107 王都再び 3
カルロは入浴上がりで、痛みが軽くなったのか、とても上機嫌になった。笑顔で冗談を言うカルロが本来の姿なんだと思えた。
「お前も使ってみろ。とても気持ちいがいい。髪の艶も出て男ぶりが上がったぞ。王都にはない商品だ、これはすごくいい。ところで、その猫のぬいぐるみは絵本のミミですか?」
取られると思ったのかコンちゃんはぬいぐるみを抱きしめカルロから隠すように背を向ける。
「ええ、知り合いが専属で作っています」
「高価な物ではないですか?」
ライはそっと自分の唇に指をあてた。
「ミミそっくりの猫ちゃんがいた。お姉ちゃんの肩に乗ってお話してたねー」
「コンちゃんがその猫の尻尾を捕まえて離さないから、お姉さんに迷惑かけたんだ」
「コンちゃんが猫ちゃんの尻尾離してくれたお礼の代わりのミミちゃんだね」
「ねー」
コンちゃんとライは顔を見合わせ笑いあった。王都でもダイアナの絵本は売れているようだ。貴族向けの色付きではないがミミや少年だけ色がついた本が平民街で売り出された。子供のための絵本などなかったことから、文字の勉強を兼ねて平民街で売られるようになり、購入する人が増えている。
そのため絵本のミミ以外にも猫は大人気になっている。子供たちが絵本のミミの様に猫と友達になろうと、近所の猫を追いかけている。怪我や事故が起きなければ良いと思うが、こんな心配をすることになるとは思わなかった。家庭でも形は多少違っても作れると思うが市販品は手に入らない。カルロがコンちゃんに優しく話しかけた。
「コンちゃん、ミミちゃんお外に連れて行ってはダメだよ」
「どうして?ミミはお外が好き」
「ミミちゃん王都に初めてきたから迷子になったら、コンちゃんの所に戻れなくなっちゃう。ミミはお布団が大好きだからコンちゃんのお布団にないないしてね」
カルロはぬいぐるみの希少性を理解していた。本来ならライは高価なぬいぐるみを簡単にコンちゃんに手渡さなかった方が良かったかもしれないが、ライにとってはぬいぐるみよりグレイの尻尾の方が大切だから仕方ない。
『大丈夫だ。ここの旦那は地道な商売をしている。ぬいぐるみが高価なことも理解している。それより木札はどうする?』
「お嬢さん、この絵の付いた木札は何ですか?」
カルロは痛みが落ち着いたら商人の目になっていた。遊び方を説明したらぜひうちで売らせてほしいと言い出した。手作りなので売るほどないと伝えれば、木工工房の下請けに回せば、と言い出しそのまま商業ギルドに連れていかれ手持ちの木札遊戯を登録することになった。
商業ギルドで木札遊戯の商品を登録したのち、ライは人と待ち合わせをしていると言い訳してカルロさんたちと別れた。ここで逃げ出さないと工房まで連れていかれそうだ。
『ライ、後ろからつけてくる人がいる』
「スリ?」
『分からない。何人か仲間がいる』
ライはいつでも魔力弾が打てるよう魔力を練ろうとした。そこに見知らぬ男が現れライの隣に寄り添う。
「お嬢さん、王都の街中で、魔力の行使は魔導師団に限られているよ。あ奴らは、俺たちが追ってる人攫いの組織だ。このまま俺と歩いてくれ。悪いようにはしない」
『悪い奴じゃないようだから、そのままついて行っていい』
ライはグレイの言葉に頷き、男の後ろをついて歩くことにした。男はしばらく歩くと急にライの手を掴み小走りに路地に入る。すぐにライを追って人相の悪い男が4人路地に飛び込んできた。ライの手を引いた男はライを自分の背に守りながら、魔法で4人をあっという間に制圧してしまった。
「一人逃げている。追ってくれ」
通信機器を使っているのか、いつの間にか2人の男が現れる。気がつけばすぐ横に馬車が止まり捕まった4人は乗せられた。捕り物があったことなどなかったように静かに馬車はどこかに向かっていった。あっという間の出来事にライは唖然とした。馬車が動いた瞬間に後から現れた二人はどこかに消えてしまった。
「転移?」
「君は転移が出来るのかい?」
「できません。魔力量がありませんから」
男の人がライの顔を見た。
「き、君は、王都生まれかい?」
「いえ、東の公爵領です」
「俺の知っている人によく似ている。ご両親は?」
「わたしは孤児です。親はいません。でも後見人に、東の公爵様がなってくれています」
