120 軍神 1
戦い場面ですが表現力がなく申し訳ありません
ライは馬車で村や街に薬配りを続けた。少しずつ大地が本来の姿に戻っているのを実感しながら森に沿って進んでいった。森は静かにすぐ横にあるのに動物の声も鳥のさえずりもない。町や村が戻っても森の変化をどうしたらいいかライは考えあぐねていた。
馬車がガタンと音を立てて急停止する。
「ライ、外に出るな。盗賊だ」
しばらく平穏な旅だったのでライは思わず馬車の中から顔を出した。村人崩れの盗賊には何回か出会っていたが、今回は戦い方に統率が取れている盗賊と出会ってしまった。指示を出している男は、見たことのない大男だった。ライの体に緊張が走った。
「我は神に選ばれし軍神なり。我の配下に入るなら快く迎えよう。そうでなければすべて死を手向けよう」
響き渡る大男の声がライたちを迎えた。大男の周りには五、六十人ほどの鎧を身に着けた男たちとその後ろには鎧をつけていない暴徒たちがその倍以上いた。避けられない戦いとはこれなのかもしれない。戦いの神の神玉を創造神が抜き取ってあるはずだが、どう猛さは何も衰えていない。
大男は禁止薬のせいだけではなく、もともとの性格が暴力的なんだろう。似た者同士なのか、長いものに巻かれたか多くの男たちが徒党を組んでいる。エックが魔力を練り始め、続きライも魔力を練る。ライたちの魔力を感じたのか、軍神の体から闘気があふれ出すと筋肉が盛り上がり、一回りも二回りも大きくなった。周りの男たちは大男の闘気を感じて戦闘態勢に入った。
「すべて殺せ。我らに仇する奴に手加減はいらない。我ら軍神の使徒なり」
「「「「ごおおー」」」
軍神のすぐ横に控えし男が戦いの雄叫びを上げて、一斉に馬車を取り囲もうと動く。その寸前にエックが最上級の雷魔法を投げつけ、空から多数の稲光が落ちた。数十人が跳ね飛ばされ火傷を負って死んでいった。突然の稲光に魔法を知らぬ生き残った盗賊たちは、驚くもすぐに体制を整え、まだ息のあるものさえ踏みつけてエックに向かっていった。盗賊の目が血走り猛獣の如く怒りをあらわにした。
「魔法攻撃になれていない。これなら俺が前に出る。ライ、馬車から出るな。ストーン、ライを護れ」
立ち向かう敵にエックは火を放ち、雷を起こし、風の刃で切り裂いていく。ストーンは馬車の前に立ち、確実に迫る敵をグレイが手渡した剣で切り裂いて行った。ライは馬車の中で、これほどの血の匂いを感じたことはなかった。震える自分の体を抱きしめ、戦いの音を聞いているしかできない。
「小賢しい真似をしおって、お前たちは当てにならぬ」
「今少しお待ちください。必ずやあの者たちを仕留めます」
「うるさい。最初からお前たちなど当てにはしていない」
「革命のために・・・」
「誰が革命といった。我の邪魔をするものはお前でも死んでもらうよ」
「・・・革命のためではないのか」
「俺の力があればこの国だけでなく、地上のすべてを荒野にしてくれる」
「国を荒野にしたら村が無くなる・・・」
「そんな些細なことを考えるな。軍神様は我らの神だ」
「「「神だ」」」
軍神という男が大鉈を振り下ろすだけで大地が割れ、側にいた者は味方であれ吹き飛ばされた。軍神の手下であったはずの盗賊たちが血を流し呻き声を上げていた。エックとストーンも吹き飛ばされた。身体強化を掛けたライは馬車のドアを開け手に回復ポーションをもって走り出した。ストーンには回復魔法とポーションを、エックには回復と魔力ポーションを口に押し込んだ。怒られる前に馬車に戻った。
高笑いの軍神はもう人ではなかった。目は赤くなりぎらついている。身体の筋肉は異常に盛り上がり巨大な魔物を相手しているようだった。とても人の力で倒せる存在でなかった。
見習い神は何を考えてこんな魔物を作った。巨大な魔物になった軍神は、味方さえ気にも留めていない。もう見習い神の手から離れた巨大な殺戮の魔物になってしまった。軍神を倒さなければ、いずれ街も村も、国さえも失うことになる。殺戮だけが目的の軍神に言葉など通じない。
ライは、人を殺したいと思ったことはない。そんな恨みを持つほどの人との係わりが無かったからかもしれない。しかし今回は、恨みはないが、軍神という男を殺すことにライはためらいはもってはならない。
