104 愛する我が家
ストーンの魔法の件をどう伝えるか悩んでいるうちに、王様との謁見が終り転移陣で、東の公爵邸に戻った。医師のアーツや治療師のハイラなどの責任者は、公爵様への報告会に向かった。残ったライたちは、自宅に戻ろうとした。
「ライ、お帰りなさい」
「ミリエッタ叔母様」
声掛けと同時にライはミリエッタに抱きしめられた。ライは驚きに声が出なかった。
「良かった、無事で何よりです。届く報告が酷いので、心配していました。ストーンさんも元気な様子で安心しました」
「ミリエッタ叔母様、養女の件についてですが」
「気にしなくていいの。貴族除けだから。それに準男爵なんて平民と変わりないわ。公爵様関係者だと分かれば、ごり押しも少ないと思うの。貴女の身が一番大事だから」
誰よりも先に声を掛け、抱きしめられた。ライは人のぬくもりを暖かいと感じた。(大した仕事をしたわけではないのに、名前ばかりが前に出るのは困ったものね。しばらくは静かにしていないといけない)
今回消費した薬も補充しなければならないし、各ギルドに収める薬の在庫も底をついている。留守番のみんなにご褒美も必要だろう。やることは山積みになっている。それでもやはり帰ってきたことは嬉しい。
「ミリエッタ叔母様、しばらくは家で消費した薬の補充をしています」
「体を休めなさい。休んだからと誰もあなたを責めませんよ。各ギルドにも西の情報が行っています。これから西の公爵は大変でしょうが、クリアール様はしっかりした方のようだから、今までの様な事は無くなるでしょう。彼女がいたからいままでも、ぎりぎり西の公爵領がもっていたのよ」
この世界は男が主体の世界で、王様も大臣も男だし、官吏もほとんどが男。仕事が出来る女は疎んじられることが多く、高貴な仕事ほどその傾向が高い。それでも少しずつ女性が活躍していくといい。
もうすぐ西の公爵領に正式な女公爵が生まれる。いずれはクレバリーが女公爵を継ぐことになるだろう。親子だからではない。優秀だからだ。
今回一緒に仕事した男性たちは、女性の働きを馬鹿にしていない。社会には男女共になくてはいけないと分かっている。こんな人たちが増えたら、もっと女性は生きやすいかもしれない。ミリエッタに感謝を告げ、ライと女性達は馬車で街に送られた。
「ライさん、最後のお風呂に入れたお薬?どこかで売っている?うちのお婆さんに使ってあげたい」
「とっても良い香りだった。あれは特別だから普段使いはきっと無理ね」
「かけ湯って、体が休まるし、疲れも取れてよく眠れるわ。庶民価格の商品を作って、売り出してよ」
馬車の中で王都の話や入浴剤の話など、二日酔いの男性達と違い女性達はすぐに現実に戻っていく。もしかしたら男は夢を追いかけ、女は現実を生きる性質なのかもしれない。夢だけではご飯を食べられないもの。
『ライ、男も女も女性から生まれ、女性に育てられる。だから女性には生涯勝てないらしい』
「そうなの?威張った男が多いのに?」
『実るほど頭を垂れる・・・・何だったかな?』
「何?」
『出来るやつは威張らず、もっと謙虚であれってことだと思う』
「アーツさんやハイラさんみたいに?」
『今回の仕事に関してはそうだな。人は何面もいろいろな顔がある。一面だけで評価してはダメだが、あいつらはいい奴だと思う』
街で馬車を降りた人たちは、それぞれ土産をもって散っていった。ライは小走りに家に向かう。庭の花は変わりなく咲いていて、小さかったアプルの実は収穫されていた。家の中からジルの声が聞こえる。玄関に通じる小道をかけて、家のドアを開けた。
「ただいま!」
居間にリリーとジルが待ち構えていた。赤いバラはないけど優しい香りの花が生けられていた。テーブルにはリリー手作りの食事が並ぶ。階下に降りる工房のドアの隙間からモスにスラ、古龍にスイが顔を出していた。ライは家に帰ってきたと実感がわいた。
時々グレイが西から転移してはライのことを伝えてくれていた。みんなとゆっくり食事をして、お風呂に入りジルを抱きしめてライは眠った。
