114 見習い神のご乱心
忙しく働いている見習い神は戦いの神のだらけた寝姿に呆れてしまった。いかに女神が神としても素晴しいか思い知った。戦いの神は本来の神の仕事さえもせず、毎日酒に明け暮れている。こんなことだから人からの祈りや感謝の思いが減り戦いの神の神格が落ちている。本人はそれさえ気づいていない。
そんな戦いの神が見習い神の自分より神格が上とはとても思えなかった。酒で酔いつぶれた寝姿を眺めていると、はだけた腹に神玉が見えた。本来は外から見えないはずなのに、神格が落ちたせいで神玉が小さくなって、転げ落ちそうに腹の上の方に浮いて来ている。寝ていた戦いの神は急に目を覚まし、また酒を要求してきた。
「おい、見習い、酒が無くなった。地上では新酒が出来上がるころだ。寄進されてるだろうから取りに行ってこい。ついでに酒の肴も用意しておけ」
「神は地上に降りてはいけないのではないですか?」
「むははは、お前は神でないからいいんだよ。見習い早く行け」
「でもどうしたら酒を貰えるのですか」
「そんなの簡単だ。教会の誰かに憑依してかすめてくればいい。これは魔法袋だ。お前みたいなちびでも沢山の酒を運べるからこれに入れてこい」
「便利なものがあるんですね」
「これは前に酒を取りに行ったとき、人が使ってるのを見て、酒を運ぶのが便利だと貰ってやったんだ」
見習い神でさえ神が人から酒や物を盗むなど許容範囲を超えていた。見習い神はいい加減、戦いの神の仕事が嫌になった。何もせず寝てばかりいる戦いの神の目を盗むなど簡単なことだった。仕事をするふりをして多くの知識を取り込もうと過去の記録を読んで過ごすことにした。
酒さえ飲ませておけば何も文句を言わないなら、戦いの神の望むようにずっと酒漬けにすればいい。見習い神は何度も地上に降りては人に憑依して酒をかすめ取ってきた。見習いの神玉が戦いの神と同じように輝きを失いつつあることに見習い神自身も気が付かなかった。
過去の記録の中で見習い神の一番のお気に入りは、地上で群雄割拠の戦いの記録だった。その中でも最近の記録はとても面白かった。あちこちに散らばった報告書をまとめると新たな事実を知ることができた。
地上に軍神が現れるとあちこちで起きていた小競り合いが軍神を頂点にして大きなうねりとなる。軍神は地上の小競り合いを収めつつ力をさらに増していった。遂に軍神が率いる革命軍が、圧政を敷いていた国々との戦いを勝利に導いた。
軍神は多くの民に慕われ神と同じように奉られる。それには民の心を操る薬が多く使われたが、公の記録には書かれていなかった。心を操る魔法薬は当時から闇の世界で使われていたと、見習い神が集めた報告書に書かれていた。戦いであまりに多くの人の命が失われた。神は人を堕落させる薬の製法を禁術とした。さらに地上からすべての『禁術薬』と製法を消し去ったと報告書に追記されていた。
こんな戦いの神のもとで100年修行しても便利に使われるだけで神格は上がらない。そこで見習い神は軍神にはなれないが、軍神を育てれば軍神より高い存在になれると考えた。軍神が得た称賛以上のものを自分が得れば神格は自ずと上がる。見習い神はなんと素晴らしい計画だと自画自賛した。
地上で過去の軍神ほど力のある者はそう簡単に生まれないが、生まれないなら見習い神が作ればいい。見習い神はさらに書物を読みこんでいった。ここに元が真面目な性格が悪く働いた。必要なものをかき集めるためにさらに古い禁書庫にまで手を付けた。
【昔々のその昔、最高神がそれぞれの神々を産み落とした時に、自分の体から神玉を分け与えた】
それなら戦いの神の神玉の一部を人の体に取り込んだら、軍神を作ることができるのではないか。神玉の一部といっても見習い神は神玉を分ける力はない。それなら戦いの神の神玉を一時借りることにした。人の軍神は最後に見習い神が神玉を抜いて力を弱めて自分の配下にする予定だ。見習い神が最後に国の平穏をもたらすのに収まりがいい。強すぎる力はいつか反逆を企てると書物に書いてあった。
戦いの神を操るため、古き軍神が作ったザッツ国で高名な薬師に見習い神は憑依した。彼の能力で禁術薬を作り、酒に混ぜて戦いの神に飲ませた。戦いの神は何十倍の濃い禁術薬で前後不覚になり、そのまま倒れ込んだ。慌てた見習い神が側に寄ったら、戦いの神の神玉がコロコロと転がり落ちてきた。
神玉を拾った瞬間に、見習い神は自分が本当の神になった気がした。しかし、小さいながらも見習いは神玉を持っている。神は神玉を二つ持つことはできず、自分の神玉と戦いの神の神玉を交換することもできない。見習い神はとても残念に思えた。しばらく戦いの神の神玉を眺めていると、神玉の中に黒く蠢くものが見えた。そこに赤い目があるような気がしたが、すぐに黒く蠢くものは消えた。
