105 王都再び 1
女神が授けたというべきか高熱病の副産物というべきか、ストーンの魔法発現はとても珍しいらしいことが分かった。ライとグレイは、まさか女神のせいとも言えず困っていた。ストーンはとても魔力量が多いので、早めにコントロールを覚えなければならない。
「公爵、元気か?」
「おお、元気だ。何か頼み事か?」
ライの代わりにグレイが公爵に事情を話した。驚いた公爵はすぐに魔法の指導に入る手続きをしてくれることになった。
「俺も高熱病になったら、魔法が使えるようになるか?」
「お前は馬鹿か。高熱病で死ぬか生きるかを乗り越えた結果だ。それに魔力量がバカ高いせいで魔力が漏れ出したのが原因だ。死ぬぞ。奇跡的な女神の御業と思え」
「身体強化しか使えないと、つい魔法が使えたらとそう思うんだ」
「魔力があっても何も使えない貴族だっているだろう。ない物強請りだな。今あるものを最大限生かすことに力を注げ。あと、オズは魔力量が多すぎる。身体が魔力量に負けないように体をしっかり作れ。オズが座学に夢中だからと言って、喜んでる場合じゃないぞ」
「ミリにも言われた。そんなものか?俺は座学が好きでなかったからな」
「ミリか?上手くいっているようだな」
「ミリが結婚してくれる理由が子供たちとライのことだから上手くいっているというのかな?」
何とも弱腰の男だ。
「お前が子供たちのためにとか言ったんじゃないか?」
「ああ、言った」
「お前な、公爵夫人になりたいから結婚したいと、貴方と共に一緒に生きたいから結婚したいでは、お前はどう思う?」
「ああ、そういうことか」
「よく考えて行動を起こせと言っただろう。俺が西に行って忙しくしていた中、上手くいったと思ったら、残念な男だな」
「申し込みをもう一度やり直さないといけないか?」
「まあ、やり直しておけ。夫人の方がお前より先々を考えてる」
グレイからの報告にライは、ストーンの魔力暴走に驚いてしまった。ここまで延ばして何もなかったことに女神に感謝しなければならない。
祝福と言っても子供の頃と違う、修行には時間がかかるだろう。身体強化に慣れた体を持て余しそうだ。だが両方を上手く使えば魔法剣士?になれるかもしれない。強くなることをいつも願ってるストーンには修行など苦痛でないかもしれない。
ストーンの魔法修業は特殊例として、王都の魔導師団が請け負うことになった。魔法が使えるか使えないかよりまずは魔力暴走の予防が大事だと言われたらしい。公爵の婚約の申請と合わせて、ストーンも王都に出向くことになった。
オズは次期公爵の届けのために、ミリエッタは婚約者として、ストーンは魔導師団に入るために王都に向かう。ライも一緒にと誘われた。往復10日はかからない。慌ただしかった王都滞在だったので、グレイも一緒に出掛けることにした。
「グレイ、公爵様はちゃんとミリエッタ叔母様に結婚申し込んだかな?」
「申し込んだけど、『はいはい、分かりました。それより西の治療に出た者の褒賞は考えましたか?』と言われてなし崩しだったみたいだ」
「街に戻った女性たちもすぐにもとの生活に戻っていた。女性は逞しいのかな?」
「『女は弱し、されど母は強し』という言葉を聞いたことがある。女は間違いだ。『女の子は弱し』だな」
「そうだね。かけ湯も男性より既婚の女性の方が利用者が多いようだし、新しいことに馴染むのは女性の方が早いみたい」
「ライは、今でも逞しいけどな」
「仕方ないじゃない。家族が沢山いるんだから、頑張らないといけないでしょ」
「はいはい、お世話かけてます」
簡単な旅支度をして、公爵の一行に参加した。馬車は公爵様とミリエッタで一台。ストーンとオズとライ、ミケ、グレイで一台。侍女や荷物で、五台の大所帯になっていた。転移陣を使わないので外の景色を楽しんだり、おやつを食べたり室内遊戯を楽しんだ。
長旅なので、ライは飽きないように薄い四角い板を41枚作って持ち込んだ。赤丸、青三角、黒四角、黄色星に分け、それぞれに1から10までの数字を大きく書き入れてあり、最後の一枚にはグレイの絵を入れた。色合わせ、グレイ抜き、数字合わせ、数字並べなどお菓子を賭けて遊んだ。
横でグレイとミケは参加したそうだが、グレイたちの猫の手では薄い板をめくれないので参加できない。ミケはオズの横で板の数字や絵を見て大騒ぎしている。ミケはすぐに顔に表情が出てしまい、グレイ抜きはいつもオズが負けてしまう。
「ミケ、後ろ向いてて」
オズは負けず嫌いだが、ストーンは勝負は勝負とけっしてオズを甘やかさない。こんな所でも堅物を発揮している。王都に着いたら1年ぐらいはストーンとオズは離れる事になる。寂しさを隠すように二人は楽しそうに過ごした。
