108 王都再び 4
「どうしてもあの小娘をご所望だとよ」
「どこが良いんだ?」
「それが分かれば俺達も、もっと違う生き方できたんじゃないか」
「金持ちそうでないし、美人でもないぞ」
「だから!俺にもわからん。だが、上から昨日失敗してるから慎重にと指令が来ている」
「あいつら、白昼攫おうとするから5人も捕まったんだ。薬使ってるから記憶は読み取れないらしいけど、頭悪いんじゃないか?薬に頼り過ぎて頭働かないのか?」
「恐ろしい薬があったもんだ。俺たちも使い捨てにされるということだよな」
「何も覚えていなければ、現行の罪だけだからな。そうやって上の組織は長く生きながらえているんじゃないかな」
「お前、どうして知ってるんだ?」
「俺のだちが、その薬を仕入れているんだ。他にも、人の欲望を増幅する薬や、自制心を解放する薬とかやばいらしい」
「金なし伝手なしじゃあ今更抜け出せないよな。西の公爵領の貴族がこの間買い付けに来てたって言ってた。俺達以外の貴族にも広がっているのかな?」
「えっ、貴族にも蔓延してるのか?」
「分からんが俺たちがすっぽり使っているから、他にもいるだろう。上からの指令で他のものと混ぜてだちも買い付けをするが、あとは組織が管理しているらしい」
「そのだちも、俺らと同じようにただの駒だな。この国大丈夫か?」
「この国よりこれを作ってる国の方が危ないんじゃないか」
「えっ、他国かよ」
「国は分からないけど、自国じゃないみたいだ」
「この国は四公がしっかりしてるからか?」
「それでも西が買いに来たんだろう」
「中には、悪い奴もいるさ。俺たちみたいに」
真昼間グランド国の王都の路地裏で、二人の男が話をしている。その横に灰色の猫が丸くなって寝ていた。西の公爵領で使われた薬は、人攫いの組織が取り扱っている禁制の薬だった。人攫いはなぜかライを狙っているらしい。確かに薬師の腕があるが国一番というわけではなく、可愛いが攫って嫁にしたいほど美人でもない。魔力の色は最高だと思うが人の価値観では評価されない。灰色の猫・・・グレイはそろりと起きて伸びをする。そのまま立ち去ろうとしたとき。
「でもよ、どうして猫も一緒だ?」
「ああ、俺も不思議だから聞いたんだ」
「あれは妖精猫だから高く売れるんだって」
「ぶっ、今どき妖精猫を信じてるのか?」
「俺じゃない、依頼者がだ。なんでも貴族の間で猫が流行ってるらしい」
「知ってる。俺の家にもそのての本がある。それを間に受けて妖精猫として高く売るんかね?」
「知らん。でも本当に妖精猫だったら欲しがる奴はいると思うぞ」
「そりゃあ貴族の中にも金があり余っている奴はいるし、いい貢物だな。その辺の猫ではだめか?」
「馬鹿、その辺の野良猫じゃ人に懐かないからすぐばれるだろう。あの小娘の猫はおとなしく肩に乗っていた。人なれしているし、毛並みもきれいだったぞ。三毛猫でないのが残念だ」
「そんなことない。猫の絵本の作者が可愛がってるのが確か灰色の猫だ。子供なら三毛猫でも大人らなら灰色だ。人と違う希少性が大事なんだ」
「そんなもんか?俺には良く分からない。ここにいるあの猫、毛並みが良いぞ」
「シャー!!」
「お前が変なこと言うから爪を立てている。こんな気性の荒い猫なんて誰も欲しがらない。怪我でもしたらどうするんだ。『猫ひっかき病』が流行ってるとよ。触らぬ猫には爪を立てられないだ」
「『猫ひっかき病』ってなんだ?」
「お前はほんとになんも見てないというか聞いていないというか、もう少し世間を知らないと生きていけないぞ。『猫ひっかき病』っていうのは、薄汚れた野良猫の爪には毒が付いていて、引っかかれた爪痕から毒が入って、手や腕がパンパンに赤く張れて、熱を持ち痛くなるんだとよ。子供が猫を追いかけまわるから猫の反撃にあって流行っているらしい」
「お、俺、宿見てくる」
「俺一人にするな。あの猫が凄い目で睨んでる。お前は猫か?魔物のようだな。俺を一人にするな。俺もついて行く」
二人の男は路地裏から走っていった。男たちはけっして、下っ端の与太者ではない。服もこざっぱりとしているし、髪などの手入れもしている。身なりに気を使っている証拠だ。言葉は雑だが馬鹿ではない。
主犯は他国かとグレイは思案する。今の王の下の娘がプリンス国に婚姻で行くことになってるので、この国とプリンス国の間に問題はないはずだ。あるとしたら東の迷いの森を隔てた小国群だが、ロナ聖国が残りの三つをどうにかまとめてるはずだ。
ロナ聖国は軍神ハイラを祀っている。昔この世が群雄割拠の時代、戦いの神として、多くの地で軍神ハイラを崇めていた。しかし長い戦いの間に多くあった国は統合され、四つの小国が生まれた。戦争が少なくなると、軍神ハイラは戦いで死した人の安寧を願う神となって、ロナ聖国を中心として信仰された。今でも騎士になると誓った者は武運長久を願うために、ロナ聖国の聖地に一度は赴く人が多い。
