10 行商人ボブのひとり言
行商人のボブは薬師のお婆の依頼で5歳のライを街まで連れて行く。
ライは生活魔法が使える。読み書き計算もできる聡い子供。
お伽噺の妖精猫の出現でライの未来を思案する。
竈の火に小枝を追加しながらボブは、二つの月を見る。妖精猫が本当に実在していたのに驚いた。お伽噺の長靴をはいた猫。勇者を助けた猫。姫を守った騎士猫・・・子供の頃ワクワクしながら読んだ絵本。子供たちは近所の猫に一度は話しかけたものだ。
薬師のお婆は、ライは少し変わっていて、子供のようで子供らしくないと言っていた。このまま街にライを連れて行っていいものだろうか。ライは、妖精猫がどれだけ珍しいか分かっていない。欲深い人はグレイを奪おうとするだろう。ライに危害を加える者も出るかもしれない。孤児院には預けられないな。明日、話をしないと。妖精猫は、自ら仕えたいと思わなければ人に憑くことはない。500年も生きた猫なら、自分の身は守れるだろう。ライも守ってくれるか・・・?
そんなことを考えていたらボブの目の前にグレイが現れた。ライと寝たはずだ。
「よっ。おっさん。迷惑かけたな。ライはぐっすり寝ている。だいぶ疲れているようだ。これから俺もライと一緒に街に行くからよろしく頼む。あいつの魂はなぜか少し不安定だ。体に魂が馴染んでいない。清く甘い美味しい魔力は貴重だからな。見守るのは大人の務めだ」
そう言ってグレイは、ライのもとに戻っていった。
ボブは、ふらふら旅をするのが好きだった。いずれはS級の冒険者になって金持ちになる夢を持って家を出た。けれど少し腕が立つぐらいでは名を上げる事などできないことをすぐに知った。そのままおめおめと実家に帰れずふらふら旅をしていた。
5年前に小さな村々を冒険者の仕事をしながら旅をしていた時に、食料が尽きて見慣れない木の実を食べて腹を壊した。吐くわ下痢するわで、動けないところを薬師のばあさんには助けられた。この時ほど薬がありがたいと思ったことはなかった。
片田舎には医者どころか薬師さえいないため、生まれる者も多いが死ぬ者も多い。実家は薬を主にした雑貨屋を営んでいた。家にいた頃は、ちまちました仕事が物足りなかった。
俺は実家に頭を下げ、商売を一から学び行商に出ることにした。仕入れた薬を村人から薬草や野菜・毛皮などと物々交換をする行商を始めた。
田舎には俺の訪問を楽しみにしてくれる人も増えた。薬以外にも日持ちする食料や塩や砂糖、頼まれて布や農具なども届けることがある。
そうしているうちに各村々は薬草の宝庫だと知った。村で仕入れた薬草は、街のギルドに頼んだものより量も質もとても良い。薬師の婆さんのとこは特別に『光の雫』と言われる薬草がある。光の雫は魔獣討伐に向かう騎士のために必要な高級回復薬の材料で、領主預かりの錬金術師に依頼されている。
お婆とは年に2回取引させてもらっている。お婆でも必ず見つかるわけではないけれど、今の所お婆の所でしか見つからない。馬車で10日もかかるが、夜盗や魔獣の危険があっても、村人のためにも薬草のためにも行商に行くと決めている。街には年取った両親がいるが、兄が店を切り盛りしているので安心して行商に出れる。あちこちの村に薬を売りながらの行商は俺には合っていた。
薬師の婆さんに頼まれて、街まで子供を送るだけの依頼だった。婆さんの家に子供がいるのも、最初は知らなかった。村の人さえ知らない子供だ。
春に人買いへ売られるらしい。片田舎ならよくあることだ。子供でも大人でも食い扶持を減らすために、金策のために、家族のために売られる。ただ、この子供は捨て子だった。薬師のお婆が可愛がっている。
村を出ても誰も探さない子供。薬師のお婆は自分の後を継がせようと思ったようだが、育て親が金策のために売ることにしたらしい。馬鹿だよな。薬師のお婆が居るからこの村には薬が十分にある。こんな片田舎に薬師が居るのが奇蹟的なことなのに。
街で孤児院に預ける算段をしようと思っていた。5歳にしては小さいが、お婆に仕込まれたのか目端が利くし頭のまわりもいいようだ。驚いたことに生活魔法が使える。庶民でも使える者はいるけど、コップ一杯の水や種火ぐらいしかできない。それなのに水を木桶に半分もだしてさらに、料理を始めた。
それに、妖精猫に好かれる。お伽噺の妖精猫は気まぐれな妖精だ。気に入った者には、福を授けるという。
北の地方に住む妖精猫が、ふらふらと旅をして美味しい魔力に惹かれてライに憑いた。一緒に居れば気付く者も出るだろう。猫を連れて孤児院というのも無理がある。 どうしたものかと思案して朝を迎えた。
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