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死にかけの第一王子を拾いました 生ず殺さず領土開拓  作者: トール
四章 覇王の胎動 第二節 ハディ王国 B級:資源と疲弊の戦場

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餓狼の断末魔と黄金の鎖:東方無血開城

 聖戦クルセイドの勃発は、オリビアにとって「千載一遇の好機ボーナスタイム」でした。


 なぜなら、これまでは「他国への侵略」という汚名を着せられるリスクがありましたが、敵側から「殲滅戦」を仕掛けてきたことで、アルヴァン側には「正当防衛」と「邪教からの解放」という、大陸統一のための最強の大義名分カサス・ベリが与えられたからです。


 オリビアの思考回路はこうです。 「向こうが『全土を巻き込む戦争』を望むなら、こちらも遠慮なく『全土を塗り替える』ことができる」


 ◆


聖戦クルセイドだ! 魔王アルヴァンを討てば、天国が約束される!」


 教皇の檄文に踊らされ、ハディ王国とサルノヴァ辺境伯領の国境地帯には、数万の軍勢が集結していた。東の空を埋め尽くす旗印。一見すれば、サマーズを飲み込む津波のようにも見えた。


 しかし、ヴェルリーナ要塞の指令室で、その光景をモニター越しに見下ろすオリビアは、冷徹にグラスを傾けていた。


「哀れね。彼らは武器を持って集まったのではない。『墓穴』を掘るために集まったのよ」


 彼女の指先が、地図上の「物流ライン」を弾く。 その瞬間、サマーズ貿易公社による「完全経済封鎖」が発動した。


「天空の回廊エイル・ロード」と「ブッファ・コネクション」。サマーズが掌握する物流の大動脈は、東方諸国の頭上を遥かに越え、彼らに一粒の麦も、一個の魔石も落とすことはない。


 戦場に届いたのは、神の加護ではなく、「物資枯渇」という絶望的な現実だった。


「隊長! 魔導銃が動きません! 王都から送られてきた魔石が……粗悪品です!」 「兵糧が尽きました! ブッファからの輸入が止まり、ハディ本国ではパン一斤が金貨一枚に……!」


 最前線の兵士たちは、寒さと飢えに震え、錆びついた剣を抱いてうずくまる。彼らは知らなかった。自分たちの命綱である資源と食料の蛇口を握っているのが、これから倒そうとしている「魔王」であることを。


 サルノヴァ辺境伯の陣営。焦燥に駆られる辺境伯の元に、一人の影が忍び込んだ。「漆黒の豹」の諜報員である。


「誰だ!?」 「サマーズからの『慈悲』をお持ちしました」


 影が置いていったのは、一束の書簡。それは、王都のテスラ侯爵とハディ国王の間で交わされた極秘密書の写し(および、王都の地下金庫から盗み出した原本)であった。


 辺境伯は、震える手でそれを読み、顔色を失った。


『サルノヴァは所詮、野心だけの無能な豚。サマーズへの肉壁として使い潰せ。戦後は、ハディ王国がその領地を吸収し、東方を統括せよ』


「な……なんだこれは!? テスラ侯爵は、私を『東方王』にすると……!」


「嘘に決まっているでしょう」 モニター越しに、オリビアの冷たい声が響く。諜報員が置いた通信魔道具からだ。


「貴殿は捨て駒です、サルノヴァ辺境伯。王都は最初から、貴殿をアルヴァン様への生贄にするつもりだったのです」


「おのれ……おのれテスラァァァッ!!」


 辺境伯の咆哮が虚しく響く。飢えた軍隊、枯渇した資源、そして信じていた王都の裏切り。彼は、オリビアが用意した「経済的自壊」と「情報の深淵」の底で、完全に孤立していた。


 飢餓と絶望に狂ったハディ王国の傭兵部隊が、命令を無視してサマーズ領へとなだれ込んだ。


「食わせろ! 肉を寄越せェェ!!」


 それは軍隊の進撃ではなく、ゾンビの群れに等しかった。 彼らを迎え撃ったのは、整然と展開したサマーズ衛兵隊の第一〇一機動大隊。『陸戦型モクバ』のエンジン音が、唸りを上げる。


「警告する。これより先はアルヴァン帝国の聖域。武装解除なき者は、『害獣』として処理する」


 大隊長の無慈悲な宣告と共に、アサルトライフルが火を噴く。 一斉射撃。しかし、狙いは兵士の命ではない。彼らの足元、そして持っている武器だけを、爆裂弾が正確に弾き飛ばす。


「ひぃぃッ! 魔法が……見えない!?」


 圧倒的な技術格差。戦意を喪失し、地面に這いつくばるハディ兵たちの前に、空から『ケンプファー』に乗ったセブンシスターズが舞い降りる。


「可哀想に。お腹が空いているのですね」 彼女たちが差し出したのは、剣ではなく、湯気を立てる炊き出しのスープと、焼きたてのパンであった。


「食え……。アルヴァン様は、投降した者にはパンを与える」


 その瞬間、ハディ軍は崩壊した。兵士たちは武器を捨て、泣きながらパンに群がった。それは、「武力による敗北」よりも決定的な、「心からの屈服」であった。


 翌日。サルノヴァ辺境伯の居城の門が、静かに開かれた。 白旗を掲げ、憔悴しきった辺境伯が、アルヴァン第一王子の前に膝を屈する。


「……私の負けだ。テスラ侯爵に謀られ、貴殿の掌の上で踊らされていた」


 アルヴァンは、アサルトライフルを背負った近衛兵に守られながら、穏やかな表情で辺境伯を見下ろした。


「顔を上げよ、サルノヴァ。私は、貴殿を滅ぼしに来たのではない」


 アルヴァンは、後ろに控えるハリー家令に目配せをする。ハリーが差し出したのは、「エイル硬貨」の詰まった袋と、「サマーズ貿易公社」への参加契約書。


「ハディ王国は既に、我が軍の管理下にある。貴殿も、王都の『腐敗の深淵』と決別し、我が帝国の『経済の光』の一部となれ。東方の民を飢えさせるな」


 サルノヴァ辺境伯は、涙を流して平伏した。 「はっ……! 忠誠を! この身尽きるまで、アルヴァン陛下に忠誠を誓います!!」


 こうして、東方戦線は終結した。 剣戟の音は最小限に、しかし圧倒的な「経済格差」と「情報の刃」によって。 キノア王国の東半分とハディ王国は、一夜にしてアルヴァン帝国の版図へと塗り替えられたのである。


「さあ、次は北だ。偽りの神を討ちに行こう」 オリビアは、北の空を見上げ、薄く笑った。




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