136 グレイの帰省 妖精村 1
グレイは村のはずれに辿り着いた。穏やかな暖かな風が花々の優しい香りを纏い、何本かの小川が流れそこには木製の小さな橋が幾つも架かっている。500年前からほとんど変わらない風景が目の前に広がっていた。二番目の橋には修復の跡がある。あれは俺が蹴り飛ばした跡だ。俺が捕まえた赤い魚は、俺の顔を見たらそそくさと岩陰に隠れた。
「おまえは俺を覚えているのか?」
「俺を捕まえる奴はお前しかいない。なぜ戻ってきた?」
「悪かったな。あの頃は子供だったから許してくれ」
「ここには子供も大人もいるが俺を池から外に放り投げたのはお前しかいない。長老がいなかったら死んでいた」
「だって、君には羽が付いているから空を飛べると思ったんだ」
「無知とは恐ろしい。池の中で泳いでいるものが空を飛べるわけないだろう」
「反省している」
「嘘をつけ。今の今まで忘れていたくせに。あの後背を傷めて自由に泳げなかった。500年たってもお前のことは忘れない」
グレイは背負ったカバンから、たまごボーロを取り出し空気で被膜を作り赤い魚の上の水面に浮かべた。
「これはたまごボーロというお菓子だ。俺の契約者が作った物だがとても美味しいから食べてごらん」
「おまえ、500年ぶりの悪戯じゃないか?」
「俺も大人になったからそんなことはしない」
赤い魚はひくひくと口を動かし水面に浮いたたまごボーロを恐る恐る口に入れる。ひとかみしたのちは、水面に浮いたたまごボーロをすべて口の中にいれた。
「こ、これはなんだ?ほんのり甘くてサクサクしている。食べたことないぞ」
「美味しいだろ?お前はこの池の長老だからこのお菓子を渡しておくよ。子供たちにも分けてあげて」
グレイは500年前の時は小さかった赤い魚が立派な髭と羽を蓄えグレイから小さい魚を守っていることに気が付いていた。
「いいのか?」
「美味しいからと言って食べ過ぎるとすぐなくなるぞ。俺がこの次に村に来るときはこのお菓子はないからな」
「なぜだ?」
「俺の契約者は人間だからそんなに長生きしないからだ」
「人間?」
「見たことないよな。外の世界のか弱き生き物だ」
「お前が契約するとは思わなかった」
しばらく赤い魚と話をしたあとグレイは長老の家に向かった。のどかな風景に時々小さな妖精猫の赤ちゃんがふわふわ浮いている。今年も子供が生まれて良かったと思う。遠くの木に妖精猫のねぐらになっている洞がいくつも見える。何も変わらない安心感と違和感をグレイは持った。
珍しい姿のグレイを見て赤ちゃんの妖精猫が付いてくる。グレイは歩くのが当たり前になっていたが基本妖精猫は浮いている。グレイは可愛い赤ちゃんをひと撫でして長老の家に転移した。
「お帰り。随分長いこと帰ってこなかったな」
「ご無沙汰しています。外界で元気にやっています」
「お前はここに居る時から変わり者だったから苦労するかと心配していたぞ」
「ここで長老に魔法の指導を受けていったのでとても助かりました。それに村はずれの引きこもり妖精猫にいろいろ教わりました。やはり経験談は役に立ちました」
「おい、久しぶりだな」
「あっ、引きこもりお兄さん」
「お前が出掛けた後長老の補佐に入ったんだ。お前の外界に向ける意気込みが恐ろしかった。俺と同じように挫折して戻ってくるんじゃないかと心配だった。いくら楽しくても村に戻るのが遅すぎる」
「えへへ、俺は結構楽しく旅をしていました。あちこちの森で過ごし、魔獣と遊び気が向かえば人と冒険をしていました」
「人に襲われなかったか?」
「俺は人に姿を見せなかったし、猫は人族の街や森にもいるから猫に擬態すればたいていのことは大丈夫だった。ただ人を知るのは難しい。悪い奴も良い奴も沢山いる。俺もここを出て人に会うまでずいぶん時間を要したからな」
「元気なら何よりだ。今回は妖精花の花蜜の購入か?」
