102 西の公爵領 8
西の公爵邸本館で開かれた晩餐会で、ライたちが襲われたり、ライがミリエッタの養女になる宣言にと、とんでもないことが起きた。ライはもうくたくただった。どうにかクレバリーの機転で個室に逃げることが出来たが、ライは治療宿に帰りたかった。
医師アーツたち男性たちは会場に残ったが、数の少ない女性たちは早めに帰りたがった。平民の女性が貴族の中に混じるのは苦痛でしかない。
ライは、クレバリーに泊まっていくように勧められたが、共に働いた女性たちと慣れ親しんだ治療宿に戻ることにした。ストーンは取り調べに協力後、ライを迎えに来てくれた。
「ライさん、治療宿に帰りますか?」
「ストーンさん、ご苦労様。良く捕まえましたね」
「クレバリー様に2個しか載っていないカップを渡した時不審に思いました。彼は会場からまっすぐにライさんたちの所に向かってきていたのです。配膳係の顔を見たらあの時のドラ息子、前髪を長くして、俯き加減でしたがすぐわかりました。あの時ライさんの声より早く動いたから十分間に合いました」
「何を思ってこんな騒動を起こしたのかしら?それでなくても、高熱病の蔓延の切っ掛けを作った人なのに」
「何も考えていないから、とんでもない行動を起こしたんでしょう」
「宿に帰って、お風呂に入って、早く寝ましょう。撤退の準備もしないといけないですし、男性たちは当てに出来そうもないもの」
「力仕事は任せてください。誰より働きますから」
「ストーンさんは治療魔法で傷は治ったけど、失血量は多いから無理はしないでください」
「それを言ったら、ライさんだって魔力枯渇起こしています。お互い様です」
2台の馬車にはすでに女性たちが乗り込んでいた。皆馴れないパーティーの緊張で疲れ切っている。ライが乗り込めばすぐに馬車は走り出した。ストーンは警護を兼ねて、御者の横に乗り込んでいた。治療宿に戻ると患者も男性陣もいない部屋は広々して殺風景だった。
「今日はかけ湯でなく、ゆったりお風呂にはいりましょう。特別に赤いバラから作った香油入りの入浴剤をたっぷり入れます!」
ライは疲れ顔の女性たちに声を張り上げた。
「「「凄い!!」」
「ストーンさんは、美女たちの入浴の護衛をお願いします」
「お任せください。如何なる人も通しません」
「「「キャー素敵!!」」」
ストーンは、女性陣の奇声に驚き顔を赤らめ逃げだした。今まで黙々と裏方の仕事をしていた彼女たちは、やっと力が抜けたようだ。
「お風呂上りには、ホットケーキにカットフルーツとアイス添えを準備しますね」
「街のカフェで見たことあるのですか?」
「それよりもっと美味しいです」
女性に甘いものはご褒美になる。晩餐会の豪華すぎて食べられない料理より喜んでくれた。もちろん各部屋には追加でプリンを用意した。グレイには特別に2個用意しておいた。女性の賑わいも一時、疲れがたまった体はすぐに寝台に沈んでいく。ストーンは一人、出入り口に椅子を置いて腰かけ、寝ずの番をするらしい。護衛騎士の務めだと言って、休んではくれなかった。ライは肉パンを取り出しストーンに差し入れをした。そしてライは寝るまでグレイとお喋りすることにする。
「静かだな」
「静かになったね。死者は出たけど40年前のようにならなかった」
「ライはよく頑張った」
「ううん、古竜が森の様子を伝えてくれたから気が付いたの。お婆の残してくれた古い文献も役に立った。一つ一つはバラバラな情報でも、どこか繋がっていたんだね」
「物事を見極めるのは難しい。多くのものから真実を見つけるのは、河原で流れ着いた宝石の原石を見つけるようなものだ。見つけてもそれが本当の宝石かは、磨いてみないと分からない」
「ぼんくら息子が森にはいったから、高熱病が虫が原因と分かったけど、あの人たち、役に立ったってことかな?」
それからグレイが色々教えてくれた。召喚状で連れ去られたアーツたちは、西の治療室に連れていかれた。その時には公爵と息子二人はもう意識が朦朧として水も飲めない状態だった。その上、最初から魔力ポーションを多量に飲ませていたから魔力過多で回路に支障が出ていた。それさえも西の医師や治療師は気づいていなかった。
