129 エリック・エドウィン 1
俺はエリック・エドウィン。これでもグランド国魔導師団の副団長で独身の出来る男なのに、小娘に「魔導師のおじさん」と呼ばれている。人攫い組織を追っている最中に俺が出会った気の強い小娘は人攫いを捕まえるための囮になるという。小娘から見れば俺はおじさんには違いないが、俺に対するあこがれも羨望もない小娘の言動に年を感じた。これでも俺はパリッと制服を着て王都を歩けば女性から「キャーキャー」言われるのにと心の中で反論した。
「エックと呼んでくれ」
思わず愛称を小娘に伝えてしまった。頭の回る小娘で、あれよあれよと組織の内情を聞き出す手腕に俺は呆れてしまう。薬師だからか毒にも強いから、西の公爵領で使われた毒から解毒薬を試行錯誤して作ったまでは良い。自分自身で解毒薬を試すのには恐れ入った。現実問題捕らえた人攫いたちは記憶が曖昧で情報を聞き出すことが出来ない。あまりに人攫いたちの話がかみ合わないので精神干渉の魔法を使われているかと思えば魔術滓がない。
魔術滓が残らないほどの精神干渉できる魔導師はわが国にはいない。我が国にいないということはこの大陸にいないと同じだ。魔導師団調査部では人攫いたちの情報を小娘が持っていることに驚いた。俺の前でさっさと解毒薬を飲んだ後は、人攫いの青年たちと話をしながら紅茶に解毒薬を混ぜ、飲ませ効果を確認している。並の胆力ではない。
小娘の名前はライという。初めて正面から小娘の顔を見た時俺の最初の妻にそっくりで驚いた。20年以上前、俺が一目ぼれして学院卒業後すぐに結婚した最初の妻は男爵家の長女ミリエッタ・カールだった。ミリエッタは優しくて賢くて思いやりがあった。それなのに俺は好きな女と結婚できたことと、王都の魔導師団に最年少で入れたことで浮かれてしまった。俺はいずれ伯爵を継ぐことが決まっていたので妻を西の公爵領のタウンハウスに残し王都の魔導師団に出向いていた。妻は領地に戻った両親や執事から領政や伯爵夫人としての仕事を学ぶ時間が必要だった。
俺は王都で魔導師団の訓練を受けながら週末は妻の所に帰っていたが、少しずつ妻の所に戻らず王都で羽目を外すことが増えた。ある夜酒場で仲間や女たちと酒を飲んだまでは覚えている。気が付いたら見たことない女と添い寝していた。今までも女に言い寄られたことはあったが女に溺れるようなことはなかった。しかし、しっかりした妻は両親とも上手く付き合い伯爵夫人として西の公爵のタウンハウスを切り盛りしてくれている。俺は王都の恥はかき捨てとだらだらと一晩過ごした女と付き合いを続けた。彼女は底抜けに明るく甘え上手だった。
そんな日が続いて半年ぶりに西の領都のタウンハウスに帰れば妻が流産したと言われた。その時は流産したなら次を作ればいいと妻に声を掛けた。そんな俺の優しい声かけに妻は泣いた。タウンハウスの執事もメイド長も非難の目を俺に向けた。子供などなくても養子を取ればいいと妻を励ますも鬱々する妻が煩わしくなり、俺は魔導師団の訓練があると言って王都に逃げた。
不在がちのタウンハウスの仕事は執事とミリエッタに任せきりになった。俺がタウンハウスに帰れば必要な書類の確認に追われる。魔導師団にすい星のごとく現れた若い伯爵と皆にちやほやされた俺はそんな仕事が煩わしかった。愛したミリエッタさえ疎ましく思うようになった。そんな時王都で付き合っていた酒場の女、男爵家の娘アンナーノが妊娠した。もちろん俺の子だ。もう5ヶ月になるというからタウンハウスに連れて帰ることにした。ミリエッタは流産後子供ができないから、俺の血さえ入っていれば継承には問題ないはずだからこの子を後継ぎにすればいいと軽く考えていた。
『氏より育ち』というからミリエッタがアンナーノが産んだ子を育てればしっかりした子が育つ自信が俺にはあった。アンナーノは可愛いが知性という点で大いに劣るので、伯爵家の女主人に置くには無理がある。俺の決断にミリエッタが子供を母親から取り上げて子育てなど出来ないと言い出した。べつにアンナーノから子供を取り上げると思うから悩むんだ。次期伯爵の教育だけ見てくれればいいのにミリエッタは納得しなかった。俺はミリエッタを本当にめんどくさい妻だと思った。
