してみた。最初はメイド子蛛達が休み時間に遊び始めた。小さな手(足)で木札をはじくとくるっと回って数字や絵が出てくる。色合わせや絵合わせは簡単に遊べるようになった。
そのうちメイド蜘蛛は絵の意味や数字に興味を持つようになった。数字の概念がない魔物に数字を教えるのは難しいと思っていたが、思いのほか簡単だった。お菓子を分け与える時に同じ数配る必要があったからだ。これにはメイド魔蜘蛛は敏感に反応して数字を覚え、一桁の加減算を身に着けた。お菓子の威力はすごいとライは感心した。
リリーは賢くなったメイド魔蜘蛛に仕事の連携を教えた。一人のメイド魔蜘蛛では出来ない洗濯や掃除を通して複数で一緒に働く楽しさを教えていった。メイド魔蜘蛛は一人で出来なかった仕事が複数ならできることに達成感を味わうようになった。ライはそんな小さいメイド蜘蛛にブランコや滑り台、雲梯にスプリング木馬を作って居間の飾り人形の間に置いてみた。ジルの人形から伸びる滑り台はとても長く傾斜もあって少し怖いのではと思ったが、大はしゃぎでメイド魔蜘蛛は遊んでいる。スプリング木馬は馬だけでなくジルの形や古竜、スラ、スイの形も作ってみた。
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