128 お留守番のリリーのお話 4
ライの家の地下室のカフェは人外で大繁盛して、リリーは大忙しになった。今までは地上から訪れた精霊や妖精だけだったのが森から直接地下室のカフェに現れるようになった。お茶の代金は珍しい薬草や輝石、花の種に果物と色々な物が持ち込まれた。果物はライが砂糖漬けやコンポート、フルーツケーキにしてくれる。この前はそのまま絞って生のジュースを作ってくれた。甘いのは良いが酸っぱい果汁はリリーの頬をぎゅっとさせた。
スライムのスラが分裂した。スライムは分裂するがスラの分裂した片割れに癒しの力があることが分かった。この子はモスとは行動を共にせずライの工房の隅で隠れて、ライの調剤をじっと見つめていた。ライやリリーの代わりに調剤の後片付けを手伝ってくれる。こびりついた鍋や汚れた錬金棒、漉し布や調剤机に残った薬の汚れを綺麗に食べ尽くして吸収して癒しの力を得ているようだった。
ある日森から妖精が赤い鳥が怪我をしたとグレイに助けを求めてきた。その鳥はグレイが転移してカフェに連れて来て、地下室の庭の木の洞に布を敷いてそこに休ませた。癒しの力のスライムがぴよーんと跳ね飛び赤い鳥の側に飛び移った。癒しのスライムは傷ついた赤い鳥の雛に癒しを与えた。グレイは手持ちの回復薬を飲ませた。
真っ赤な鳥は火の鳥の雛だった。強い雛が弱い雛を巣から蹴落とし残った雛が親鳥からの餌を独り占めする。火の鳥の親は強い雛しか育てない。最後の1羽になるために、雛同士が戦い弱いものを巣から蹴落とす。この子は最後の戦いで負けた雛だった。
さらにカフェには治療が必要な者が訪れる。怪我をした白い犬に、トカゲにしてはごつごつしている奴は傷だらけの上に火傷もしてる。グレイに似た猫は今にも死にそうな状態だった。リリーはカフェどころではなくなった。ライにスラの分裂がばれて、癒しのスライムはスイと名前を貰った。とうとう地下室に森の救護室が出来た。グレイが反対するかと思ったら、女神から火傷のトカゲの世話を頼まれていたのでグレイも渋々納得していた。
怪我人、病人は手がかかる。体の向きを変えたり声掛けして食事をさせたり薬を飲ませたりとリリーとスイはてんてこ舞だった。リリーの不在が気にかかり地下に下りてきたライに救護室もどきが見つかった。ライに問い詰められたグレイは女神から傷ついた火竜の治療を頼まれたと素直に言えばいいのにライにぐずぐず言い訳をする。
「あれは・・・子犬に猫に火の鳥。怪我をしたり弱った森の仲間を精霊や妖精が連れて来たんだ。ここで癒しをかけて回復したら森に帰す。仕方ないだろう。助けを求めてきたら断れない。ライだってそうだろう・・・火傷のトカゲは森の奥で火竜の縄張り争いで大怪我をした。本来は家よりもずっと大きいんだ。大きいままだと燃費が悪いから小さくなっている。その方がこちらも助かるから・・・ライ、火傷の薬作って!」
あれよあれよとライは巻き込まれた。地下室の救護室はさらに繁盛した。カフェはしばらくお休みにするつもりだったが、お菓子とお茶の準備さえしてくれれば人外たちでお茶を入れお菓子を取り出して食べていくからカフェを続けて欲しいと言い出した。みんな自分の仲間の事だから我儘は言わない。
ライはグレイに頼まれた火竜の薬を作ることになった。ライの調剤はすごかった。ヒヤリン草を錬金釜に投入したら部屋もライの体も凍えてしまった。リリーは見ているだけで手伝えることは少ない。それでもリリーに手伝って貰えてよかったとライは言ってくれた。リリーの中で少しずつ力が湧いてきた。
ライが高熱病の治療に専念するとき、前に住んでいた屋敷を使うと聞いてライの助けができるとリリーは喜んだ。グレイの転移で、家と治療部屋を何度も行き来した。ジルやグレイは街にライの代わりに薬の配達に出ている。リリーは自分が人型になれたらもっとライの手伝いができるのにと悔しい思いをした。リリーは小さい家事精霊のままだった。
リリーが家事精霊として生まれて長い時を生きたからか、精霊王がリリーの願いを聞き入れてくれたのか分からないが、リリーは人型に変幻することが出来るようになった。リリーは家事妖精としては珍しく進化した。ライの手紙を受け取ることもできたし、赤いバラを手に取ることも、バラを活けライに見せることも出来た。その赤いバラでライと香油を作った。人の見本はライしかいないが家に訪れる人たちをよく見て、リリーはより人間に近づける勉強は怠らなかった。
大きな毛むくじゃらな魔蜘蛛が足を怪我をして救護室に来た時は驚いたが、お礼に糸や布を置いて行ってくれた。最高級品らしい魔絹が手に入ったので、ライがいつまでも男の子みたいでいるのが残念だったリリーは、ライに服を作ることにした。リリーはライに似合う服が作りたい。ライは可愛いからフリルがあってもいいけど本人がきっと嫌がる。怪我が治った魔蜘蛛がリリーの相談に乗ってくれ、服の形や縫い方も教えてくれた。新しいことを学ぶのは楽しい。