グレイはずいぶん昔を思い返していた。群雄割拠していた小国群がどうにか4つの国に纏まる少し前、腕利きの冒険者と旅をしていた。だがその人は冒険者というより傭兵稼業に精を出していた。要は金を貰って戦争に参加する仕事を生業にしていた。
国が荒れれば、冒険者より利が高い傭兵に流れるは当たり前のことだった。死んでも悼むものなどない一人者の冒険者は金が一番だった。あの頃のグレイは若かったから、そんな生き方も面白いと思っていた。今ほど人や精霊、妖精に思い入れはなかった。
その男は人を殺すのが好きではなかった。ただ金があれば好きな酒が飲め女を抱ける。楽しく暮らすことが一番だった。それがある時から享楽的に人を殺すようになった。気に入らないというただそれだけで、女性だろうが子供だろうが構わなかった。グレイはそんな男とともにいるのが嫌になりその男の元を離れた。ライの様に契約しているわけではないから一緒にいるのも離れるのもグレイの自由だった。
それから数年後にその男は暴徒の群れの長になっていた。その男が率いる暴徒の群れは周辺を巻き込み一つの大国を作る勢いだった。ただ、力だけでは国は作れない。自力でのし上がった男は生き軍神とあがめられたが、彼を信頼する者はいなかったし、彼自身も信頼という文字を知らなかった。
暴力と恐怖で出来上がった組織は、時と共にあちこちから綻びて崩れて行った。そして男が死ぬまで軍神ではいられない事に、男自身も周囲も気が付いた時、すぐそばで軍神を支えてきた者に切り殺された。
あの男が人を殺すことを躊躇わなくなったとき、その心に軍神ではなく、邪心が住み着いたとグレイは思っている。人の心の弱さにささやく声は本当に小さい。誰にも聞こえない声が男を変えた。
グレイはそれからも幾人かの傭兵と旅をしたが、彼ほど激変した人間はいなかった。彼に人の心が残っていたら、国を立ち上げていたかもしれないとグレイは当時を振り返って思う。
彼を打ち倒し今のザッツ国をなしたのが、彼の下で暴徒を取りまとめた男だった。あの男がいなければ今のザッツ国はない。しかし、殺された男が生きていてもザッツ国は出来なかった。周辺諸国も長きの戦いで、戦いの意味すらなくなっていった。グレイが次に小国群を訪れた時、その地は四つの小国になっていた。
グランド国東の、迷いの森を境に隣接しているザッツ国があり、ロナ聖国を中心に残りモナコ国、オーク国の四つの国に纒まって落ち着いたのが300年前。戦いの神の信仰が人々と共に国をまとめている感じだ。もともとどの国も戦い好きが集まった国なので、隣同士のいざこざはよくあるが、飛びぬけて強い国がないので、微妙に安定を保っている。
グランド国は大森林に守られているので、戦いに加わることがなかった。月日が流れて大森林に交易の道ができ、人が出入りするようになって良きものも悪しきものも行きかうようになる。これを人は発展という。
人は他人と自分を比べる。国は他国と自国を比べる。相手が良いものを持っていたら、自分の良いものを見失い、相手のものをほしがる。相手が豊かであればなぜうちばかり貧しいと思う。相手が本当に豊かなのかは分かっていないのに。グレイは逃げ出した男たちを追わずにライの待つ宿に向かった。
「ライ、俺とライを人攫いが狙ってる」
「えっ、本当に?せっかく王都に来たのに、このまま宿に詰めることになる?リリーたちのお土産買えてないのに」
「ふむ、俺も王都見て回りたい」
「ところで、なぜ私?」
「分からん。金持ちでもないし、国一の薬師でもないし、美人・・」
「分かってるわよ。でもなぜだろう?」
「もしかしたら、他国が絡んでいるみたいだ。西で使われた毒薬は、他国から流れた禁止薬物みたいだ」
「あの匂いは独特だけど匂いは弱いから、多くの人は気が付かず飲んでしまうと思う。蔓延したら国が亡びることになるかも」
「人は匂いに鈍いからな」
「高熱病も怖いけど薬はもっと怖い。昨日の魔導師団らしいおじさんに連絡する?」
「おぉ、あいつがいたか。ライが歩けば人攫いが付いてくる。そしたら魔導のおじさんが付いてくるか?」
「でも、猫が聞いた話が通じるかな?」
「・・・・」
「公爵様から話してもらう?」
「それも難しいだろう。こんなあやふやな話を公爵が誰に話せる」
「・・・・・」
魔導のおじさんにどう伝えるかライとグレイは、あれこれ考えた。下っ端の話だけに伝えるのは難しい。薬師の小娘と猫を誘拐しようとしていると伝えるだけでも、頭がいかれてると言われても仕方ない。なんかこんなことが以前にもあったような気がしてきた。
「グレイ、わたしが囮になる」
ああ、あった。だが今回は相手が悪い。俺はライを止めることができるのか?
誤字脱字報告ありがとうございます。




