針の穴を通す雷鳴:断罪の弾丸
聖都を見下ろす小高い丘の上。 サマーズ軍の陣地からさらに離れた偽装ポイントに、二人の男が伏せていた。
一人は、巨大な黒い筒――『対物魔導ライフル・バレット改』を構える、サマーズ衛兵隊一のスナイパー、ヴァイス大尉。 もう一人は、観測鏡を覗く男。先日、サマーズ軍に編入されたばかりの元聖国空騎兵隊長、ゲイルだ。
「距離、二千五百。風……複雑だ。教皇領特有の乱気流が巻いている」 ゲイルが汗を流しながら呟く。 通常の魔法射程の五倍以上。しかも、聖都の周囲には防御結界が張り巡らされ、魔法的な攻撃は感知され、阻まれる。
だが、オリビアの作戦はシンプルだった。 『結界は魔法に反応する。なら、マナを一切帯びないただの鉛玉なら、素通りするわ』
「風を読めるか、空騎兵」 ヴァイスがスコープから目を離さずに問う。
「愚問だ。俺はこの空を30年飛んでいる。……上空の風速8、右から左へ。城壁付近で巻き返しがある。修正、左へ2クリック。タイミングは……俺が指示する」
ゲイルの目は、風の粒子の動きさえ捉えていた。かつて敵だった男が今、サマーズの「目」となり、引き金を引く男を導く。
「標的は、城壁中央の枢機卿。あいつが死ねば、リンクの核が崩れる」
II. 音速の断罪
城壁の上。枢機卿は、動かないサマーズ軍を見て優越感に浸っていた。 『ハハハ! どうした魔王軍! 撃てないか! お前たちの正義など、人質一人の命で止まる程度のものか!』
彼は知らなかった。二キロメートル先から、死神が自分の眉間を覗いていることを。
「……風、止まるぞ」 丘の上、ゲイルが息を止める。 「3、2、1……今だ(マーク)!」
ズドンッ!!
轟音。マナを使わない火薬の爆発力が、タングステンの弾丸を音速の彼方へ弾き飛ばす。 弾丸は聖都の防御結界を――「ただの石ころ」として――何事もなくすり抜け、空気を切り裂いて直進した。
枢機卿が、次の嘲笑を口にしようとした、その刹那。
パァンッ!
枢機卿の頭部が、熟れた果実のように弾け飛んだ。 魔法障壁も、防御魔法も発動しなかった。彼らが感知できない速度と、感知できない物理質量による攻撃。
「え……?」 隣にいた神官が、顔に飛び散った血を拭う間もなく。
パパパパァン!
第二、第三の弾丸が連続して着弾する。 城壁に並んでいた、呪術の維持役である高位神官たちの頭が、次々と虚空に消えていく。
「な、何が起きた!? どこからだ!?」 「魔法反応なし!? 目に見えない矢か!?」
指揮官を失った城壁は大混乱に陥った。そして、術者の死により、壁を覆っていた赤黒い光――「傷害転嫁」の呪いが、ガラスが割れるように霧散した。
III. 閃光と催眠の嵐
「リンク解除確認! 今だ、突っ込めェッ!!」
待機していた第一〇一機動大隊が、堰を切ったように動き出す。 だが、彼らが撃ち込んだのは、榴弾ではなかった。
シュボッ! シュボボボッ!
城壁の内側に撃ち込まれた無数のカプセルが破裂し、白煙と強烈な閃光を撒き散らす。 『広域スタングレネード』および『即効性催眠ガス弾』。
「目が! 目があぁぁ!」 「くっ……急に……眠気が……」
人質を監視していた民兵たちが、次々と膝から崩れ落ちる。鎖に繋がれた人質たちもまた、恐怖を感じる間もなく、深い眠りへと落ちていった。
「確保! 確保せよ! 一人も死なせるな!」 ガスマスクを装着したサマーズ兵が、壁に取り付き、特殊な工具で人質の鎖を次々と切断していく。
「大丈夫だ! 助けに来たぞ!」 「もう痛くない! 眠っている間に終わる!」
悪魔の盾は、オリビアの「物理」と「化学」の合わせ技によって、一人の犠牲も出すことなく無力化されたのだ。
IV. 地底からの咆哮
地上での作戦成功の報告は、即座にヴェルリーナ要塞へ届いた。
「『嘆きの聖壁』無力化完了。人質の保護を進めています」
アルヴァンが安堵の息を吐く。 「やったな、オリビア。これでもう、教皇に盾はない」
だが、オリビアの表情は険しかった。 彼女はモニターの振動計を見つめていた。聖都の地下から、異常な震動波が発生している。
「いいえ……。彼らは時間を稼いだ。盾が破られるまでの間に、『最悪の準備』を整えるための時間を」
ズズズズズ……。 画面越しの聖都が、大きく揺れ始めた。 大聖堂の中庭が陥没し、地底から噴き上げる瘴気が、空を紫色に染めていく。
「来るわよ、アルヴァン。教皇がその身を捧げて呼び覚ました、古代のゴミ処理係が」
オオオオオオオオォォォォォ……!!!
地獄の底から響くような咆哮。 人質救出に沸くサマーズ軍の前に、数百の腕を持つ悪夢――『ヘカトンケイル(百手巨人)』が、その醜悪な姿を現そうとしていた。
聖戦は最終局面へ。 それは、人対人の戦争から、「人対古代兵器」の殲滅戦へと変貌を遂げた。




