130 エリック・エドウィン 2
やっとアンナーノが子を産んだ。生れた子は真っ赤な髪だった。エドウィン伯爵家は代々魔力の多さを示す黒目黒髪、たまに茶色の瞳が生まれる。黒髪黒目を引き継いでいない子供の誕生に屋敷は静まり返っていた。アンナーノは自分の髪色が青髪で、俺が黒髪なのに赤の子供が生まれたことを不審に思っていなかった。
屋敷中が静まり返り「奥様おめでとうございます」と言われないことにアンナーノは苛立っていった。俺でさえアンナーノに「ありがとう」とは言えなかった。出産のために来ていたアンナーノの父親は孫の髪色を見た瞬間にアンナーノの頬を打っていた。男爵家に赤髪の人はいなかった。母親は泣き崩れた。
領地にいる両親から托卵の疑いがあるからと執事に促されて教会の門をたたいた。俺は教会で親子の審判を受けることになった。アンナーノは何も分からず教会に出向きそこで親子審判の結果を聞いた。アンナーノの子供はエリックの子でないと分かりアンナーノは正妻となったにもかかわらず、貴族家略取の疑いで罪を問われ、すぐに離婚することになった。
泣き叫ぶアンナーノと孫を連れて男爵夫妻は男爵家に戻った。母体と赤子の健康のためしばらくは男爵家で過ごすことが出来るよう俺は手配した。情けを掛けるわけではないが、自分の愚かさに巻き込んだ結果だと思ったからだ。
俺は改めてミリエッタに結婚を申し込んだ。今思えばどの面下げてだと思うがその時はそれが良い考えだと思った。当然ミリエッタの兄カール男爵に断られた。ミリエッタに会うことさえできなかった。
「エドウィン伯爵家の仕事は魔導師団の片手間に出来る仕事ではない。領地の民のことも考えられないやつにここを任せることはできない。優しいミリエッタを傷つけてまで得た女があれとは情けない。もう帰ってこなくていい、除籍はしないが相続権はないと思え」
父からは当主としての自覚がなさすぎて後継を外され親戚筋から養子をとると言われた。結婚してすぐに不貞による離婚、さらに不貞女性と再婚するも托卵されての離婚、醜聞まみれの俺では次の結婚は難しい。
王都に戻れば俺はいい笑いものだった。アンナーノは誰にも股を開く女だったから、「あの女はよせ」と友人たちから忠告もされていた。けれど俺はその忠告をもてる俺への嫉妬だと思い友人たちを相手にしなかった。
「妻を大切にしろ」
「アンナーノはブットーンとも付き合ってるぞ」
「ブットーンは伯爵の次男だぞ。お前は遊びだ。いい加減目を覚ませ」
「あいつ、昨夜炎のファイアースにお持ち帰りされてたぞ」
「うるさい。俺への当てつけか!アンナーノは俺だけを愛しているんだ!」
少しずつ友人を失いアンナーノ中心になっていた俺を、馬鹿にして笑うやつもいた。俺は井の中の蛙だった。王都に出れば俺程度の魔力を持つ者は多かった。俺は魔導師として優秀だと自負していたが、実際に王都の魔導師団に入れば年の割に優秀程度で、魔法の腕もまだまだ未熟だった。俺の長い鼻が折れるのは簡単で、その憂さを王都の酒場で晴らしていただけだった。今更遅いが神から与えられたこの力を活かすことに力を注ぐことにした。
周りから揶揄されようが酒場に誘われようがすべて断って、魔導を極めるためにすべての時間を注いだ。10年後には魔導師団副団長に最年少でなることができて、王都の治安維持や王宮の警護を任される毎日になった。そんな時に王都で行方不明の増加から人攫いの組織の暗躍が疑われ、エリオットは魔導師団副団長として捜査の指揮を執ることになった。
真面目な魔導師団隊員を遊び人風によそわせ数人の組に分かれ王都を歩き回った。昔とった杵柄で、俺はなかなかいける遊び人になっていた。何が役に立つか分からない。それなのに初対面でライに「おじさん」と呼ばれた。
