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神の落とし子  作者: ちゅらちゅら
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100  西の公爵  6

西の公爵家長子フィギネス視点

 長子であるのに西の公爵家の継承権が二位のフィギネスはいつも悶々としていた。父の公爵からはまだ、フィギネスは臣籍降下と言われていない。弟のスリネスが次期公爵と指名もされていない。


 中途半端な立ち位置がフィギネスの苛立ちの原因だった。『フリポロス様に愛されているのは私だから、あなたが公爵家を継ぐのよ』と幼いころから毎日呪文のように母のミリシャーから言われ育った。


 弟のスリネスと一緒に家庭教師をつけられたが、彼の方が座学が得意だった。だがスリネスは頭は良いが機転が働かない。フィギネスが強めに発言すれば言い負かされてしまう。マーガレットのように気が弱いスリネスは、広大な公爵領を治める器ではないとフィギネスは見下している。それでもスリネスが継承権第一位なのは変わらない。フィギネスの苛立ちがついつい下の弟たちに出てしまうのは仕方がないことだと思っている。


 別邸には公爵の妾が何人かいて、そこにも男の子たちがいる。公爵はその男の子たちには、継承権を与えていない。そんな別邸にいる男の子の中で、利発で活動的なボイネンは、フィギネスの2歳違いの腹違いの弟だった。剣の稽古や森遊びなども率先して参加していた。フィギネスはボイネンの母親がどんな人か知らない。荷物持ちや買い物なども良く働いてくれるボイネンを、フィギネスは兄弟というより使い勝手の良い使用人のようだと思っていた。そんなボイネンからフィギネスは狩りに誘われた。


「森に狩りに行きませんか」

「今は出入り禁止だぞ」


「だから行くんです。この間、別邸の子供たちが兎と鳥を狩ってきて、公爵様に差し上げていました。勇気ある子供だと褒められていました。もしかしたら継承権を戴けるかもしれません」


「本当か?」

「はい、わたしは今回参加していませんでしたが明日、一人でも出かけようかと思っています。私一人よりフィギネス様もご一緒にどうですか?弟様は狩りが得意でないようですから・・」


「いや弟も誘う。あいつに俺との差を分かってもらうに丁度良い」

「さすがです。良いところに気が付きました。側付きたちも誘って、街を颯爽と馬を走らせましょう。民たちもフィギネス様の馬上の姿を見て、勇猛果敢な公爵様になると賞賛すると思います」


 そう言われれば、フィギネスは悪い気はしない。気をよくしたフィギネスは、スリネスを貶めるのにも丁度良いと、狩りに出かけることにした。しばらく森に入れず狩りが出来ない不満が出ている。フィギネスとスリネスの学友や側付き、取り巻き達を巻き込み、憂さ晴らしを計画する。声を掛けた者はこぞって参加することになった。


 翌朝フィギネスたちは10名ほどで、馬を駆けて街から森に入った。フィギネスは森に入るのを止めようとする大人など蹴散らしてやった。一番乗り気だったボイネンは当日の朝になって、母親が病気だと言って急にいけなくなったが、ボイネンは使い走りだからいなくても困らない。


 人のいない森は静かだった。少し奥に入ればいつもなら兎や鳥、猪がいるのに何も出てこない。手ぶらでは家に帰れない。さらに奥に入ると青々とした薬草が森の木々の下草のように生えていた。


「フィギネス様、あれが毒のあるアス草です。高熱病の原因だそうです。目につく草を刈り取りませんか」

「草刈りなどパステル、お前がやれ」


「俺が毒のアス草を刈り取ったら、高熱病を止めた英雄になるかもしれないな。英雄になりたい者は毒草を一緒に刈ろう!」


 医師のハリネスの息子パステルが父親の持っている論文から得た知識をひけらかす。フィギネスは苛ついた。今公爵家で、勢いがあるのは高熱病の治療ができるハリネス。ハリネスは中立の立場を取っているが、マーガレットと親しくしているのを知っている。


「あっ、虫に食われた」

「俺もだ、痛痒い」

「俺もだ。なんか虫多くないか」

「草刈りしたところから飛び出してきた」


「スリネス様大丈夫ですか?」

「ぼ、僕、、虫が嫌いです。う、腕に虫が・・」


「弱虫だな。スリネス、虫などこのように潰してしまえ」

「兄さま、べちょっとなって気持ち悪いです。赤くなってますよ」


「お前たちも虫が嫌いか?弱虫だな!潰せ!潰せ!」

「に、兄様、虫がどんどん増えています。ぼ、僕帰ります」


「弱虫、そんな事では次期公爵になれないぞ」

「うっ、」


 フィギネスの笑い声が森に響く。弟は森の外に向かった。付添ってきた側付きや従者が後に続く。つられてフィギネスと共に来たもの達もばらばらと後を追う。


「まだ狩りをしてないぞ。逃げ出すのか!」

「フィギネス様、虫に刺されたところが熱を持ってきました。ここは危険ではないですか?狩りはいつでもできます。帰りましょう」


「馬鹿を言うな。入ってはいけないときだから価値があるんだ」

「分かりますが・・頭が痛くなってきました。馬に乗れるうちに帰りたいのです」


 フィギネスは周りを見れば残っているのは数人。皆顔色が悪くなっている。一人では狩りが出来ない。動けそうなやつはいない。仕方なく森を出ることにした。


「お前たち、これは最新の熱さましだ。これを飲んでおけば万が一高熱病にかかってもすぐ治る。薬師ギルド長の献上品だ。今日は俺からお前たちに特別に下げ渡す。森にはいったから高熱病になったと言われるな」