軍神が高笑いをしながら逃げまどう盗賊を弄んでいる。人を殺すことを楽しむ姿は悪魔のようだ。馬車の陰に隠れたライは、軍神の弱点はないかと軍神を鑑定した。軍神のお腹に小さな光が見えた。軍神の神玉は創造神が抜いたはずだ。
「軍神の中にある赤黒い光は何?小さな神玉は何?」
『大男は戦いの神の神玉の代わりに繋がりの強い見習い神の穢れた神玉を奪った。だから見習い神は神の力を失い特使の体から抜け出せなくなった』
「見習い神の神玉はあんなに赤黒い?」
『人に非ざる体型に強すぎる力、邪神化しているのではないか?』
「見習い神は邪神になりたかったの?」
「ガキン」「ドスン」
ライの思考を断つ激しく響き渡る音がした。大鉈が何かにぶつかる音。何かが地面に落ちた音。馬車の近くの地面に倒れながらも立ち上がる男がいた。
「ライさん、ここは俺が止めます。ともかくここから離れてください」
ストーンは、馬車から身体強化を使い素早く離れる。ライたちと反対に山に向かい走る。五月蠅い虫を払うように軍神は大鉈を振るもひらりとストーンは避ける。その繰り返しに軍神は苛立つ。ストーンを追って軍神は大岩も木も大鉈で薙ぎ倒してストーンを追いかける。
「エック、ライを連れて転移を」
「いや!怪我を治せるのは私だけ。二人が倒れたら私が助ける」
ライは、ストーンやグレイの願いを聞き入れることはできなかった。ストーンは自死を覚悟している。ストーンは森を背に軍神と相対してた。ストーンの体の中で多量の魔力が渦巻き少しずつ膨れ上がっていく。『魔力暴走』を引き起こし軍神共々爆死するつもりだ。
「だ、だめ!」
ライの声がストーンには届かない。
「ストーン、止まれ。お前は騎士だ。俺が戦う。雑魚たちは皆倒した。魔力も回復した。俺に任せろ。魔力暴走させるな!」
エックがストーンの側に行き軍神の視線を集める。ストーン一人を死なせたらエックはライに顔が立たない。大人のエックが死んでも軍神を止める決意でいた。
「ストーンこれを神から預かった。エックが戦っている隙にあいつの腹の小さき光る玉を貫け。いま練り上げた魔力を込めるんだ。お前にしかできない」
「グレイ!」
「遅くなった。鍛冶の神が納得できる剣が出来なくて時間がかかった。エック、森に入れ。森は古竜が守っている。どんなに暴れても火を放っても大丈夫だ」
グレイの言葉で、エックは大鉈を持つ軍神の右腕へ渾身の魔力刃を撃ちこんだ。目に見えない魔力刃が軍神の右腕に襲い掛かる。左手で払えば左手から血がしたたり落ちる。何度か繰り返すうちにどさりと大鉈が右腕と共に落ちた。血しぶきが森を赤く染める。それでも軍神は笑っている。軍神は落ちた自分の右腕から大鉈を奪い取ると左手でエックに襲い掛かる。エックは最上級の火魔法で、軍神の顔を焼く。顔を守ろうと左腕が上に上がった。腹部の赤い神玉が見えた。
「グワーッ!」
ストーンはグレイから渡された、剣というより突きに特化した槍の様な剣に体に渦巻いた魔力を這わせ、赤黒い神玉に力の限り向けて一撃を与えた。ストーンの魔力暴走のすべての魔力を受けた剣は、軍神の赤黒い小さな神玉を粉々にしながら腹に大きな穴を開けた。
顔に向かった最大火球を避けられず大火傷をしながら軍神は、自分の腹を見た。ニヤリと笑って、エックからストーンに狙いをかえた。一歩も動けないストーンはそれを迎え撃つ力はない。しかし軍神は一歩踏み出したまま前のめりに倒れ込んだ。先ほどまでの戦いが嘘のように静寂が広がった。
巨大な魔獣の様な軍神の体は、見る間に小さくなり普通の大男になっていた。ただ軍神と同じ腹に穴が開いていた。軍神の体の下にストーンが倒れていた。浅く肩が動く。ライはストーンに駆けよった。
「魔力枯渇だ」
力なくライの側に来たエックがドスンと尻をついた。
「エックおじさんも魔力枯渇だね。凄かった。凄い魔法だった。おじさんなかなかやるね」
「ライにほめられて嬉しいね。頑張った甲斐があったな」
「はい、魔力ポーション3本」
やせ我慢のエックにライは魔力ポーションを手渡した。ライはエックもストーンもグレイもみんながいることにやっと息がつけた。
誤字脱字報告ありがとうございます。




