天空を穿つ光の道:エイル・ロードの開通
キノア王国と教皇領、そしてハディ王国の国境が複雑に絡み合う、標高三千メートルを超える険しい山岳地帯。万年雪を戴く峰々は、長らく人族の侵入を拒む「天然の要塞」であり、国家を隔てる絶対的な壁であった。
だが、その絶対の壁を見下ろす影があった。
「アルヴァン様。この山脈は、もはや国境ではありません。貴方様の覇道を通すための『礎』に過ぎません」
オリビアは、ヴェルリーナ要塞の作戦指令室で、山岳地帯の立体地図を指し示した。彼女が描いた赤いラインは、旧テルマブル領の南端から、教皇領の北縁・東縁の尾根を走り、ハディ王国の頭上を通過して、ブッファ王国へと至る、常識外れのルートだった。
「教皇領の鼻先を掠め、ハディ王国の頭上を踏みつけ、サルノヴァ辺境伯の頭越しにブッファと繋がる。名付けて、山岳高機動道路『天空の回廊』」
アルヴァンは、その壮大すぎる計画に息を呑んだが、すぐに不敵な笑みを浮かべた。 「山を崩し、谷を埋め、空に道を架けるか……。よかろう。私がその『最初の鍬』を入れよう」
翌日、山岳地帯の尾根に、アルヴァン第一王子と、エドワード率いる土属性魔法使いの精鋭部隊、そしてポージー中隊の土属性使いたちが展開した。彼らの背後には、資材を満載したフロートキャリアの隊列が続く。
「総員、魔力充填! 対象は、目の前の峰から、あの遥か彼方の尾根までだ!」 エドワードの号令が、薄い空気に響く。
アルヴァンが、王者の風格を漂わせながら前に進み出た。彼は、サマーズでの開拓を通じて、土属性魔法の真髄――「大地との対話、そして支配」を体得していた。
「我が意志に応えよ、大地! 『グラウンド・コントロール』!!」
ズゴゴゴゴゴゴォォォォン!!!!
天地が鳴動した。アルヴァンの強大な魔力に呼応し、数十人の魔法使いたちが魔力を注ぎ込む。 鋭く尖った山の峰が、まるで粘土細工のように崩れ落ち、平坦にならされていく。起伏の激しい尾根が、見る見るうちに幅二十メートルの完全舗装道路へと変貌していく。
断崖絶壁が行く手を阻めば、 「『ロックウォール』!!」 魔法使いたちが叫び、岩壁を空中に伸長させる。それは瞬く間に、雲海を跨ぐ巨大な石橋となった。
トンネルを穿ち、橋を架け、山を削る。それは土木工事ではない。地形そのものの改変であった。
「見よ! これが魔法文明の土木チートだ!」 作業を見守る衛兵たちが、出現した「空の道」に歓声を上げる。
わずか数週間後。雲海の上に、一本の白き道が完成した。『天空の回廊』である。
その道は、教皇領を見下ろす位置にありながら、教会の権威が及ばぬ高さにあった。オリビアは、この沿線を「女神エイルの巡礼者保護区」と一方的に宣言し、サマーズ衛兵隊による武装検問所を設置した。
「教会の威光も、この高さには届くまい」
開通初日。サマーズ貿易公社の陸戦型モクバの大部隊が、時速八十キロでエイル・ロードを疾走した。荷台には、ブッファ王国へ送る大量の食料と武器が積まれている。
東の眼下、サルノヴァ辺境伯領。 辺境伯は、見張り台から遥か上空、山岳地帯を高速で移動する物資の列を呆然と見上げていた。
「バカな……! 我が領土の関所を通らずに、ブッファと交易しているだと!? あれでは、我々は『ただの通り道』ですらない! 物流から完全に取り残されるぞ!」
サルノヴァ辺境伯は、頭上を通過する莫大な富を見せつけられ、「経済的孤立」という冷たい深淵に突き落とされた。
そして、そのさらに東、ハディ王国。 彼らは気づいていなかった。自国の領土であるはずの山岳地帯が、いつの間にか敵の大動脈と化し、いつでも頭上からサマーズの精鋭部隊が「雪崩」のように攻め込んでくる状況にあることを。
「道は繋がった。サルノヴァは焦り、ハディは首元に刃を突きつけられたことにすら気づいていない」
エイル・ロードを見下ろす高台で、オリビアは風に髪をなびかせながら、冷徹に微笑んだ。 この道は、単なる交易路ではない。アルヴァン帝国が、東方諸国を「経済と軍事の鎖」で縛り上げるための、天空の絞首台であった。