ミリエッタによく似たライは単なる人攫いから国を傾ける犯罪に頭を突っ込んでいった。東の公爵オードリアンとも対等に話をしているし先々を考える言動に驚いた。俺がライと同い年の時は何してた?さらに妖精猫と契約している?お伽話かと思えば猫は冷めた目で俺を睨んでいる。
「ライは私の娘です」
「わたしは東のロッキング公爵家の当主オードリアン・ロッキング。ライは妻の養女です」
俺は驚きで声が出なかったが、さすがに年の功で表情は崩さなかった。ミリエッタは清楚な乙女から落ち着きを増したしっとりとした貴婦人になっていた。俺からライを守るように抱きしめるミリエッタの手は震えていた。どれほどミリエッタがライを大事に思っているのか離れていても分かった。
今更どうにかしようとは俺は思っていない。今は他国からの侵略について公爵と話し合う方が大切だ。そこにライの猫がしゃしゃり出るどころか話の中心になっていた。この猫もライと同じでただものではなかった。
宰相から王まで巻き込んで、オードリアン公爵は策を練った。人道的支援で高熱病の治療支援に出向くことは避けることは出来なかった。俺は小娘のライがまさか治療支援団に含まれるとは思わなかった。ライは高熱病の原因から治療に大きな功績があるとは驚いた。
王宮で多くの貴族を巻き込んで、禁止薬物の流れを断ち切ることが出来た。治療支援の護衛に魔導師団が参加することになった。ミリエッタは俺に絶対ライを守ってと伝えてきた。色々怪しい所のあるザッツ国に向かえば問題は山ほどあるだろう。俺はミリエッタに全力でライたちを守ると伝えた。
グランド国とザッツ国を繋ぐ迷いの森の貿易道は自然に道が広がり最短で、ザッツ国に入ることが出来た。普通なら早くても数か月かかる、迷いの道は神の御業の如く我々を導いた。皆が驚く中ライと猫は驚いていなかった。
ザッツ国の王宮に行くまでに広がる荒れ地に驚いた。王宮に到着すれば王宮内は外界との交流を閉ざし閉鎖した空間内に人がひしめいていた。
『ザッツ国の国民よ目を覚ませ。高熱病の治療方法をすべての教会に神託として出す。病める者を救え。自国を取り戻せ』
ザッツ国全体に神の神託が下りた。それだけでも異例中の異例なことだった。乾いた大地に恵みの雨が降り、人々のささくれた心を癒していった。医療のことは分らないがライの提案でザッツ国全体に薬を届けまわることになった。治療支援団長のアーツがライは女の子だからと反対しても出向くと聞かない。きっと訳があるだろうと魔導師団副団長の俺が付き添うことでライは出かけることが出来た。
俺と護衛の御者を連れて馬車で王都を離れたライは、積極的に村や町に出向いた。薬を奪い取る者が出れば言葉を重ね説得した。怪我や病には薬を処方し治療魔法までかける。盗賊になった者にも神の御業で村に草木が生えていると伝えて、もう虫の脅威はないから村に戻るように説得をする。女子供と侮れない。大の大人でも出来ないことをしている。
俺はライがしたいことを出来るよう見守るしかできなかった。猫は王都に向かったり俺と各地の地主や領主に話をつけに行く。少しずつ民が落ち着きを取り戻してきたときに盗賊の街に入った。その時もライはひるむことなく周りを観察して、密造酒に気が付いた。ライの言う通り地下に囚われた人を見つけた時は驚いた。
「解毒薬をまき散らして」
ライの説明を聞く前に「さっさとやれ」と猫が俺を連れまわす。猫は説明が足りず俺は意味がわからないが、確かにこの街の男たちの様子がおかしかった。解毒薬と一緒に睡眠薬まで入れたら、盗賊たちは地下から出てきた人たちによって一網打尽された。すべてライと猫の計画のように思えた。
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