「そうなんです。100年ほど前に三毛の妖精猫が外に出たと思います」
「おお、いたいた。少し気が弱い奴だった。止めたが意地を張って出ていった奴だ」
「その妖精猫が魔素不足で倒れているのを助けました。今は元気になって人と契約しています。まだ長距離の転移が出来ないので二人分購入したいです。もし余裕があれば多めにお願いしたいです」
「あの子はおまえと違う意味で心配していたが、お前が助けてくれたのか。良かった」
「お前に沢山手渡したいんだが昨今妖精花の花蜜の収穫が落ちているんだ。1000年に一度の花畑の植え替えをしなければならない」
「1000年に一度不作になるのですか?」
「そのようだ。記録によると二~三年かけて花畑を移動させて今の花畑を休耕する必要があるらしい。詳しいことは分らないがそういうことらしい」
「花畑の土の栄養が足りなくなるのか、魔素が薄くなるのかもしれない」
「良く知っているな。おまえ、ここで長老補佐に入らないか?」
「俺はライと契約しているから無理です」
「素っ気ないな。おまえの様に外界を良く知っているものが少ないから残ってくれると助かる」
「俺は女神にライの見守りを頼まれているから今は無理です」
「女神の依頼なら仕方がない。100年ぐらい後でもいいぞ」
「約束はできない。それよりフェアリーリリーの花畑を見せて下さい」
「ううん、本来長老以外は見せることが出来ない」
「俺は妖精印の肥料を持っています。フェアリーリリーの様子次第ですが、新しい畑に肥料を追加すれば早く回復するんじゃないかなと思うのですが」
「「「・・・・」」」
「向こう10年妖精花の花蜜の不足が少しでも早く回復するなら・・・記録も確かとは言えないかもしれない。見てもらうのもいいかもしれない」
グレイは長老たちとフェアリーリリーの花畑に転移した。見渡すばかりのフェアリーリリーが茂っている。今の季節は白い釣り鐘の花が満開で花の中に妖精花の花蜜が実っているはずなのに、緑の葉の中にとこどころ可愛い釣り鐘の白い花の房が見えているだけだった。フェアリーリリーは決して枯れているわけではないが花をつけていない。花の代わりに黒い実がなっていた。これがフェアリーリリーの種のようだ。ここにモスがいれば何が不足か分かるかもしれないが連れてくることは出来ない。
「長老、別の花畑にここのフェアリーリリーを植え替えるのですか?」
「記録にはそう書いてある。なんせ経験者がいないんじゃ」
「誰が植え替えるのですか?」
「長老と補佐で行うんだ。ここは秘密のフェアリーリリーの花畑だから」
「他の妖精村も一緒ですか?」
「確認はしてない。自分の村の妖精花の花蜜は自分の村で作ると決まっている」
「長老、フェアリーリリーの花の代わりに黒い実がなっています。これは種ではないですか?」
「おお、これが種というものか?種がなければフェアリーリリーを植え替えろと書かれていた。種とはこれのことか?」
「そこからか・・・長老、今回の畑替えの方法をしっかり記録に残してください。妖精花の花蜜は妖精猫の大切なものです。外に出た三毛の妖精猫が魔素欠乏でも生き永らえたのは妖精花の花蜜のおかげです。妖精猫でも1000年は長い時です。口伝では欠ける情報が多いです」
長老でさえ経験しないことは口伝でなくしっかり記録に残さなければいけない。病気などほとんどしない妖精猫は危機管理が緩すぎる。グレイは持っていた紙の束とペンとインクを長老に差し出した。長老はお前が書けと譲り合っている。あっ、文字を知らないかもしれない。ここから教えなければならないのかとグレイは肩を落とした。
「小僧、俺が書ける」
「引きこもり兄さん頑張って下さい。あと文字の書き取りを長老に教えてください。書いた記録を読めないでは意味がないですからお願いします」
大丈夫かと心配になるグレイだった。
誤字脱字報告ありがとうございます。