グレイとミケ用に四角い板に八列、横八列のマス目を作る。四角い棒の裏表に黒と白に色分けする。グレイたちが持ちやすいように真ん中がくびれている。地下の木工細工の得意な精霊が、ライの依頼でいろいろ工夫して作っている。今では地下のカフェの遊戯になっている。新しい遊び64目マス色合わせ(リバーシ)にもすぐに慣れ、グレイやミケも参加する。
子供組は馬車の窓から外を眺めたり遊戯で騒ぎ、宿に泊まって街を散策して、また馬車に乗る。これが旅なんだとライは実感した。転移陣は簡単だけど、街の様子が分からない。王都までの移動は、公爵たちにとって移動だけでなく、街や土地を知るための視察も兼ねている。公爵はその土地の貴族に招待を受けて出かけ社交にいそしんでいた。
王都のタウンハウスに到着すると、公爵様とミリエッタは急遽謁見が入り、慌ただしくオズを連れて出かけた。もちろんストーンは護衛の一人としてついて行った。
ライはタウンハウスに近い宿に泊まることにした。ミリエッタは反対したけど、線引は必要だと言い切った。ミリエッタは王宮に向かうためにライと言い争う暇が無く渋々引き下がった。その後ライは久しぶりにグレイと二人で、リリーに頼まれたリボンと布を買いに出かけた。
リリーは孤児院の子供に、華美ではない可愛い服を作っているらしい。以前はハンカチに刺繡や縁取りをして寄付していた。次にリボン作って寄付したら、孤児たちがお礼の手紙をリリーに送ってくれた。リリーはそれに気をよくして、今回は服になったらしい。
さすがに孤児の服に魔糸を使った物は送れず、綿の布が欲しいと言われていた。ライの冒険者用の生成りの生地をリリーはとても気に入って、色違いを頼まれた。ライはもう一度自分用の分を追加して購入した。
リリーには何かと家のことをお願いしてるので、彼女の喜ぶものを買えるのはとてもうれしい。家から出れないリリーにモスやスラ達も感謝している。モスはリリーのために大輪のバラを育て始めた。夏のバラは大きくなるので、香油作りが楽しみになる。
「にゃんこ」
「ぎゃっ」
街の大通りでライの肩から変な声がした。見れば肩車された男の子がグレイの尻尾を掴んでいる。グレイは家以外ではいつも尻尾を体に巻き付けているが、よほど気が抜けていたのか、街の散策が楽しいのか、ゆらゆら尻尾を揺らしているところを掴まれた。
「すいません。コンちゃん、猫さんが痛いよ。手を放して」
「ぶぅー、だめ。ミミは、コンちゃんの」
「コンちゃんミミと違うよ。色が違うよ」
「ぶぅー。ミミお風呂に入る。きれいになる」
お風呂と聞いたグレイは慌てて転移をしようとする。
「グレイ、我慢して。必ず助けるから。ここで転移したら大騒ぎになる」
ライはグレイを肩から胸に抱きかかえる。それでも子供は尻尾を放さない。
「コンちゃん、猫さん尻尾痛いと言ってるよ。ミミさんではないから尻尾離してくれるかな?」
「ぶぅー、ミミ、肩に乗ってる」
どうやら子供はダイアナの本を愛読しているようだ。嬉しいがグレイにはいい迷惑だった。ライはミリエッタが作った布のぬいぐるみを取り出して、子供の目の前に差し出した。
「ミミちゃんと尻尾交換しようか」
子供はクリクリの目を大きく開けて、自分が持つグレイの灰色の尻尾とグレイと同じくらいの大きなミミを見比べる。尻尾は離したくないけどミミの布のぬいぐるみは欲しい。欲望のまま尻尾を掴んでいない手でぬいぐるみを掴もうと体を乗り出した。
「危ない、コンちゃん肩から落ちたら怪我するよ。それに猫さん泣いてるよ。尻尾痛い、痛いって」
グレイは「ミャーミャー」鳴きまねをした。ライはグレイの猫泣きを初めて聞いた。こっちの方が驚きだった。肩車をしていたのはコンちゃんのお兄さんカロン君10歳だった。
コンちゃんは落ちそうになってグレイの尻尾をはなして、兄の頭にしがみついた。10歳の男の子では体を支えられず、二人とも体勢を崩しそうになるのをライが支えた。そのすきにグレイはその場を立ち去った。
「だから肩車したときは静かにしてって言ったろ」
「うえーん、ミミが、ミミがいない」
「猫ちゃん尻尾が痛いから逃げちゃったね。嫌なことされたら逃げちゃうよ」
カロンはコンちゃんを抱き上げあやすも全然泣き止まない。仕方なくぬいぐるみを手渡しライがコンちゃんを抱き上げる。コンちゃんはミミをライの肩に乗せて遊びだした。カロンが困ってしまった様子にライは笑いが漏れる。ライは家が近いというのでそこまでコンちゃんを送り届けることにした。
『俺ついて行くけど、姿は現さないからな』
グレイの子供嫌いに拍車がかかった。
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