前世聖女今世侍女と今にも暗殺されそうな王子様。
私の前世は、聖女という地位についていた。
貧しい人々を救い、傷ついたものを癒し、大地に息吹を空にきらめきを取り戻すようなそんなお仕事だった。
あの頃は毎日が大変で、自分が死ぬ時にやっとこの毎日が終わるのかとほっとしたことをよく覚えている。
だから生まれ変わった私は、今世は今世の仕事である侍女という仕事に専念し、絶対に聖女になどはならないと決めた。
あぁ、聖女が嫌だったわけではない。ただ、激務にはもう耐えられないので、今世ではひっそりと自分の仕事を全うして暮らしていきたいと思っている。
そう思っていたのだけれど、現在私が仕えている主の状況は、見て見ぬふりはできない状況であった。
「……またですか」
ベッドの上に青ざめた状態で横たわっている第四王子殿下であるレビー様は、うっすらと瞳を開けると無理に口を開いた。
「あぁ……メアリー。すまないね。……僕はどうやら今日天へ召されるようだ」
「貴方様がお亡くなりになれば私は無職になるのですが」
「大丈夫だ。そこに推薦状を書いてある」
「……私はここのお仕事を気に入っております。使用人は私一人でございますし、このさびれた離宮でレビー様のお世話をするのは楽しいのです」
率直な感想を言うと、レビー様は真っ青な表情だったけれど楽しそうに笑った。
「あぁ。僕もメアリーとの毎日が楽しかったよ……すまないね」
一体どこで暗殺者に毒をもられ摂取してきたのか。
私は大きくため息をつきながらベッドの上で意識を失ったレビー様の手をそっと握った。
「癒しよ」
そう呟き、空気中に漂う聖なる空気をレビー様の体の中へと循環させていく。そして体からは黒々とした毒が抜け、空気中に漂い始める。
私はそれをじっと見つめていると、きらきらと輝く私の友達の妖精達が集まり始めた。
『珍しい毒だね』
『頻繁に死にかけるなんて生命力弱い王子だね』
『メアリーはどうしてこの子を助けるの?』
私は妖精達の頭を撫でると言った。
「この人はとても優しく、そして、こんな私を救ってくれた方なの。ふふふ。私の初恋の相手なのですよ?」
妖精たちは楽しそうにくるくると回って言った。
『メアリーの大切な人なら、守ってあげる』
『その毒も持ち主に帰してきてあげるね』
「えぇ。お願い。たっぷり体に塗り込んであげて」
『はーい!』
楽しそうにくるくると回った後、妖精たちは飛んで行った。
それを見送った私は、レビー様がすやすやと寝息を立てている姿を見て、よく殺されかける方だぁと息をついた。
生きていてくれて本当によかった。
道端で今世は親もなく金もなく食べるものなどもちろんなく野垂れ死にそうなところを助けてくれて、その上侍女にと雇ってくれた優しい人。
人を拾っては、雇用を見つけ、自分の元では未来がないからと他へと背中を押す姿をずっと見てきた。
私のこともすぐに他の人の元へと送ろうとしたけれど、私は断固としてそれを拒否した。
私は助けられたあの日、レビー様に心を奪われた。
この想いは報われることはないけれど、レビー様の傍にずっといられたならば幸せなことだろう。
さらさらの金色の髪を優しく撫で、顔色が先ほどよりもはるかによくなったレビー様に向かって私は願うように呟く。
「お慕いしておりますわ。ずっとおそばにおいてくださいませ」
そう告げ、私は部屋を出た。
部屋を出ると庭へと向かい、薬草を集め始める。
この離宮には大きな庭があるけれど、私が助けられたころには荒れた野原となっていた。
そんなところに私が来たことで妖精達があつまりはじめて、今では立派な妖精の庭となり珍しい薬草が生えた美しい庭へと変貌を遂げた。
私は必要な薬草をとると、それを煎じて温めたミルクに混ぜ、レビー様の元へと持っていった。
「レビー様? 少し起きられますか?」
部屋に入ると、ベッドから起き上がったレビー様が驚いた表情で私を見ていた。
「メアリー。僕は確かに先ほど死んだと思ったのに、ここは天国かい? 天国にもメアリーがいてくれるのかい? それはなんとも幸運なことだろう」
「残念ながらここはまだ離宮でございます。レビー様。お加減はいかがですか?」
レビー様はその場で体を確かめるようにして動かすと、首を傾げた。
「僕はやっと死んだと思ったのに、どうしただか生きているんだ」
あまりにも暗殺者が送られてきすぎる為か、最近のレビー様は自分の死はいずれくることと受け入れており、私は困ってしまう。
ちなみにこうなったのも国王陛下が突然王太子を実力で決めるとおっしゃったからである。
第四王子であるレビー様はとても優秀な方である。ただ、家から出るのをものすごく嫌がり、王城内の王族に割り振られる仕事を全てこの離宮でこなしているのである。
