101 西の公爵領 7
ぼんくら貴族子息の視点が入ります。
西の公爵邸での晩餐会の片隅でライと公爵令嬢クレバリーは、お互いを慰労した。公爵令嬢なのにクレバリーは本当によく働いたとライは思う。
「ライお姉様、果実水飲みません?」
配膳の男性が果実水を持ってきた。クレバリーは二つのグラスを受け取って、一つをライに手渡した。ライは果実水に口をつける寸前にある匂いを感じた。
「ダメ、飲まないで」
ライは、クレバリーが持っていたグラスを取り上げた。
「ラ、ライどうしたの?」
「薬が入っている。薬師に薬を盛るなんて、何考えているの」
ライは魔力弾を逃げる配膳男に撃ちつける。会場の真ん中で逃げた男は盛大な音を立てて倒れ、追いかけたストーンに取り押さえられた。顔を見ればあの時の貴族の息子の一人だった。
「ストラート!家で謹慎しているはずなのになぜここにいる!」
大臣の一人が声を上げた。それに合わせて、数人の男がこそこそと会場を後にしようとする。ストーンは次から次へと不審な行動をした男たちを捕まえてしまった。
「お前さえいなければ、廃嫡などされなかった」
「平民のお前を嫁に貰ってやる。高熱病の功績は俺によこせ」
「クレバリー、なぜ?どうして婚約破棄なんだ」
外交大臣の次男ストラートは公爵家長女クレバリーの婚約者だった。今回の騒動で公爵領の領民を危険に陥れたストラートは、反省の様子もない。クレバリーがライの仕事を手伝っていても、ストラートは汚れ物を見る目でクレバリーやライたちを見ていた。
さらにストラートの暴言、暴力をクレバリーは目の当たりにした。クレバリーにはストラートの行動が理解できなかった。ストラートの父親の外務大臣から申し入れされたストラートとの婚約破棄を、クレバリーはすぐに受け入れた。
前途洋々だったストラートは、ボイネンにそそのかされ仲間たちと禁止の森に入り、高熱病を発症した。ストラートは公爵子息の学友であり取り巻きの一人で、公爵令嬢クレバリーの婚約者だった。これだけの高貴な自分が、なぜ婚約破棄や謹慎に合わなければならないか分からなかった。
ストラートは、公爵子息の学友の地位を失うわけにいかなかった。そそのかしたボイネンが悪い。そそのかされたフィギネスとスリネスが悪い。毒草を刈ったパステルが悪い。貴族の治療を断ったパステルの父親が悪い。森から虫を連れてきたのは俺だけではない。
ストラートは、すべて俺のせいではないと思っていた。もう一度クレバリーと話せば婚約破棄などすぐに消えて、もとに戻ると思っていた。クレバリーとゆっくり話せば、それより既成事実があればもっと有効だと短絡的に考えた。
西の医師ハリネスの一人息子、パステルは父の重罪に巻き込まれ家が没落することが許せなかった。自分に功績があれば家は維持できる。今回の高熱病の原因はコウガイを起こす虫刺されだと知った。これを自分の手柄にすれば返り咲けると考えた。
しかし、この功績はあの平民の女のものとクレバリーが知っている。それならあの娘ごと功績も手に入れればよいと考えた。女と遊ぶときに飲ませる、気分が高揚して淫らになる薬がある。パステルは薬を娘に飲ませて、既成事実を作ればすべてうまくいくと思えた。
昔から遊び仲間だったパステルとストラートは、薬を使って女を自由にしてしまえばお互いの望みが叶うと話し合った。自分たちは高貴な生まれなのだから、何事も思うままになると思っていた。
「皆さん、ライ様は東のロッキング公爵の婚約者ミリエッタ・カール様の養女です。さらに公爵様が後見を務めています。力ずくで婚姻できる相手ではありません。ライ様はアーツ医師やハイラ治療師と共に高熱病を研究してきた方です。軽んじることは東の公爵家を軽んじることと同じです」
執事のストロングが声高々に宣言した。一番驚いたのはライだった。
『声を上げるな。こういう事があり得ると夫人が心配していたんだ』
「えっ、」
『俺が守れる範疇を超えた。人の力が必要になって、夫人が公爵に申し入れたんだ。公爵と婚姻を結ぶならライを守ってと』
「いつの間に公爵とミリエッタ叔母様が?」
『公爵は女を見る目がない。王家からの仕事の依頼がある夫人なら、再婚であれば十分良い相手だ』
グレイは念話を続ける。
「グレイの暗躍?」
『違う。公爵が惚れたが、ヘタレで言い出せないから、火をつけてやっただけ』
「叔母様は私のために犠牲に?」
『それはない。オズと赤ん坊に愛情を持っている。公爵は次かな?』
「・・・・・・」
グレイの話では西の公爵及び息子たちは軽薄で、その周りの側近も含め女癖が悪い。西の治療要請はすべて男達で送り出そうとしたが、アーツとハイラがどうしてもライを連れて行きたいと願い出た。