見習い神は自分に使うことを諦め、当初の予定通り地上に軍神を作ることにした。強そうな男を選び、無理やり神玉を押し込んだ。『メリメリ』と音を立てて、人の中に神玉はめり込んでいった。その男は戦いで負け知らずとなり、傍若無人な行為を繰り返すようになった。
慌てた見習い神は、軍神を操るための禁術薬を多量に作るために、森で毒草を刈りまくった。お陰で禁術薬を多量に作ることができた。禁術薬を作るのは人の力だから、何人もの薬師が倒れて使いものにならなくなった。そのため見習い神は数十人の薬師に憑依を繰り返すことになった。憑依はとても疲れるが、軍神を操るより地上の人を直接操れば、皆が見習い神を賞賛してくれる。軍神など用意する必要もなかった。
見習い神はさらに禁術薬を多量に作り川や井戸に流しいれた。ザッツ国の王宮でさえ今は自分が最高権力者になっている。暴れまわる軍神をどうにか支配下に置いた頃、ザッツ国に高熱病が発生した。このまま放置すれば賞賛を送る人がいなくなる。これに見習い神は慌てた。
各国に放った密偵から、森を挟んだグランド国の西の領地でも、高熱病が発症したと知った。西の民に禁術薬を飲ませ情報を集めたら、グランド国の東の領地のものが画期的な治療法を発見したと伝えてきた。
神とあがめる民を救わないと神にはなれない。ザッツ国の特使に憑依して国の代表として、グランド国から治療支援をもぎ取る。これが上手くいけば救国の神(特使)になれる。それにはグランド国の要人を味方につけなければならない。
ザッツ国のスネモチ商会が、賭け事で金儲けをしているのは知っていた。スネモチ商会長に憑依して、無理やりグランド国王都に賭博場を作り、支配の手を広げた。事は順調に進んだが、自分が憑依してないときにスネモチはさらに悪事を進めていた。女子供の誘拐、人身売買。見習い神の手の範囲を出た悪事だったが、グランド国内なら問題ないと見習い神はそのまま放置した。
見習い神は特使の家で絵本を見つけた。そこには少年と妖精猫が楽しく旅をする絵が乗っていた。見習い神は自分が苦労してるのは、全部捨て子のライと猫のせいだと思い出した。あの一人と一匹を捕まえて、女神にお願いしてもらえば女神のもとに戻れる。女神の元に戻ればちゃんとした修行が出来る。神になる方法は沢山あったほうが良い。
グランド国で暗躍しているスネモチの部下に、ライという名の薬師をしている小娘といつも一緒にいる猫の情報を集めさせた。ちょうど高熱病の治療に携わっていることから、ついでにザッツ国に連れていくことにした。ザッツ国の特使に憑依した見習い神は、人の熱病を治療することに専念した。神に祈りを捧げる人がいなくなることは避けなければならない。
スネモチは攫えば楽だと誘拐計画を立てたが、上手くいかず組織ごと捕まってしまった。見習い神は役に立たない組織は切り捨てた。グランド国の歓迎晩餐会で、小娘に似た貴族の娘に会ったが全然違っていた。グランド国の協力者の力を借りて、高熱病の治療支援の派遣をもぎ取れると見習い神は確信していた。まさかそこから見習い神が関わっていると知られるとは思っていなかった。
見習い神が憑依した特使は、晩餐会が終わると客間に案内された。見習い神はグランド国を見て回ろうと憑依を解こうとするが解けず、特使の体から自分が抜け出せないことに気が付いた。もう何十回と憑依していたのに、見習い神は慌てた。このままでは神界にも戻れない。見習い神はさらに自身の腹の神玉が、輝きを失い黒ずんでいることに気が付いた。彼の頭に『邪神』の二文字が浮かんだ。
見習い神は神にはなりたいが邪神にはなりたくない。今一度憑依が解ければそのまま神界に戻ってしまおう。地上のことなど人がどうにかすればいい。俺の責任ではない。見習い神は何度も特使から憑依を解こうと頑張ったが、憑依が解けなかった。
「うっ、ぐぐぐ、腹が痛い」
見習い神の神玉が、まるで意志があるようにごそごそと腹の中で勝手に動きまわって、腹から飛び出す隙を狙っている。させまいと見習い神が両手で腹を抑える。だが神玉は腹の中に大蛇がいるように動きまわる。
「あっぅ」
見習い神が憑依した特使は、腹を抑えて意識を失った。その体の中で見習い神は神玉を失ったことを感じた。動かぬ手では神玉を掴むことさえできない。神玉があったからこそ人に憑依して自由に操れた。意識を失った特使の体の中で、今までのように特使を操れるのか分からなくなった。
見習い神の神玉は何処に行ったのか。神玉に意志があるなど書物には載っていなかった。もし【邪神】になっていたら意志を持つのか?どうしたら神界に戻れるか思案したとき思い出した。軍神に授けた戦いの神の神玉を取り上げればいい。それが分かればすぐにザッツ国に戻りたい。だが見習い神が特使の体の中でいくら暴れても、特使が意識を戻すことはなかった。
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