俺はミリエッタの言い分など無視してアンナーノをタウンハウスに住まわせた。アンナーノは最初は素敵な屋敷だ、料理がおいしいと喜んでいた。俺は妊婦がいるからと毎週帰ってきているのに、少しずつアンナーノは不満顔を見せるようになった。アンナーノは王都では可愛い女だったのにミリエッタの苦情ばかり口にするよようになった。
「子が妬ましいと邪険にされた」
「つわりで食べれないのに好きなものをねだったら無碍にされた。妊婦用のドレスも作ってくれない」
「安定期に入ったから少し街に買い物に出たら金遣いが荒いと責められた・・・」
俺は子供が生まれるまでだからと思い、ミリエッタの言い分は聞き入れず、ミリエッタにきつく忠告した。それでもアンナーノの苦情は収まらない。ミリエッタからはアンナーノが正妻になりたいと言っているので離婚してほしいと言い出した。俺にはミリエッタからの離婚の申し出の意味が訳が分からない。誰が見たってアンナーノが伯爵夫人が務まるわけがない。使用人からもアンナーノの我儘の苦情が出ていた。
確かにアンナーノは我が儘なとこがあるがそこが可愛いとは執事やメイド長には言えない。今は妊婦のアンナーノを優先することは間違っていないはずだ。そんなもめ事が嫌になり俺は何かと理由をつけタウンハウスに戻らない日が増えた。
アンナーノからは「王都で浮気している」と大声で責められた。俺は酒場にはいくが浮気はしていない。「仕事が忙しい」と言えば「そういって私と浮気していたでしょ」と責められる。その頃にはミリエッタは別邸に移りほとんど顔を見せなくなった。
アンナーノの臨月が近くなった頃、領地にいた両親がタウンハウスに来ていた。両親に執事かミリエッタが余計なことを報告していた。俺は孫さえ生まれれば過程がどうであれ両親は手放しで喜ぶと思っていた。しかし両親の怒りは凄まじいものだった。
ミリエッタを学院卒業と同時に無理やり嫁に貰っておきながら妻を労わらずタウンハウスでの仕事を執事と慣れないミリエッタに任せきりにしていたと父に責められた。母からは仕事と称して王都で浮気はする事だけでも許せないのに、伯爵位程度で第二夫人を置くなどあり得ないと俺を責めた。(本当は執事が第二夫人の手続きをしていなかった)
母は若いミリエッタを子なしとし、不義の子を実子としてミリエッタに育てさせるなどなんと人でなしな息子だと泣き出した。伯爵(父)は結婚して2年もしないうちに不貞を働いた息子に責があると、夫有責で離縁を成立させた。俺がどんなにミリエッタと別れたくないと言っても伯爵(父)は聞き入れなかった。ミリエッタにとってはエリックに当主の移譲がなされてなかったことが救いだった。
ミリエッタは静かに別邸から出ていった。実家のカール男爵家に出戻ることになる。居づらいだろうと心配したが執事に心配いらないと言われた。それよりアンナーノの正妻の手続きをするよう言われてしまった。俺は子が生まれるなら仕方ないとアンナーノと婚姻の手続きを済ませた。
両親はミリエッタが別邸を出たのを確認して孫の生まれるのを待つことなく領地に戻った。両親がタウンハウスに残っていれば、魔導師団の仕事に出ることが出来るがそんなことを両親に頼めない。
さらにタウンハウスでの仕事が山ほど残っていた。ミリエッタは優秀だったから俺に回さなくて良い仕事は片付けておいてくれていた。屋敷内も落ち着きのある安らげるものだったし、使用人の仕事もいきわったていた。それなのに女主人が変わっただけで、屋敷内はいつも騒々しくアンナーノの怒鳴り声が響いている。
俺はしばらく魔導師団の仕事を休職してタウンハウスでの仕事を片付け、アンナーノの出産を待つことにした。
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