アーツたちが治療室に入ると、西の医師や治療師はすでに牢に囚われていた。この状態から治療を受け持って欲しいと大臣に懇願されたらしいが、もう発症から4日経っていたから、全快は無理だと説明した。命だけは助けられると言って治療を開始した。
コイネインの別邸で、治療に当たっている医師の一部を公爵家の別邸に呼び寄せ、現状の治療をゆだねた。それより蔓延する高熱病の治療が先だと伝えた。大臣は項垂れたが、現状を理解してるので、すぐにアーツたちを治療宿に戻してくれた。西の公爵家の治療室では、アス毒の薬を使っていた。論文を読みとばして、知ったかぶって治療を開始したようだ。
公爵は、息子二人をおいかけて森にはいった。心配して入ったのか、ボイネンに煽られてはいったかは分からない。公爵は王都からの通達や届けられた論文も読んでいなかった。さらに、40年前の高熱病の大災害を軽く見ていた。
過去から学ぶことは多い。そのために学問がある。過去ばかりでは進化はないが、過去がきっかけで新しい未来が開ける。公爵と二人の息子はこのままでいいような気がする。あれだけ叱られたぼんくら息子たちでさえ反省できない者がいた。まして、公爵家の跡取りがそんなでは、王国が揺らいでしまう。
「3歳のオズでさえ勉強してるのに。クレバリーは、同じ父親でもなんであんなにしっかりしているの?」
「あれは母親が夫の公爵を見捨ててからだな」
「妻が夫を?」
「そうだ。クレバリーの母親は、正妻のマーガレットの補佐をしたくて、西の公爵家で事務官として働いた。でもそのマーガレットが心を病んで政務が出来なくなった」
「ええ、政務って、公爵が‥できないのか」
「そういうことだ。まあ、古参の大臣がまだ残っていたから西はもっていたんだ。女好きが妻の友人に手を出したということさ」
「乱れてるね。東の公爵とは全然違う」
「あれはあれで、問題があるがな」
「そうそう、ミリエッタ叔母様は公爵夫人になるのよね。わたしは?」
「ライは変わらない。一応準男爵を引き継ぐが、ほとんど平民と変わりない。嫌なら養子縁組を解消すればいい。でも解消すると」
「今夜みたいなことが起きる?」
「起きないとは言えないな。まあ貰っておけ。公爵家はオズとサファイアがいるからライまで来ることはない」
「赤ちゃんの名前、サファイアになったの?」
「オズが色々調べて、紺碧の瞳になるからとサファイアにした。宝石言葉が自愛、誠実、真実だと」
「いつか母親に捨てられたと知るのかな?」
「大丈夫だ。夫人が十分慈しんで、オズと共に育てる。公爵もそれなりに可愛がっている」
「今でも屋敷に通っているのかしら?」
「そうなんだよ。とっとと結婚すればいいのに、貴族の結婚には王家の許可がいるとか、準備に時間がかかるとか言って、1年先かな?」
「公爵はちゃんとミリエッタ叔母様に結婚を申し込んだ?」
「ああ、俺が助言して、赤いバラをもって申し込んでいた」
「ミリエッタ叔母様喜んでいた?」
「う、うん。人の気持ちは良く分からないけど、『仕方ないわね』と言って赤いバラを受け取ったから承諾したんじゃないかな?」
グレイの話は分かったがミリエッタの気持ちは良く分からなかった。久しぶりにゆっくりとグレイと話が出来た。赤いバラの話で、ライの家に届いたバラをリリーが嬉しそうに香油にしましょうと集めていたのを思い出す。あれはアレフさんが人に変化したリリーに届けていた。
「グレイ、どうしよう。リリーの変化した姿にアレフさんが恋したら?」
「・・・?」
「なんでそう思う?」
「だって、リリーとても赤いバラ大事にしてたでしょ。リリーもアレフさんに恋したのかも?」
「大丈夫だ。リリーは恋などしていない。単に赤いバラで香油を作りたかっただけ。ライの庭は、ライ好みの小花が多いだろ。バラだってそうだ。大輪の赤いバラは手に入らない。最後に12本のバラを持ってきたけど、持ち帰ったと怒っていたぞ」
とりとめない話をしながら、やっと忙しい一日が終わったライは、グレイを抱きしめ寝台に寝転んだ。
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