133 新しいお屋敷
新しい屋敷は元々の高い門を開くと石畳の広い道が広がりそのまま玄関に向かう。屋根付きの出迎え広場は花々に彩られ雨の時は馬車の乗り入れが出来るようになっている。
大きな木のドアを開ければ玄関ロビーが現れる。ミリエッタの置いて行った壁飾りや調度品はそのまま使うことにした。玄関ロビーの左側は元の家が入ったホールにつながっている。ホール先の屋根付きのテラスでは軽食をとったり、昼寝もできる様になっている。ジルや古竜、精霊や妖精の休憩所にもなっている。
ロビーの正面の階段を上がり左の部屋は、モス達の力作の見事な風景を描いている庭園を見下ろせる応接室になっている。以前の家の飾り棚の木彫りの人形たちは今の庭寄りの出窓の近くに移しその横に台座を設置して大きめの木彫りの人形が精霊や妖精の力作として追加されていた。そこには白蛇までが参加していた。
二階には庭を眺めながら食事のとれる部屋も出来ていた。2階の個室は貴族の屋敷らしく客間が5部屋あるので一部屋をライの部屋とした。あとは客間として残しているが実際使うことは少ないとライは思っている。今までもなんだかんだとライやリリー、グレイたちは部屋にいるより工房かテラス、小さな食事テーブルとソファーセットのおいてある厨房で過ごすことが多かった。
1階のロビー右側奥は水回りが配置され、厨房は魔道具を使って使いやすくなっている。お風呂も完備されていて、どこからか温泉が流れ込んでいていつでもお風呂に入れるようになっている。風呂は浅瀬が作られていた。人外用にもなっていているようで風呂の使用方法をリリーが説明していた。掃除だけはライの魔法ですることになっている。
どんなに大きな屋敷になってもライたちはお客様がいないときはいつもこの厨房横で食事やお茶を楽しむのは変わらなかった。そして庭園にできた東屋は新しいティールームとなった。
「ライ姉さま、新しいお家はすごいですね。ミリお母様の家だったって分からないほど変わっています」
「ライ、素敵な玄関アプローチですね。石畳の周りの花がとても綺麗だわ。奥の白いリリーの花が涼やかだわ。エントランスには屋根がついているので雨でも大丈夫ね。ずいぶん頑張ったわね」
今日はオズとミリエッタがライの引っ越し祝いに来てくれた。オズはしばらく見ないうちに大きくなりミケを抱きかかえる姿も様になってきた。以前は大きな三毛猫のぬいぐるみを抱えているようだった。もうすぐ5歳のお披露目がある。
ライと肩に乗ったグレイ、人型のリリーとオズくらいの男の子がミリエッタ達を迎えに出ていた。うやうやしくお辞儀をする男の子を不思議そうに見ていたオズがライに話しかけた。
「ライ姉さま?男の子は?」
「屋敷の執事見習中のジルよ」
「えっ、ジルは子犬ではないですか?」
「オズ様、ジルは進化したのです。リリー先生に手ほどきを受け人化出来るようになりました。まだ執事としては見習い中ですがよろしくお願いします」
オズはジルと駆け回って遊んでいたので今日の姿に驚いていた。ライはエントランスで待たせはいけないとロビーに招き入れた。案内した2階の庭を見下ろせる応接室は所々にミリエッタのいた時の面影が残されている。応接間のドアは両開きになっていて、ドアを全開にすると応接間が2階の踊り場まで広がって見える。
「ミリお母様、お庭がすごい。竜が空を飛んでる。古竜のおじいちゃん?」
「そうよ。今まで地下だったから狭かったけど、ここなら本来の姿では無理だけど少しは大きくなって気持ちよく飛び回れるようになったの」
「ライ姉さま、ジルが庭を飛び回ってる」
「ジルはまだ長い時間人化出来ないの。今日はオズに見せたくて頑張ったのよ。オズが驚いたのが嬉しくて思わず庭に飛び出したみたい。モス達の力作の庭園が素敵でしょ。あとで庭に出て見ない?」
「ミリお母様、よろしいですか?」
「ここではオズも楽にしなさい。お茶を飲んだら出かけていいわよ。オズ、ここにオズがいるわよ」
「えっ、あっ本当だ。ミリお母様とお父様もいる」
大きく作られた新しい木彫りの人形の中にミリエッタやオズ、オードリアンが並んでいた。リリーの出してくれたお茶とお菓子を食べると、オズはミケと共に庭を目指して駆けだしていった。高窓から優しい風が流れてくる。
「ライ、お疲れさまでした。ザッツ国の報告を受けました。大変だったわね」
「ミリ様、エックさんとストーンさんがいたのでわたしはとても助かりました。エックさんはすごい魔導師でした。わたしが何度も苦境を乗り越えられたのもエックさんとグレイのコンビの活躍がありました。ストーンさんも身を挺して守ってくれました」
「エリック様も成長されたのですね。そんなに活躍したの?」
「そうなんです。若かりし頃の失敗を大いに反省したらしいです。最初の妻が最高だったと言ってました」
「今頃言われてもね」
「ミリ様は今が幸せならそれでいいと思います。公爵様もオズもサファイア様もミリ様が大切な人だからこれからもきっと幸せになれると思います」
「わたしにとっても大切な家族だわ。ライ、その中にあなたも入っているのよ」
ミリエッタはライの無事を確認して安堵の息を吐き、ライの体を抱きしめた。ライはミリエッタの温かい愛情を感じていた。ミリエッタはザッツ国でのことを色々聞きたがったが心配はかけたくない。盗賊の街の話をすると驚いていたが逞しい女性たちに笑いをこらえていた。ライは今ここに居ることを大切にしたいと思った。
ライはミリエッタがいつでも来訪できるように彼女専用の部屋を2階に用意していて、そこに案内した。ミリエッタの好きな落ち着いたアイボリーの壁紙に以前使っていたベッドや机、クローゼットがしつらえてあり、奥には小さいながらも入浴施設を設置してある。オードリアンやサファイアが休んでもいいようにベッドだけは大きなサイズになっていた。ライの屋敷にオードリアンが泊ることはないだろうが仮眠位はするかもしれないとリリーが気を利かせた。さすがに家政婦長のリリーである。ライには気づけないことだった。
「ライ、ありがとう。いつでも家出ができますね」
「公爵邸ではお辛いですか?」
ライはミリエッタがライを守るために婚姻したのかと心配していた。それを察したのかミリエッタは笑顔でライに話し始めた。
「そんなことないわ。オードリアンはとても優しいわ。武骨な所はあるけど公爵邸の女主人として働きやすいよう気にかけてくれるの。公務でも私の考えもちゃんと尊重してくれるわ。お互い人生につまずきがあったからかしら、寝る前に伝えたい言葉を伝える時間を持つようにしているの。屋敷のこと、オズやサファイアのこと、仕事のことなど話し合わないとすれ違いが起こるから大切な時間にしてるわ。わたしは公爵の妻としてまだまだ勉強中だからこそ遠慮や我慢はお互いしないようにしているの」
「ミリ様が幸せなら安心です。わたしでは貴族の事など全然わかりませんが、たまには心を休めに来てください。もう一つの実家?ですかね」
ミリ様は微笑みながら部屋から見える庭に目をやっていた。そこにはオズが年相応の笑顔を振りまいてジルの背に乗っていった。家族とは血がつながっているだけでは家族にならないのかもしれない。サファイアがミリエッタの腕の中で穏やかに寝ていたのも家族のぬくもりがあってかもしれない。
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