「凄いな。王都は人が多いし悪い人も多い。王都は東の公爵領ほど安全ではない。気を付けて帰りなさい。ところで誘拐される理由はあるかい?」
「全然ありません。王都だって初めてみたいなものだから、知っている人もいません」
「・・・・」
ライを人攫いから守った男の人は路地から大通りに向かい、宿に向かう道まで案内してくれた。ライはお礼を言って宿屋に向かうも、気になって振り返ると立ち去ろうとする男の人の横顔が少し寂しそうに見えた。
『ライ、あの人ライの魔力に似ていた』
「あの人も落とし子?」
『そんなに落としていたら、神様がいなくなるよ。世の中には似た人が三人いるというからその一人かな?』
「えっ、あのおじさんと私が似てる?グレイ目が悪い」
ライは、ぷりぷりしながら宿に着く。今更、外に食べに出る気分ではない。宿の食事で済ませ早めに寝台に入った。
グレイにとって、顔の良し悪しや顔の作りが似ている、似ていないなどは関係ない。魔力の香りや色で、相手の区別をする。同じ村の妖精猫は魔力の色が似ている。人が区別できる色ではない。グレイは魔力に込められた感情を読みとって、ライに悪意の有無を伝えることが出来る。
妖精や精霊は喜怒哀楽はあるが人のように悪意はない。人の悪意は底がなく、悪意は魔力に陰りを与える。グレイは底の底まで落ちた人に出会ったことがある。
真っ黒になった魔力は最後に本人を食い尽くす。その時には魔力暴走のように、周りの人も物も巻き込まれる。魔力の色は教会でしか分からないが、教会に出向くような人は悪意が少ない。
まして親子鑑定などは無垢の子供が相手、陰りのあるものなど聖職者は見ることはない。結果として人は悪意の脅威を知る機会がない。だが悪意を持たない人などいない。
だから、初めてライにあった時、グレイは魂と魔力の色が不思議な子供だと思った。魔力は暖かく美味しかった。ライは久々に美しい魔力の持ち主だった。村に帰るのを止めるほどグレイは引かれた。
ライは、愛し子ではない。それでもこの国を護る一柱になってる気がする。色々やらかす女神でさえ、ライに惜しみない祝福を与えた。それを守るのがグレイに課せられた運命のようにグレイは感じていた。
今日ライが人攫いに狙われたのは偶然なのか、それともライを狙ってのことか分からない。捕まった奴等は目が淀んでいた。薬でも使っているようだった。そういえば西で騒動を起こした貴族のぼんくら息子たちも覇気のない目をしていた。ライたちを襲った二人はあ奴らと同じように目が淀んでいた。
良くない薬が広がっているのかもしれない。ライは匂いで薬入りの果実水を見分けた。普通の人では分からない。確か自制心を薄れさせ享楽的になるとか言ってた。そんな薬を使って、人を動かせば悪い事など簡単にできる。さらに常習性があれば薬欲しさに何をするか分からない。そして主犯にたどり着けない。
今日ライを助けた魔導師の人も不思議だった。ライを見て驚いていた。ただ単に知り合いに似ているといった軽いものではなかった。あいつはライと一緒で髪も瞳も黒かった。髪が黒いほど魔力量が多い。瞳まで黒いのはめったにいない。魔力が似ているということは、ライの父親になるべき男だったか。
(夫人の別れた元の旦那か?) グレイは夫人の元旦那を女に騙される頭の緩い男と思っていたが、今日の様子ではしっかり仕事に励んでいるようだ。向こうは何かを感じたようだが自分の娘になるはずの子供だとは思わないだろう。夫人でさえあの見習いが、馬鹿なお告げなどしなければ知らずに済んだのに。
しかし、夫人はライの存在を知ってよかったのかもしれない。娘として抱きしめたり共に暮らせはしない辛さはあるだろう。しかし、夫人は貴族としてちゃんとした教育を受けていた。自制心があったからこそライとのより良い関係を結べた。
ライ自身も孤独にさいなまれていれば、夫人に縋っていただろう。急ごしらえの親子関係など上手くいくことはない。これは奇跡に近い。
夫人はライを受け入れることでやっと前を向いて歩きだした。ライを守りながらも自分の幸せも掴もうとしてる。横を見ればライは寝台で気持ちよく休んでいる。人攫いに合ったのになんと逞しい。明日もまた一波乱ありそうだ。今はゆっくりお休みと思いながら、グレイはライの枕元に丸くなって寝ることにした。
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