135 付与魔法とグレイのお出かけ
ライは小さなメイド魔蜘蛛のエプロンの小さなポケットにお菓子を仕舞えるように収納の付与魔法を試してみることにした。エプロンのポケットにメイド魔蜘蛛の持つ箒やモップが入るようにして、お菓子などは小袋ごと収納できる大きさがライの初めての付与魔法ではやっとだった。それでもメイド蜘蛛たちは大喜びでライの体によじ登って頬にキスをしてくれた。
スラやモス、古竜、ジルは自分の収納があるのにメイド魔蜘蛛の様な収納が欲しいと言い出して、ライはこげ茶色の皮の背負い鞄に収納を付与した。付与魔法は回数を重ねると付与の効率が良くなってきた。出来上がった鞄にお菓子を収納して大喜びで持ち歩いていた。リリーには可愛い赤い薔薇の模様の入ったポーチを作成して背負いカバンの様に収納を付与して贈った。収納力が高くなってきたので時間停止を試してみた。さすがに一度では出来ず時間遅延を何度か繰り返すことで、二重付与が出来るようになった。
新しいことが出来るのはとても嬉しい事だった。ライはメイド魔蜘蛛のエプロンにも二重付与を実施した。背負いカバンを背負った人外たちはライの横に並んで二重付与をおねだりしてきた。人外たちにはおやつの確保と保管は何よりも大切なことらしい。ライは腕を磨くために何度も付与を行った。
ライとメイド魔蜘蛛たちは収納エプロンやお菓子作りで仲良しになった。リリーから紹介された時は皆同じ魔蜘蛛に見えたが、手先の器用な子もいれば力持ちもいる。調理が出来なくても、整理整頓が得意な子もいれば、袋詰めが上手な子もいる。見た目が似ていてもメイド魔蜘蛛には個性が生まれていた。
リリーはメイド魔蜘蛛を番号で呼んでいる。だがいずれは名前を付けてあげたいとライは思った。メイド服の白いエプロンにカラフルな色の花を刺繍すれば一目瞭然になる。ライはメイド魔蜘蛛に色の名前を付けることにした。番号よりいいのではないかとリリーと相談して考えている。庭にはたくさんの花がある。メイド魔蜘蛛一人一人が好きな花を選んでもらい、その花の色を名前にする。赤いバラならレッドに、黄色いバラならイエローに・・・色かぶりに気をつければ全員に名前を付けることが出来る。メイド魔蜘蛛は名前が決まると小さく光った。ライは白いエプロンに花の刺繍を受け持った。メイド蜘蛛はいつの間にかライの家族になっていった。
リリーは屋敷の采配に忙しく、ライの調剤の手伝いをスイが専任に付き合うようになった。以前は薬草の汚れやかたづけを手伝っていたが、最近はスイの体から手が伸びてきて鍋をかき混ぜたり、薬草をナイフで刻むことも出来ている。ライの不在中にスイは頑張ったようだ。地下の治療室のポーションの不足を補おうとリリーとスイは工夫して作っていた。
丸いはずのスイがびよーんと伸びたり手が出てくる姿はちょっと面白い。スイはライが話しかける内容は理解できるが話はできない。それなのに顔がないのに器用に手や足を作って返事を返してくれる。簡単な言葉を丸い体に口のような穴を作り言葉を伝えることが出来るようになっていった。ライがいない間にそれぞれが進化しているようだった。
ライや人外たちが屋敷に慣れた頃グレイが珍しく真剣な顔でライに声を掛けてきた。
「ライ、ちょっと妖精村に行ってくる」
「わたしと会わなければ10年前には帰る予定だったね」
「まあそうだな。べつにずっと帰っているつもりはない。猫風邪の治療薬が少なくなったから取りに行くのが目的なんだ」
「猫風邪の薬?」
「地上では育たないフェアリー・リリーのフラワーネクター(花蜜)が特効薬なんだ。ミケは魔力欠乏と風邪で体力を落としていたから手持ちを飲ませた。あいつはそれを腹が空いたからと飲んでいたからぎりぎり命を長らえていた。フラワーネクター(花蜜)は滋養にもいいんだ」
「それじゃ妖精村にお土産もっていってほしいけど何がいい?」
「う・・・ん、外界に出たがると困るから・・・メイド魔蜘蛛用の小さいたまごボーロを沢山瓶に入れてくれないか?長老に渡せばうまく配ってくれると思う。ライのことだから色々持たせたいだろうけど、外界に出れば美味しいお菓子が食べられると妖精村の住人が勘違いしたら困るからね。その辺が難しいんだ」
