断罪の王笏と狂信の鐘:聖戦(クルセイド)の勃発
キノア王都ノルディア、王城の最も奥深く。謁見の間は、重苦しい沈黙と、腐敗した権力の臭気に満ちていた。玉座に座る国王アダマンは、目の前に突きつけられた羊皮紙を前に、震える手で羽ペンを握りしめていた。
その傍らには、王国の影の支配者、テスラ侯爵が鬼の形相で立っている。
「陛下、ご署名を。これは『親心』でございます」 テスラの声は、甘美な毒のように王の耳に流れ込む。
「アルヴァンは……私の息子だぞ。それを、『王族ではない』と……?」
「息子? いえ、あれはもう人ではありません」 テスラ侯爵は、机上の報告書――サマーズの繁栄と、テルマブル併合の事実――を王に見せつける。
「毒で壊れた精神の隙間に、『深淵の魔女』が入り込んだのです。今の彼は、国を乗っ取るための『悪魔の憑代』。このままでは、キノア王国は魔女の食卓に供される肉塊となりますぞ!」
「魔女……悪魔……」 王の瞳から理性の光が消え、恐怖が支配する。彼は、テスラが作り出した「虚構の深淵」に飲み込まれたのだ。
カリッ……カリカリッ……
乾いた音が響き、署名がなされた。 【勅命:アルヴァン・アセルマン・フォン・キノアの王籍剥奪、および国家反逆罪による討伐令】
「これでよいのです。陛下は、国を守った英雄として語り継がれるでしょう」 テスラ侯爵は、署名された羊皮紙を奪い取るように手にし、口の端を歪めた。 (これで、グッドスピードもブッファも、奴を支援する『法的根拠』を失う。逆賊を匿えば、彼らも同罪だ!)
時を同じくして、スタプア正教会総本山、大聖堂の地下会議室。 教皇と枢機卿たちが囲む円卓は、怒号と焦燥の渦中にあった。
「サマーズの無償医療だと!? エイル硬貨だと!? ふざけるな!」 「信者が減っている! 賽銭箱が空だ! 民衆は皆、『アルヴァン様の奇跡』に魂を売った!」
彼らの信仰の源泉である「富と権威」が、オリビアの「光のチート」によって干上がろうとしていた。彼らにとって、それは教義の否定以上に、組織の死を意味していた。
教皇が立ち上がり、杖を床に叩きつける。 ドンッ!
「認めん……! 認めてなるものか! 我々の特権を奪う者は、神の敵だ!」
教皇の双眸に、狂信という名の暗い炎が宿る。彼は、サマーズの方角を指差し、絶叫した。
「全土に布告せよ! 女神エイルは『邪神』! アルヴァンは『魔王』であると! これは政治ではない、魂の浄化である!」
カァーン! カァーン!
王都の鐘楼が、不吉な音色を奏で始めた。それは、平和への祈りではない。血を求める「聖戦」の開戦合図であった。
翌日、キノア王都の城門には、巨大な布告書が掲げられた。
『聖戦布告:魔王アルヴァンを討て!』
その内容は、瞬く間に大陸中へ伝播した。 教皇の激しい檄文は、北のグレートバレン聖国の狂信的な騎士団を動かし、王都からの資金援助を受けたハディ王国の傭兵たちを、金と贖罪の名目で駆り立てた。
「見よ! 世界がアルヴァンを敵とした!」 テスラ侯爵は、王城のバルコニーから、広場に集結し始めた「十字軍」の熱狂を見下ろして高笑いする。
「王籍はなくなり、神の敵となった。これぞ、『社会的抹殺』! さあ、オリビアよ。貴様の小手先の改革や経済など、この『数と狂気』の暴力の前では無力だ!」
西からはサマーズの「光」が輝きを増す中、王都からはどす黒い「狂気」の軍勢が、波涛のように押し寄せようとしていた。 アルヴァン帝国の存亡をかけた、真の戦いが始まろうとしている。