王位には興味はない様子なものの、仕事が出来すぎてしまうので現在三人のお兄様から命を狙われている不運な王子様。
「レビー様に死なれてしまっては私の居場所は無くなってしまいます。もしも亡くなる際には私もご一緒いたします」
「ふふふ。それは困ったな」
レビー様は生きることに執着をしない。だから、私は困ってしまう。
生きていてほしいと思うのは私のエゴなのではないかと思うと、ぐっと手を握りこんでしまう。
「あぁ、メアリー。そんなに強く握ってはだめだよ。ごめんごめん」
突然レビー様は私のことを腕の中へと抱き込むと、優しく頭を撫でた。
「僕のメアリーは寂しがりだなぁ。ふふふ。僕に生きていてほしいなんて思うのはメアリーくらいだよ?」
楽しそうなレビー様に、私は恨めしそうに視線を向けた。
「……レビー様のお傍にいたいと思うことはいけないことですか?」
レビー様は困ったような表情を浮かべると、パッと私を離して両手をあげて言った。
「僕は、自分の理性と戦うのに必死にならなければならないからね。ふふふ。メアリーはいけない子だなぁ」
「理性? どういう意味です? もしかして子ども扱いですか? 私はこれでも、もう十六歳です」
前世を合わせればかなりの年だ。それなのに今年二十歳になったレビー様は私のことを子ども扱いしてくる。
レビー様は金色の髪と美しい青い瞳で私のことを優し気な微笑みを浮かべて見つめると言った。
「子ども扱いはしていないよ。ふふふ。子どもと思えなくなって困っているんだ」
どういう意味だろうかと私は思っていた、その時、突然妖精達の悲鳴が聞こえてきた。
突然の声に私は驚いて窓の方へと視線を向けると、レビー様も私の視線を追ってそちらの方へと顔を向けた時であった。
窓を突き破り黒服の集団が侵入してきたかと思うと私達を取り囲んだ。
あぁ、ついに暗殺者が実力行使に来たのかと思った。
レビー様が死んでしまう。それが私にとってはすごく怖いことで、体が震え、瞳からは涙が零れてしまう。
「……メアリー……泣いているの?」
レビー様は驚いたような声を出す。
私はレビー様の前で両手を広げると言った。
「この人を殺さないでください! 優しい方です。……お願いです。どうして放っておいてくださらないのですか! 私達は静かに、ここで……暮らしていたいだけなのに!」
暗殺者は何も言わずにナイフを持ち帰るとそれを構えている。
私はどうしてこんなにも無力なのだろうかと思ってしまう。
聖女であっても物理的な攻撃からはレビー様を守ることが出来ない。
レビー様のたった一人の侍女として、身を挺してでも絶対に守らなければと私が思った時であった。
暗殺者が私に向かって一気に詰め寄ると小刀を振り上げたのが見えた。
あぁ、死ぬのかと思った。
どうせ死ぬならば、レビー様をちゃんと助けてあげたかったとそう思った。
指を鳴らす音が聞こえた。
「……メアリー。メアリーは僕のことを看取ってもらわないと困るよ? はぁ。お前達、僕のメアリーにそんな無粋なものを向けるなんて、躾のなっていない獣だね」
目を開けると私はレビー様の腕の中に抱き寄せられており、目の前にいた暗殺者は地面に倒れていた。
他の暗殺者達はどこから現れたのか分からないけれど、黒服の男達に取り押さえられており、レビー様は面倒くさそうにその人達に指示を出した。
「全て片付けておくように。兄上には僕から手紙を書いておこう。ではな」
「「「「「はっ」」」」」
ひょいと私のことをレビー様は抱きかかえると、そのまますたすたと歩き自室のソファへとそのまま座ると、私の頭を撫でた。
「メアリー。危ない人の前に飛び出たらいけないよ?」
その言葉に、私は戸惑い、はくはくと口を開け閉じした後に、やっと言葉を発した。
「あ、あの。その、あの黒服の人達は一体誰でしょうか?」
レビー様は困ったように微笑むと言った。
「メアリーは僕に生きてほしいの?」
「え? 当たり前です」
「うーん。そっかぁ……僕はメアリーに看取ってもらえるならいいかなぁって思っていたけれど、そうか。生きていてほしいのかぁ」
何を当り前のことを言っているのだろうかと思っていると、レビー様は小さく息をついてから指をパチンと鳴らした。
それは一体何なのだろうかと思っていると、いつの間にか部屋に一人の黒服の男性が立っていた。
私はびくりとしてレビー様に抱き着いてしまう。そんな私の背中を大丈夫だというようにレビー様はトントンと叩くと、口を開いた。
「考えを改める。暗殺者は全て排除。今後全ての敵意ある行動に対し全力で反撃をする許可を出す。全員に通達しろ」
その言葉に一瞬、黒服の男性の瞳が輝いた気がした。そして私の方を見て感謝するように笑った。
「かしこまりました」
「下がれ」
「はっ」