「ミケみたいになったら困るものね」
「そうなんだ。俺だってライに出会わなければ今のような生活を経験できなかった。本当に幸運だと思っている。村から外に出るのは大変なんだ。魔素が少ない中で生きていくのは生死を分けることにつながるからな」
ライはグレイの「ライに出会えて幸運」と言って貰えたのが嬉しかった。ライにとってもグレイに出会えたことは幸運だったと思っている。グレイがいたから頑張れたし、新しいことに立ち向かえた。
「そうなんだ、最初はミケが元気になったら妖精村に連れて行こうと思ったんだが、出戻りは村では生きにくいから思案していた。ミケが自分から生きる道を見つけてくれてよかった」
グレイの話では外界に出た妖精は外界に馴染めず心身を壊して戻ることが多い。良い事も悪い事も経験してきた妖精は、『夢・希望・失敗・挫折』という認識を持たない、ずっと妖精村で暮らしてきた仲間の中には戻れないらしい。グレイのように外界と折り合いをつけられる妖精猫は少ない。どうにか妖精村に戻った妖精猫は村のはずれに隠れるように暮らす者が多い。妖精猫としての長い妖精生を引きこもりで暮らすのは悲しい。長老の癒しを時薬にして回復を待つことになる。それを乗り越えたものが長老の補佐になる。
まだ妖精村に戻れたものはいい。魔獣や人に襲われるものもいるし、ミケの様に外界に馴染めず体を壊したり、中には消滅してしまう妖精猫もいる。外界に出た妖精猫はフェアリー・リリーのフラワーネクター(花蜜)を手に入れるために数百年ごとに村に戻ることになるが、元気に戻ってくる妖精猫は少ないようだ。
平穏な妖精村を出たいと思う妖精猫は少ない。長老に人の恐ろしさを聞けばなおさらだ。魔素の少ない世界など危険地帯でしかない。グレイのお土産一つで何の準備も決意もなく妖精村を飛び出したらそれこそ消滅しかない。
ライは大きな瓶の内側に時を止める魔法を付与することにした。グレイの希望の小さいたまごボーロをメイド魔蜘蛛たちと沢山作って持たせることにした。ミケはまだ長距離の転移が出来ないのでグレイがミケの分もフェアリー・リリーのフラワーネクター(花蜜)を仕入れてくることになっている。
「じゃ、行ってくる」
グレイは晴れた日の朝ライたちに見送られ妖精村に向かって転移していった。
グレイがいないことをライは寂しいと思うことがあるが、あちこち出向いているから元々グレイは不在も多い。屋敷の中は人外が増え、ライは仕事もある。忙しかった2年間を埋めるように調剤をして、料理をする。毎日宴会の様に賑やかな食事、みんなでお風呂に入り大きな寝台で寝る。グレイは今頃何しているんだろうと思う間もなくライは寝てしまった。
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グレイは久しぶりに妖精村の手前に何度目かの転移でたどり着いた。妖精村は結界が張ってあるため鬱蒼とした森の中に隠された入り口がある。そう簡単に入ることは出来ない。
「入り方は前と変わりないかな?変えられてたら困るな。なんせ500年ぶりだから緊張してきた。先ずはこの蔦に沿って一節ごとに魔力を込めて・・・」
グレイが入り口の蔦を右回りで節ごとに魔力を込めると、蔦の一節ごとに込められた魔力が光となって円を描く。光る円の中にグレイの真名を魔力で書き込むとグレイの体が光り妖精村のはずれに転移していた。
グレイにしても初めての入村の手続きだった。あまりに長く外界にいたので入村の手続きを忘れていないか心配だった。まさかミケに確認を取るのはグレイの誇りが傷つくのでうろ覚えに賭けてきた。どうしても入村できなければ、グレイは恥を忍んでミケの所に戻ろうと思った。
グレイが村を出た時から長い時間たったのに、妖精村は何も変わらない平穏で穏やかな村だった。
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