ライの発想と観察眼に感じ入ったからだ。40年前の発症元の西なら高熱病の原因追及ができるのではと考えていた。
ライを西に出すにあたって万全を期したかった夫人は、ストーンの力量に頼った。夫人は、ストーンのライに向ける感謝の気持ちを逆手に取った。魔道具の腕輪も用意した。薬に関しては、ライのことだから心配ない。グレイもついて行く。それだけ備えても平民のライは身分的な弱さがあった。
享楽的な西の貴族に立ち向かえる身分を、たとえ一時的でもライの身を守るために与えたかった。そんな時に公爵からの婚約の申し込みは、夫人にとっても渡りに船だったということらしい。
突然の捕り物とライの養子発表で驚いたが、すぐに落ち着いた。晩餐会は再開され、貴族たちは、にこやかに笑顔を浮かべ談笑を始めた。何となく周りの目がライに向いている気がする。
「ライお姉様、お部屋でお休みしませんか?」
「あ、ありがとうございます。是非お願いしたいです。ここから逃げ出したい」
「分かっています。任せてください」
クレバリーは自然な動きで、暴漢に襲われた二人が退席する態して、貴賓室に誘導してくれた。
「ふう、驚きました」
「えっ、知らなかったのですか?」
「もちろん、知りませんでした。ところで、わたし貴族の息子に魔力弾撃ちこみましたけど、不敬罪でつかまりますか?」
「うふふ、お姉様は面白い方。全然心配ないです。たとえお姉様が平民でも公爵令嬢を助けるためですから、褒賞が出たかもしれません。お姉様は魔力弾を出せるのですね。素敵です」
「大した力はないけど、時間稼ぎにはなるわ。わたし冒険者をしてたから多少の自衛はできないといけないでしょ」
「冒険者ですか?この奇麗なドレスが似合う女性が?」
ライとクレバリーは目を合わせ笑いあった。生まれも育ちも違う二人だが何か通じるものがあった。クレバリーはきっと母親の後を継いで女公爵として、西の公爵領地の立て直しをするんだとライは思った。
第三夫人は公爵代理から女公爵に変わり、西の公爵領の立て直しに奔走した。そのそばでクレバリーが支えた。親子二人の働く姿は、多くの民に支持され、前公爵を支えた大臣たちが最後の務めと政務に取り組んだ。
フリボロス公爵は魔力回路障害とアス草の毒で公務復帰は不可能ということで王都の許可を受け引退した。元公爵は息子たちと妻マーガレットと四人で別邸で暮らすことになった。正妻のマーガレットはスリネスを赤子のように手元に置き、魔力ポーションなど飲まさずミルクを与えた。スリネスは半年後に亡くなった。
第二夫人ミリシャーはさっさと離婚して自分だけが実家に戻った。しかし実家の跡取りが高熱病の対策費を横領していたことから降爵、領地なしの男爵となった。横領のお金を返金した上に降爵、さらに次代に変わって、食べて行くのもやっとの男爵家ではミリシャーを受け入れることはできなかった。実家にも戻れないミリシャーは、離婚により貴族籍を失い、平民になるしかなかった。実家に戻れないなら、公爵家に戻ろうとあがくもフリボロスは引退してクリアールが公爵になっていた。行き場を失ったミリシャーのその後を知っている者はいない。
最後に残ったフリボロスとマーガレット、腹違いのフィギネスは別邸で静かに暮らした。クレバリーが南の公爵家次男と婚約が決まるころ、順に亡くなっていった。三人の葬儀は密葬となった。
西の医師ハリネスと治療師のウエイクは廃爵とそれぞれの資格をはく奪され、両名は強制労働の刑に処された。毒草で薬を作り暴利を得た薬師ギルド長アロガンスは死刑となり、暴利を個人資産にしていたことから、全財産没収となった。
問題を起こした貴族の子息のほとんどが自ら廃嫡を申し出た。いかに自分が無知で傲慢だったかを悟って、自領の片隅で平民として暮らすことになった。
妾の子ボイネンは公爵の実子ではないと判明した。その話を聞いた時ボイネンは、もとから自分が公爵子息の扱いを望むべき存在でなかったと知って、言葉を失った。なぜ母が自分を公爵の子だと偽ったかは分からないが、母の言葉がボイネンの人生を狂わせた。しかし領民を高熱病にさらし40年前の大災害の再来を起こす計画は重罪である。ボイネンは死刑となった。
ライとクレバリーを襲撃した二人は未遂ではあるが、自己中心的であり反省もみられない。二人は高熱病が蔓延したきっかけでもあったため、魔封じをされて生涯強制労働となった。ストラートの父親である外務大臣は、すべてが済んだ時点で長子に爵位を譲り蟄居した。
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