 来る時は早駆けのよう走って森にはいったのに、帰りは馬から落ちないようにしがみついて帰宅した。フィギネスは虫を潰した腕が熱を持ってきた。母にも言えず、追加で薬を飲みこんだ。寝台に倒れ込むように横になった。


 フィギネスが次に気が付いたのは見知らぬ天井の有る部屋だった。


「フィギネス様、薬を飲んでください。次は魔力ポーションですよ。魔力量が多いから1本飲みましょう」


「お、俺はすでに薬を飲んでいる」と言いたいのに口が動かない。体中が熱い。見渡せばフィギネスの離れた隣にスリネスが寝ている。横にいるのはマーガレットだ。フィギネスの横には母はいなかった。寂しいというつもりはない。


 魔力ポーションのせいか体中が熱いし頭が痛い。体中がきしむような感じがした。何本目かの魔力ポーションを飲んだとき血を吐いた。意識の浮き沈みが激しく起き上がることができない。


「早く治せ!」


 聞き覚えのある公爵の声。大声で怒鳴っていて痛い頭につらい。(父も高熱病か?母は来ているか?)思考が纏まらず霧散していく。体は熱い、意識が沈んでいく。


「ど、どうするんだ。公爵が死んだらお、俺たちはどうなる」

「他の貴族全部断って三人の治療に専念したのに、この失態だ。だれが責任取る」


「東に治療を任せたらどうだ」

「それしかないだろう。公爵の意識が戻ってこない」


「ハリネス、ウエイク両名を牢に!東の医師と治療師を召喚しろ」

「スリネスの命を救って、私の命と引き換えにしてもいい」


 フィギネスはマーガレットの甲高い声で意識が浮上してきた。(ああ・・俺たちは元に戻らないのか。父上の側にも母はいない。なぜ?)と思う間に意識が沈む。


 次にフィギネスが目を覚ました時に目に入ったのは、医者のハリネスでなく知らない人だった。ただ貴族でないことは分かった。なぜ平民が指示を出している。フィギネスは、身体が楽になったことに気が付いた。あの平民のお陰か。


「良かった。スリネス、母が分かる?」

「母様、ごめんなさい」


「良いのよ。生きていてくれれば。これからはお母様があなたを守るわ」

「体が動かない。眠い、、」

から

「いいのよ。母が側にいるから眠りなさい」


 フィギネスは体を動かそうとするもビクともしない。手を上げることもできない。指は辛うじて動いたが身体が怠い。以前ほどではないが頭が痛い。どうなってるんだと目だけ動かすと父公爵が寝台にいた。無気力な瞳がそこにあるだけだった。


「高熱病の治療時期を過ぎました。後遺症はアス草の毒と魔力量の管理が出来なかったせいだと思われます。意識の低下は毒の治療が出来ていなかったせいです。さらに早期の多量の魔力ポーションの服用による魔力過多が長期間続いたせいで魔力回路が脆弱になり所々魔力漏れが見られます」


「ち、治療魔法で」

「ここまで破壊されたら無理でしょう。試していただいても構いません。あと意識の低下はアス草の毒です。初期に毒入りの薬の服用を数回していますから全快は無理です」


「政務は?」

「体が動かない上に意識の浮き沈みが激しいのです。そちらで判断してください。平民に重き判断を委ねないでください。此処の治療はコイネインさんの別邸で治療に当たっていた方々にお任せします。向こうには多くの民の治療が待っています」


 俺の治療より平民の治療が先か!怒鳴りたいが声が出ず身体も動かない。一緒に森にはいった奴はどうした。


「一緒に森にはいった子供たちはここに来なくて良かったな」

「来たくても断られた。今思えば良かったんだ」

「もう元気になって屋敷に戻ったか?これだけのことをしたら廃嫡か除籍だな」


「仕方ないだろう。東がいてくれたから西の公爵領が全滅しないで済んでいるんだ」

「いや、王都に災害を広げなかったことに感謝だ。まさか森の虫が原因と誰も思わなかった」


「森に虫を閉じ込める。凄い事考えるな東は」

「前公爵が言ってたな。学べ、知識は人を助ける」

「ああ、言っていた。我が子には学ばせよう。のらりくらりして暮らせる時代は終わった」


 フィギネスは父とスリネスと共に治療が終わりそのまま別邸で療養をしている。マーガレットと数人の使用人と医師に見守られている。体を拭かれ下の世話をされ、どろどろの食事を口に運んでもらっている。さらに一本の魔力ポーションが毎日代わり映えのしない毎日が続く。


 スリネスは少し前にいなくなった。マーガレットは、フィギネスのことを「スリネス、スリネス」と呼ぶ。


 医師がマーガレットに隠れて魔力ポーションを父とフィギネスに飲ませてくれる。マーガレットはスリネスに魔力ポーションを与えず赤子のようにミルクを与えていた。


 命は長らえたがフィギネスは何もできない。母ミリシャーは、子と夫を捨てたらしい。フィギネスはなぜと問うこともできない。父は何を思っているだろうか?ああ・・意識がまた沈んでいく。このまま目を覚まさなければ良いのにと祈ってしまう。

誤字脱字報告ありがとうございます。

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