122 森に隠れた精霊たち 1
ライたちは軍神との戦いで疲れた体を廃村で7日間ほど休めた。ライが薬を配達して数か月たった。残してきた王都の治療師支援団の状況は分かっていない。ライは町や村にまわることに夢中になって王都に戻る期日を気にかけていなかった。治療師支援団が先にグランド国に帰国していたらと、今になって心配になってきた。魔導師団副団長であり、使節団の代表だったことを忘れていたエックとグレイは、慌ててザッツ国の王宮に転移していった。王都の情報を仕入れ帰国の準備の指示を出してエックとグレイはライの迎えに戻ってきた。
「ライ、王宮は正常に動き出した。地方からもちゃんと報告が上がっている。ナッタ特使は凄いぞ。武が尊ばれる中で文での活躍が目覚ましい。頭の回転が速いうえに理論的で建設的だ。グランド国に来た時とは別人だ。ザッツ国にはもう二・三人欲しいな。脳筋ばかりじゃ戦いで解決しか考えないからな」
「ナッタ特使は本当は優秀だったんだね。見習い神が憑依して劣化したということだね」
「そうそう、ライと同じように各街や村を回ったものは大方戻ってきた。最初の頃はやはり盗賊に遭ったり向かった村で嫌がらせがあったようだが、大きなもめ事はなかったようだ。ザッツ国には魔法を使えるものが少ないらしく、魔法で火や水を出すとすごく歓迎されるところと、悪魔使いだと剣を向けられた所があったようだ」
「それじゃ、ザッツ国では魔導師の立場が難しいね。でも大きなもめ事がなくて良かった。他のとこに盗賊の村や軍神が現れたら大変だった。うちにはグレイとエックさんとストーンさんがいたから乗り越えられたんだね。もしかしてわたしは最強の人たちに護衛されていたのかな?」
「ライ、エックはミリエッタのお願いには勝てないからな。ストーンは・・・弱みだな」
「ぐ、グレイさん、ぼ、僕は何も。よ、余計なこと言わないでください・・・」
「猫は、知っているのか?俺の事情を?」
「見てれば分かる。まあ、手遅れだからあきらめろ」
「・・・・」
ほんとうに久しぶりにのんびりした時間が持てた。ストーンは魔力枯渇から回復した。一時的に身体強化を最大に使ったせいで体中の筋肉痛が追加されて、動けるようになるのに時間がかかった。無理をして動こうとするストーンを止めるのがライの仕事になった。みんなの柔らかい笑顔を見ながらライは王都に帰る準備を始めた。突然グレイが声を上げた。
「ライ!古竜が呼んでるから森に入る」
「家で何かあったかな?」
「そんな感じじゃあないと思う」
「竜って、あれか?本物か?知り合いか?」
いい加減ライとグレイに付き合ったエックは驚きはすれど剣を構えはしなかった。しかしライの横で、ストーンは剣に手を添えていた。
「ストーンさん、古竜は迷いの森の守りです。攻撃しないでくださいね」
「ライさんは竜とも知り合いですか?」
「古竜はとても優しいおじいちゃん。森守りとして頑張っているの」
ライの説明に頷くもストーンの手は、剣から離れなかった。ストーンはグレイを受け入れるだけでもやっとなのに、お伽話の産物の竜までは受け入れがたいだろう。グレイは「仕方ない奴」と睨んでいる。
グレイが森に向かっている間に王都に向かう準備を始めた。魔馬はライたちが過ごした家の周りの雑草をきれいに食べてくれていた。畑には野菜が順調に育っている。正気を取り戻した村人が戻ってくるのも時間の問題だろう。使った部屋をきれいに片づけもう出かけるばかりになった時グレイが戻ってきた。
「ライ、森に逃げ込んだ妖精や精霊がグランド国側に逃げてきてる。このままじゃザッツ国は精霊や妖精が住まなくなって土地が荒廃する。どうする?」
「元の土地に戻ってもらわないと困るわ。女神が癒した大地に戻ってもらいたい」
「とりあえず森に隠れている奴らを森から出すか」
「良い案がある?」
「ある。荒野の復興計画その2、今回もお菓子で釣ろう」
「ああ、それいいかも。モスとスラを呼ばないと」
「大丈夫だ。古竜と一緒に来てる。ジルもいるぞ。あいつ家に残されたのが不満で、自力でこっちに来ようとしたらしい。リリーに見つかってしこたま怒られたと泣いていた」
「ジルは付いてきたがっていたから可哀そうなことしたわ。でも今回もつれてはいけないわ。人目が多すぎて可愛いジルを盗まれるかもしれないもの。仕方ないね。早く森に会いに行こう」
「なんか違うような気がするが、ライの基準ずれてると思うよ」
「グレイに言われたくない。さあさあ行きましょう」
ライの浮かれた様子にエックとストーンは訝るも、魔馬に案内され廃村から一番近い森に入っていった。森の獣道を上手に馬車をカタカタ揺らしながら、魔馬は奥へ奥へと入り込んでいった。光が差し込む林から鬱蒼とした木々の中を進んでいくと、ぽっかりと陽だまりの広場に出た。以前迷いの森に初めて薬草採りに行った時のようだ。