私は二人のやり取りを見つめながら、今のは一体何だったのだろうかと思っていると、レビー様は小さくため息をついた。
「あー。面倒くさいなぁ。王子って本当に面倒。父上のせいでもあるけれどさ。こんなことになるならさっさと王位継承権破棄しておけばよかったよ。まぁでもメアリーが生きていてほしいっていうから、今後は出来る限り生きる方向でがんばるね」
ということは今までは生きる方向で考えず、だからこそあんなに毎日のように死にそうになっていたのだろうかと疑問を抱いた。
「……死んでもいいと、本気で思っていたのですか?」
「え? あぁ。あまりこの世に未練もなかったからね。でも、メアリーと暮らし始めてからは、メアリーに看取ってもらいたいって思うようになって……え? 泣いているの?」
瞳からぽたぽたと涙が溢れてくる。
その様子にレビー様は慌てた様子で言った。
「どうしたの⁉ え? なんで? メアリー?」
「私は……私はレビー様と一緒にいる毎日が幸せで、ずっと一緒にいたいって思っていたのに……レビー様はそうではなかったのですね」
「へ? え? いや、違うよ! 楽しかったよ! で、でも……メアリーは僕なんてお荷物だろうしって……思って」
お荷物? 王子様が? なにより、命を助けてくれた人の事をそんな風に思う人間だと、私は思われていたのであろうか。
「……私は、レビー様をお慕いしているのに、レビー様の中で、私はそんなに性格の悪い女なのですね」
その言葉に、レビー様が動きを止めて、私も自分の口にした言葉に、しまったと口を押えた。
まぁたとえ自分の気持ちを知られたとしても、身分差のある不相応な恋であり、私をいつも子ども扱いしてくるレビー様だから適当に流されるのだろう。
私は何てことないように顔をあげると、視界には、真っ赤に顔を染めたレビー様が映った。
「え?」
慌てて両手で自分の顔を隠したレビー様は消えそうな声で言った。
「見ないでくれ。くっそぉ。もう、メアリーには僕本当に敵わないよ。情けない姿ばかり見せて恥ずかしい」
初めて見るそんな表情のレビー様に私は驚いていると、レビー様はちらりと私の方を指の隙間から見つめて言った。
「メアリー。そんな可愛いこと言うと、もう、本当に逃がしてあげられないよ?」
私はどういう意味だろうかとこてんと首をかしげてしまう。
「あの、逃げませんが? メアリーはレビー様と一生一緒です」
たとえレビー様が結婚したとしても、私はそれをちゃんと自分の立場をわきまえて見守るつもりだ。
レビー様の奥様にも最善を尽くす。
お子様はさぞかし可愛らしいことだろう。
そんなことを妄想していると、レビー様が少し落ち着いた表情で私のことをぎゅっと抱きしめると言った。
「僕が逃がさないと言ったのは、女性としてのメアリーだからね」
「へ?」
「僕の傍にいるということは、いずれ僕の伴侶として迎えられる覚悟をしてくれって言っているんだよ」
「は?」
私は驚いて目を丸くすると、嬉しそうにレビー様は笑い声をあげた。
からかわれているのか、それとも本気なのか。
ただ一つ分かるのは、この後すぐに暗殺者は屋敷にくることがなくなったということで、それを片づけたのは紛れもなく自分の主のレビー様であるということ。
眠れる獅子が目覚めたらしいと、どこかの誰かが言っていた。
「……メアリー。僕を看取っておくれね」
「縁起でもないこと言わないでくださいませ」
私は妖精の飛び回る庭にてレビー様の紅茶を用意しながらそう答えた。
レビー様は微笑み、そして庭を見つめながら言った。
「それにしても、メアリーが来てから庭が何と美しくなったことか。まるで妖精の庭のようだね。メアリー……これからもずっと一緒にいてくれね」
「はい。かしこまりました」
私は表情には出さないように、けれどとても嬉しくて気持ちが上がってしまう。
「あれ? 怪我が治っている!」
「持病の胃痛がしないぞ⁉」
「古傷が癒えた⁉」
隠れてこちらを護衛していた者達から驚きの声が次々に聞こえて、私はしまったと精神統一を図る。
「……メアリー。まさか本当に妖精がいるとか……ないよね?」
レビー様がそんな声に、私の方をちらりと見て尋ねてきたけれど、私は素知らぬ顔で答えた。
「さぁ、どうでしょうねぇ」
どうかこの幸せが、一日でも長く続きますように。
私はそう願ったのであった。
読んでくださりありがとうございました。
今後のモチベ―チョンに繋がりますので、ぜひ、★評価やブックマークなどいただけると嬉しいです。よろしくお願いいたします(●´ω`●)
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よろしければ読んでいただけたら嬉しいです!長々と失礼いたしました。
読んでくださった皆様に感謝です。