110 王都再び 6
ライは二人の青年がカフェで注文した料理をすべて平らげ宿に戻った。ライのお腹は本当の意味で太っ腹状態なので、今青年たちに襲われたらとてもライは戦えない。だいぶ食べ過ぎたようだ。
「よく食べたな。あいつらの方が呆れてたぞ」
「横を見たら昨日のおじさんがいたから、ちょっと安心したんだ。せっかくだから食べてやろうと思って、いっぱい注文して、もったいないから全部食べたらこの状態です」
「最初の目的を忘れているよな。ライには囮にはなって欲しくないからいいんだけど。見ているだけの俺は腹が空いた。肉パンよこせ。どうせあいつのために沢山作ったのは知っている」
「べつに、ストーンさんにあげるために作ったわけじゃない。オズだってミケだって好きだから作ったの。嫌味ばかり言うとあげないよ」
ライはグレイと言い合いしながらも、グレイの前に肉パンと果物パンとプリンを差し出した。満足そうにパンを頬張るグレイにライは、明日の予定を話した。きっと紅茶には禁制の薬か眠り薬が入っている。
魔導師のおじさんがカフェに来たら、グレイが聞いた話をライが聞いたこととして話す。人攫いの話を聞かれたことから誘拐しようとしてると話をつなげる。西の公爵領で使われた薬のことも、話に入れておいた方がいいと思った。
グレイは果実水を飲みながらうなずいている。ライは妖精猫グレイの存在は出したくない。ミケにも注意するよう言わないといけない。ダイアナの絵本の人気の影響がこんなとこに出るとは思わなかった。ミリエッタのぬいぐるみも沢山作ってもらわないと争奪戦になる。
「グレイ、王都の猫に注意喚起しないといけない。毒入りの餌を撒かれて捕まったら大変だよ。特に三毛猫と毛並みが良い猫は。それから人を選んで爪を立てないと、危険動物とされて猫狩りに合うかもしれないことと、爪を立てる前にともかく逃げろということも、伝えた方が良いとおもうよ」
グレイは慌てて王都猫会議に出かけた。そのままライはお腹いっぱいで朝までぐっすり寝てしまった。夜遅くまで猫会議に出ていたためか、疲れ切ったグレイは朝になってもライの横でぐでぐでしている。それに比べ、ぐっすり寝て起きたライは溌剌としていた。王宮に出向いたミリエッタからはまだ連絡がない。公爵と二人に社交で忙しいのだろう。
グレイが王宮散策したときの話では、オズは同じくらいの年齢の子息やお嬢様と、お茶会に何度か参加したようだ。だがオズは随分学習が進んでいるから、同年代の子供子供した会話では物足りないらしく、楽しそうでなかった。まだお披露目前なのに、社交に参加しないといけないのは大変だ。
東の公爵は二人の妻との離婚に新しく婚約、高熱病の論文等で話題の中心になっている。聞いてる分にはいいけど渦中には入りたくない。ライは疲れているグレイをおきざりにして身支度を整え、ミリエッタから貰った腕輪を確認してから、昨日のカフェに小走りに向かった。グレイと少し離れても防御の腕輪があれば逃げるぐらいの時間は持てる。カフェの椅子には魔導師のおじさんがすでに待っていた。
「魔導師のおじさん、紅茶はどうでしたか?禁制の薬か眠り薬でしたか」
「おお、どうしてわかった?」
「西の公爵の所で一度匂いを嗅いだことがあります。わたしこれでも、西の高熱病の治療に参加した薬師ですから、薬の匂いには敏感です」
「君まだ若いよね」
「女性に年齢を聞いてはダメですよ。王都では教わらないのですか?おじさん独身でしょ。そんな感じがした」
「御見それしました。これでも2回結婚してるが、いまは独身だ」
「うちの東の公爵様と同じということは、グレイ曰く、女を見る目がないということですか?」
「確かに見る目がないな。最初の妻が最高の妻だった」
「ふーん、それで?」
「何を言わせる。それより昨日の話だ」
ライはグレイが聞いた昨日の二人の青年の話を、自分が聞いたように話をした。思案顔のおじさんを見ながら、ライはおじさんのおごりでケーキを食べている。
「すると君は、囮になろうとしたのか?」
「まあ、そうなりますね。なぜ狙われるか知りたいじゃないですか」
「君は盗み聞きのせいだと今言ったけど?」
「ああ、そうでした。悔しいから山ほどお金を使ってもらいました。だって、おじさんがいるの分かっていたから、安心していいでしょ?」
「おじさんはやめてくれ、エックでいい。こっちは君が狙われた理由が知りたかった。それと捕まえたやつらから情報が掴めなくて困っていたんだ。薬と金で雇われたらしいがはっきりしない」
