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死にかけの第一王子を拾いました 生ず殺さず領土開拓  作者: トール
四章 覇王の胎動 第四節 教皇領 SSS級:信仰の深淵

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嘆きの聖壁(ウォール・オブ・ラメント):悪魔の盾と凍りつく進撃

 聖都の市街地を制圧し、残るは教皇が逃げ込んだとされる大聖堂と、それを囲む内郭のみとなった。  アルヴァン軍の精鋭、第一〇一機動大隊は、大聖堂の正門前に展開し、最終突入の号令を待っていた。


「目標、大聖堂正門。障壁除去後、一気に制圧する! 砲撃用意!」


 大隊長の号令と共に、『陸戦型モクバ』に搭載された魔導砲の照準が、堅牢な城壁に向けられる。  勝利は目前だった。誰もがそう確信していた。


「撃てぇッ!!」


 だが、その命令が実行される直前。  前線の観測手から、悲鳴のような報告が入った。


「う、撃つなァァァッ!! 射撃中止! 繰り返す、射撃中止ィ!!」


「何事だ!? 敵の反撃か!?」


「違います! 壁を……壁を見てください!!」


 硝煙が風に流され、大聖堂の城壁が露わになる。  その光景を見た瞬間、歴戦のサマーズ兵たちの顔色が一斉に蒼白になり、そして嘔吐する者さえ現れた。


 城壁は、石でできていなかった。  「人」で埋め尽くされていたのだ。


 数千人の老若男女――巡礼者、孤児、そして逃げ遅れた市民たちが、鎖で城壁に吊るされ、びっしりと張り付けられていた。彼らの口には猿轡が噛まされ、恐怖と寒さで震える体が、生きた「肉の壁」となって大聖堂を覆い尽くしていた。


 II. 痛覚共有の呪い

「な……なんだこれは……。これが、神に仕える者のすることか……!」  アルヴァン第一王子は、モニター越しにその光景を見て、拳から血が滲むほど握りしめた。


 城壁の上、人質の隙間に立つ枢機卿が、拡声魔法で高らかに笑った。


『ようこそ、魔王の軍勢よ! この「嘆きの聖壁ウォール・オブ・ラメント」の出来栄えはどうかな!?』


「貴様ら……! 民を盾にして恥じないのか!」  アルヴァンの咆哮に対し、枢機卿は冷酷に告げた。


『盾? 違うな。これは「運命共同体」だ』


 枢機卿が、剣の柄で城壁の石組みを軽く叩いた。 ガンッ!


「ぎゃあああああッ!!」


 叩かれた場所とは全く関係のない場所に吊るされた少女が、突然悲鳴を上げて腹部から血を噴き出した。まるで、見えない剣で斬られたかのように。


『見よ! この城壁には古代の禁呪「傷害転嫁ダメージ・リンク」が施されている! 壁が受ける衝撃は、全てここに吊るされた「生贄」たちの肉体に、苦痛と傷となって転送されるのだ!』


 戦慄が走る。  つまり、物理的な「人間の盾」を避けて壁を撃つことさえ許されない。壁に砲弾が当たれば、その衝撃で数百人の人質の内臓が破裂し、即死する。  魔法障壁を張れば、その反動で人質が死ぬ。


『さあ、撃て! 撃てばこの数千の信徒は、貴様らが殺したことになる! 魔王アルヴァンよ、貴様の手で無垢な民を挽き肉に変えてみせろ!!』


 III. 悪魔のステイルメイト

 進軍は完全に停止した。  圧倒的な火力を誇るサマーズ軍だが、その火力こそが、ここでは最大の弱点となった。彼らは「民を救う」という大義名分で戦っている。その民を自らの手で虐殺すれば、アルヴァン帝国の正義は地に堕ちる。


「くそっ……! 手が出せん! 卑怯な!!」  前線の兵士たちは、アサルトライフルを構えたまま、歯噛みすることしかできない。壁からは、人質たちのすすり泣く声だけが、風に乗って響いてくる。


 ヴェルリーナ要塞の指令室。  静寂の中、オリビアだけが冷徹に状況を分析していた。


「……なるほど。物理的障壁と心理的障壁、そして呪術的制約の複合。腐っても教皇領、嫌がらせの才能だけは天才的ね」


「オリビア、感心している場合か! どうする!? このままでは膠着状態だ。地下では儀式が進んでいるのだろう!?」  アルヴァンが焦燥の声を上げる。


「ええ。時間を稼ぐのが奴らの狙い。正面からの火力制圧は不可能。……なら、ルールを変えるしかないわね」


 オリビアは、モニターに映る「嘆きの聖壁」を冷ややかに見据えた。 「壁を叩けば人が死ぬ。なら、『壁に触れずに』中の術者を殺すしかない」


 彼女は、通信機の回線を切り替えた。繋いだ先は、特殊工作部隊――そして、超長距離からの狙撃を得意とする「あの男」だった。


「聞こえる? ……ええ、仕事よ。壁の上の汚れ(枢機卿)を掃除して。壁には指一本触れずにね」


 悪魔の盾によって作られた膠着ステイルメイト。  それを打破するのは、大規模な魔法でも軍隊でもない。針の穴を通すような、極小にして致死の一撃のみ。  地下で「ヘカトンケイル」が産声を上げるまで、残された時間はあと僅かだった。



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