「ガサガサ」「うおーん」と下草を搔い潜ってジルが突進してきた。馬車から降りたライに白いふわふわのジルが飛び込んできた。ストーンが動きそうになったところをエックが止めた。白いオオカミはぶんぶん尻尾を振りきれるほど振っている。大きな舌でライの顔をペロペロと嘗め回す。ジルのふさふさの白い毛におおわれライの姿が見えない。
「あれはライの仲間だ。手を出すなよ」
「エックさんは良く知っていますね」
「知らんがグレイ然りで、何が現れても驚くな。丸ごと受け入れろ」
ジルはライに撫でられ、モフられ満足したのかその位置を古竜に譲った。白いオオカミより大きな竜がライの肩に首をのせる。ストーンの体が動いたが、圧倒的な強さを誇る古竜を前にしたら、ストーンの体はそれ以上動かせなかった。
ライは古竜の体を優しく擦り森守りの仕事をねぎらった。古竜の翼の中から黄色い帽子が見えている。モスの手には花の苗が握られている。準備万端の様子だった。モスとスラを優しくなでたライはこのまま家に帰ってもいいかもと思ってしまった。
「グレイ、どうやって隠れている精霊や妖精を呼び寄せるの?」
「ライ、この切株の上で踊れ」
「何?」
「なんか切株の上で踊ると隠れた神が出てくる・・」
「何よそれは?第一私ダンスが出来ないけど。ここで踊れるのは、エックさんとストーンさん?」
「ちょっと待ってくれ、切株の上で社交ダンスはできない。それも男同士なんて」
「剣舞なら少しできますが」
「男が踊ってもな。精霊も妖精も出てこないだろう」
ライたちが珍問答しているうちにモスとスラが各所の大きな切株の上に、リリーに持たされたテーブルクロスを広げる。そこに料理やお菓子、カットフルーツなどを置いて行く。果実水が小さなカップに入って沢山並んでいる。グレイとライも自分の持っているお菓子を置いて行く。リリーは前もって精霊妖精の帰国計画を練っていたようだ。ジルや古竜の背に乗せてグランド国に逃げてきた精霊や妖精をつれてきていた。
「くうおーん、くうおーん」とジルの遠吠えを合図に、モスの仲間たちがお菓子を食べながら踊りだす。スラがその横で、ぽよよーんと跳ねる。古竜は小さくなって広場を飛び回る。それを追いかけるようにジルも小さくなって古竜を追いかける。ライは手拍子でリズムを取る。エックとストーンは小枝で切株を叩いてモス達のダンスを盛り上げる。ライがシャボン玉を飛ばせばグレイが光の粒と一緒に空に巻き上げる。シャボン玉はきらきらと虹色に輝き緑の森から青い空に幻想的な風景を生んだ。
陽だまりの下草や小花が揺れる。わずかだった小花が赤に黄色に桃色に白、華のじゅうたんのように陽だまりを埋めていく。
「ストーンさん、あの木の枝の上に妖精がいる」
「えっ、どこどこ?」
「エックさん、花に隠れて精霊が近づいている」
「俺には見えない。あのキラキラしたのか?」
少しずつ森に隠れて精霊や妖精が集まる。エックとストーンは精霊も妖精も見えない。ただ何となく輝いたものが動いてるような気がするだけだった。
「ライちゃん、凄い数の精霊?妖精が集まっているのか?」
「凄い数集まってる。わたしたちを遠巻きにしているわ。うちの精霊がもとの土地に帰って欲しいと説得しているの。女神の癒しの力が残ってるうちに土地に戻れば美味しいおやつを配ると言ってるの」
「おやつで釣れるのか?」
「迷いの森の奥の奥の荒れ地はお菓子で働いてくれたけどな。あっ、温泉もついてたな」
「温泉ってなんだ?」
「エックさん煩い。精霊たちは土地に根付いていたし、親しくしていた人や仲間がいるんだろうから、戻るきっかけさえあれば戻りたいんだと思う。女神の癒しとおやつで元の土地に戻ってくれるといいんだけど」
「この光が精霊?」
「ストーンさん見えますか?彼らがいないと土地が荒れたままになります。精霊の住みやすい土地は豊かな実りを生みます。今回のことで土地は荒れました。女神の癒しだけでは、元の土地にはなりませんから精霊や妖精に戻って欲しいんです」
モス達の説得に時間がかかった。その間にお菓子や果実水はどんどん消えて行った。青空が夕焼けに染まり暗くなってきた。不思議なものを見るようにストーンはライと暗くなった空間に輝く光の粒を見つめていた。
夜空に星が瞬き始めた頃、ライたちの周りにいた精霊や妖精たちが、森から空に向かいその後ほうき星のようにそれぞれの土地に向かって飛びだしていった。人にそれを見ることが出来たらどれほど神々しい輝きのうねりに驚いたことだろう。膝をついて神に祈りを捧げたかもしれない。ライとエックとストーンは長い間夜空を仰ぎ見た。
誤字脱字報告ありがとうございます。