「禁制の薬を買うにはお金がかかるでしょ。そんなお金どうやって稼ぐのかしら?それに昨日の人達は貴族ですよね」
「平和ボケの貴族の次男、三男だな。跡取りでないからこのままいけば平民落ちだ。それに長らく戦争がないから、命の価値を忘れている。決して戦争があった方が良いとは言っていないぞ。だが本来の貴族としての誇りさえ失っているのが嘆かわしい。まあ俺も偉そうなことは言えない。過ちに気が付いて戻れるうちはいいが、国が無くなったらそれどころではないな」
「やはり他国からの干渉があるのですね」
「聡い子だね。首を突っ込むと命取りになるぞ」
「もう、どっぷり浸かっています。今日の午後、昨日の二人と会います。昨日の薬の解毒薬はあるので、先に飲んでおきますから大丈夫です」
「解毒薬があるのか?」
ライは、西の公爵家で飲まされそうになったとき、薬の匂いに覚えがあった。薬師のお婆が毒草だと言って、引き抜いていた雑草だった。北の寒い地方に良く生える雑草らしい。ただ、痛みの強い病気の苦痛を和らげる効果があるらしく使い様だとお婆は言っていた。
つくづく薬草とは不思議なものだ。同じものが雑草とも薬草とも言われ、薬草と思えば毒草と言われる。毒草であっても薬草として薬になる。どんなものも使う人によって、良くも悪くもなる。
お婆が引き抜いた毒草は、寒い冬に生える珍しい雑草だった。触ったら必ず手を洗えと言われていた。珍しい薬はお婆の遺品の棚にいろいろ入っている。西の公爵領から帰ってきてから調べてみたら、やっぱり薬草棚に入っていた。薬師のお婆がともに旅したお婆の師匠から受け継いだ、ボロボロになりかけた古い薬草本に書かれていた。珍しい毒草は薬として使われるレシピと解毒方法が載っていた。記述の横に、(むやみに使うな。犯罪に使われた)とお婆の字でない記述があった。新しい薬草本にはこの毒草の記述はない。忘れ去られた毒草を誰かが掘り起こしたようだ。
該当の毒の力は弱く、継続して飲ませると頭がぼんやりして、苦痛を感じにくくなる。薬草学がまだ発展しない頃に治療薬として使われていたらしい。長期に服用しても直接死に至らず、病での痛みの苦痛が楽になるので、楽に死を迎えられると昔はよくつかわれたようだ。
しかし、健康な人が服用すれば頭がぼんやりするのに高揚感が生まれる。理性の低下で自制心が無くなり、正常な判断ができず、暴力的な者はさらに暴力的になる。この薬を作るのに毒アス草も使われていた。
薬を飲んだ人は判断力の低下から、他人の言葉をうのみにする。そこに悪意が加味されれば、人を操ることが出来る。繰り返し使われれば、薬がなくては生きられなくなり、ついには人格が崩壊する。
アス草の解毒も雑草の解毒も共に強いものはいらない。解毒薬を錬金薬にすれば、効果があるとライは考えた。この禁制の薬を作った者は効果を優先したために解毒されることを考えていない。人を操るために毒の量を微妙に調節しているせいで、解毒がし易いのかもしれない。
ライは、エックに簡単に毒と解毒について説明をした。エックの話では、精神魔法の中には人を操る魔法があるが、非常に難しく使える魔導師は今は存在するか分からないらしい。だが薬草で作れるならどこでも使用できる。捕まえた奴らが罪悪感を持たない理由が分かったと言っていた。
「その解毒薬を奴らに飲ませたらどうなる?」
「どうなるでしょう?過去の記憶を思い出すか、精神に支障きたすか分かりません。今初めて解毒薬を試すのですから」
「えっ、君は自分が被験者になるのか?」
「そうですね。人を操るためには、毒の量は決して多くないはずです。毒が効きすぎたら命令なんて理解できません。ですから大丈夫だと思います。解毒薬も強いものではないので心配いりません」
「薬師は、そんなに危ない仕事なのか?」
「いえ、今回だけです。エックさんが近くにいてくれるでしょ。だめだと思ったら声を上げる・・・無理か。紅茶のカップを倒します。これならわかりますよね」
「君は、恐ろしい子だね。止めても無駄なんだね」
「ええ、とても大切な人を守るためだから、止めても無駄ですよ。だから協力してください」
ライは薬を悪用する人を許せない。ましてグレイを捕まえて売り飛ばすなど絶対に許さない。国がどうとかなんて関係ない。グレイが妖精猫と分かればミケだって危ない。妖精村が人に襲われるかもしれない。マソのないところで囲われれば、ミケのように衰弱していずれは死んでしまう。ライは絶対に妖精猫を守ると誓った。
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