ライが西の公爵領に高熱病の治療のため出かけることになった。リリーは今回はついて行けない。グレイばかりずるい、リリーは役立たずだと泣いてしまったリリーをライが一生懸命慰めてくれた。ライのいない間の家の管理と食料品の増産はリリーしか頼めないと言われて残ることに納得した。ライだって、リリーの空調管理は最高だったから連れて行きたいけど我慢してと変幻したリリーを抱きしめてくれた。ライの胸は温かだった。リリーは変幻できて幸せだと思った。
リリーは家から出られなくてもライのために頑張ることが出来る。それだけでリリーは嬉しかった。グレイは何度も転移をしては料理や薬を持っていった。たまに手が足りないのか洗濯ものがどっさり来ることもあった。西では公爵の支援が無いと聞いて、リリーはすぐに食べられる果物や木の実をたくさん集めてグレイに持たせた。西にある大森林は迷いの森につながっているから、人外たちの住処も荒らされていて精霊たちも気が気でない。
迷い子のオズの護衛がライの護衛として西に向かうことになった。グレイは護衛騎士が気に入らないようだが、ミリエッタからは仕事ができる人間だと聞いてリリーはちょっと安心した。公爵領で晩餐会がきっと開かれるからドレスを一式持たせた方がいいとミリエッタからリリーは相談された。魔蜘蛛に相談したら仲間を連れてやって来た。魔蜘蛛同士で紡ぎ出される糸の色が違うらしい。食べもので色が変わるというので、赤い果物から白い果物、白い果物から青い果物、青い果物から赤い果物と色々食べさせたらすごい量の糸を吐き出した。それを機織りするととてもきれいな色変わりの魔絹の布が出来た。
ミリエッタに魔蜘蛛たちを会わせられないので布からドレスにするのはミリエッタに任せることにした。素晴らしい魔絹だと褒められた。出来上がったドレスはライの黒髪が良く映え、ライ好みのフリル少な目だけど可愛いものになっていた。ドレスに合わせて靴や飾り物が準備されグレイに持たせた。リリーはいつか一人でライのドレスを作りたいと思った。魔蜘蛛はミリエッタが使ったレースを見てレース編みを始めた。とても繊細なレースにリリーは創作意欲が沸き上がった。
無事ライが戻ったと思ったら今度は他国に出かけるという。ライはまだ女の子だ。働かせすぎだと怒った。
「リリー、わたしはもうすぐ15歳だから子供じゃないの。少し背が低いだけ」
驚きの新事実にリリーはグレイを見た。グレイはそっと目をそらした。
「リリーはいくつだと思ったの?」
ライの底冷えのする声にリリーは答えられず、変幻を解いて地下に逃げ込んだ。まさか大人びた11歳ぐらいの子供だと思っていたとはいえない。人間の年は分からない。昔会った吸血魔物は若いまま何百年も生きてた。人間は年齢にこだわりがあるから、年齢の話はしてはいけないとあとからグレイに言われた。先に言ってほしかった。妖精や精霊に年齢も性別もない。リリーは理解することは出来ないが丸飲みすることにした。
ライが他国に出かけてしばらくすると古竜がちょっと森の奥に行ってくると言い出した。ジルもそわそわとしている。リリーはピンときた。
「古竜とジルはライに会いに行くの?」
「だって、あちらの森守りが働かないから迷いの森がざわついているんだ」
「つまり、精霊や妖精が森で騒いでいるの?」
「そうだと思う。大地の精霊が森に逃げてきているようだから、とりあえず見てくる」
精霊や妖精のおやつは甘いものが一番だ。沢山あっても困らない。古竜の出発を少し遅らせ沢山作ったお菓子や甘いものをリリーは古竜に持たせた。その後グレイが転移してきて、追加のお菓子を欲しがった。前の復興計画と同じようだ。あの時はライと一緒にお菓子を作っていた。今は魔蜘蛛がお手伝いをしてくれる。リリーは甘いものが沢山必要になると分かっていたから古竜が出かけた後もお菓子を色々作って置いた。砂糖がなくなったが大魔蜂の協力で蜂蜜は使いたい放題になった。大魔蜂のお礼は蜂蜜を煮詰めた蜜玉で、ライがいれば魔力入りになるが今回はリリーの蜜玉で我慢してもらった。
大森林の精霊や妖精が大地に戻ったことで、古竜とジルが帰ってきた。夜空に舞う多数の精霊たちがとても綺麗だったとジルは目をキラキラさせながら話してくれた。ライがリリーのお菓子はとても美味しいと褒めていたと古竜が伝えてくれた。
もうすぐライが帰ってくる。リリーはそれが嬉しい。一緒にお風呂に入ろうか、一緒に料理を作ろうか悩んでしまう。いや、帰って来たらリリーが作った料理を食べてもらおう。帰る人を待つ楽しみを知ったリリーだった。
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