清々しい朝を迎え、リリーの朝食を食べる。昼前に各ギルドの納品と在庫分を調剤して午後からジルの付き添いで納品に回る。長くお休みしていたので、お土産を手渡し、挨拶を済ませる。西の応援に行っていたのは知っていたので、皆温かく迎え入れてくれた。モズ商会に行くと早速リチャットに声を掛けられた。
「お疲れさまでした。大変だった様ですね。噂はこちらでも聞き及んでいます。40年前の大流行が起きなくて良かったです。ところで、入浴剤とは何ですか?一緒に行った人から聞いたのですが、かけ湯に入れると香りが良くて、身体を温めて、お肌がつやつやするそうですが」
早い。早すぎる。女性は凄い。西の仕事の余韻なんて感じている暇を与えない。仕方なく東でも西でも、治療に携わった者たちの体の汚れを取るために、かけ湯をした際に、お風呂のため湯に薬ではないが体が温まり疲れが取れる香りの優しい入浴剤を入れていたと説明した。あと、ミリエッタにはいくつか納品していることを追加した。
「衣類を洗濯液できれいに洗濯するだけでなく、体自体を清めることが健康に良いのですか?入浴は貴族や富裕層のものと思っていましたが。かけ湯が良いのですか?」
「かけ湯にはお湯が必要になるので、平民では難しいけど1桶にお湯を入れて体を清めたり、外から帰ったら手を洗うだけでも健康を保つのにはいいのではないでしょうか?」
「石鹸は高いからな。」
「今の石鹸は植物油が中心ですよね。動物の油を使ったら格安の石鹸が作れるのではないですか?匂いがきつければ、炭を油に入れておくとよいですよ」
「ライさん、レシピを登録してください。作るのはこちらでします。うちみたいな商会は平民が元気でいないと成り立ちません。高熱病が収まった今が、一番いい機会です」
「共同風呂なんて作ったらいいかも。冗談ですよ。大変ですから」
「いい考えですね。利用代金を払って使う。男女共有は無理だから昼は男にして夜を女・・・いや小さくても男女別が良いな。汚いやつを風呂に入れるのは嫌だからかけ湯専門にすればいい・・・」
思案顔のリチャットを一人残して、ライは帰宅する。
「ライ、仕事を増やしてどうするんだ」
「そんな気はないけど、高熱病でみんなが、流行り病を気にかけているうちが良いかもとちょっと思っただけ。あとはリチャットさんが走り出した」
動物油で石鹸の作り方は
植物油で作るのと同じで、シナーンという灌木を焼いた灰と石灰にお湯を入れて良くかき混ぜ布で漉す。これを繰り返して液を作る。動物油を加温して溶かし液状になったらその中に先ほど灰から作った液を少しずつ加え良くかき混ぜる。かき混ぜ続けてドロッとしてきた物を木の器に分けて固まったら木箱から出して使いやすい大きさに切り分けさらに乾燥させる。
ライは一月かけて、動物の油から石鹸を作りリチャットに届けた。匂いが気になるなら動物油を溶かした液に炭を付けおきする。そのあとに香油なんかで香りをつけても良い。手間や材料が増えれば価格に跳ね返る。その辺はリチャットと工房で考えてもらいたい。
数か月後には、モズ商会のかけ湯施設が出来た。その隣には洗濯委託所が出来た。さらに屋台が出来てエールやワイン、果実水が売られる頃には、物珍しさと評判が知れ渡り旅人や行商人が訪れるようになったらしい。
入浴剤は、小さな玉状にして、桶一杯分に合う物を作った。材料は何処でも生えている傷薬のヨモ草を使う。傷薬にもなるのでお肌には良い。香りも嗅ぎなれた香りなので抵抗はないはず。高い香料を使うものは、商業ギルドが請け負うことになった。
東の公爵は、王家から報奨金をもらい受けた。王家の書記官が仕事をせず接待で遊んでいるなか、街の片隅の宿屋で大きな成果を出した東の治療応援者に多額の報奨金を出してくれた。40年まえの高熱病の原因究明と治療方法を確立した功績が含まれている。仕事をしなかった書記官は降格処分になったらしい。
東の公爵は個人への褒賞は勿論のこと、治療に送り出した街の人たちへと、治療院、医療施設、かけ湯施設の補助金を出した。東の領は空前のかけ湯盛行となった。
誤字脱字報告ありがとうございます。
ストックが尽きましたので、ゆっくり投稿します。
めまい持ちが気圧変化で悪化しています。60過ぎるとがったと体力が落ちると言いますが実感しています。猛暑との闘いが待っています。皆様も自分の体を大切にしてください。




