ハディ王国の血とサルノヴァの不信
テルマブル王国の併合という鮮烈な勝利から間もない頃。アルヴァン第一王子の背後、真の支配者であるオリビアの視線は、既に次の標的、ハディ王国へと向けられていた。ハディ王国は東のサルノヴァ辺境伯との紛争で疲弊しきっており、その軍事的報復能力は「深淵に沈んだ」とオリビアは冷徹に判断していた 。
キノア王国とハディ王国が接する山岳地帯。国境警備が有名無実化したこの地に 、オリビアの土属性魔法使い部隊が秘密裏に展開していた。彼らが築いたのは、山肌に完全に擬態し、外部からは視認不可能な「採掘要塞」である 。
「グラウンド・コントロール! ロックウォールを多重展開し、採掘口を擬態させろ!」
土属性魔法使いのエドワードが叫ぶ。彼の隣には、ポージー中隊の精鋭たちが並び立ち、集団魔法で山肌を穿っていく。
ズドォォォン!
地響きと共に、地下深くへと採掘坑道が伸びていく 。オリビアの狙いは明確だった。ハディ王国の領土に堂々と鉱山施設を設け、アサルトライフルの弾薬コアとなる高品位魔石や火薬原料を強奪すること 。
オリビアは、衛兵隊から選抜された機動大隊(陸戦型モクバ装備)と共に要塞を視察していた 。
「この資源は、王都の商会を通さず、航空魔導部隊によってヴェルリーナ要塞の秘密貯蔵庫へ直接運ぶ 。ハディが気づいたとしても、サルノヴァ辺境伯との紛争に忙殺されている限り 、即座の軍事的報復は不可能。これは『経済的支配』への最初の一手だ」
彼女の瞳は、ハディ王国の疲弊という「深淵」を逆に利用し、自らの「光の支配」を確立する冷酷な意志を映していた 。
一方、キノア王国の東を治めるサルノヴァ辺境伯の居城。テルマブルの電撃併合に戦慄した辺境伯は、北のグッドスピード辺境伯から送られてきた「アルヴァンの覇道」に関する情報に目を通していた。
サルノヴァ辺境伯は、王都の第二王子派閥に組み込まれつつも、その胸中には「王家からの自立」という野心があった。アルヴァンがテルマブル併合で示した圧倒的な軍事力と経済力は、彼にとって無視できない『光の脅威』となっていた。
サルノヴァ辺境伯は、広間の窓から東の国境、すなわちハディ王国との紛争地帯を睨んでいた。
「くそっ……グッドスピードめ。テルマブルの領土割譲という『報酬』を得て、アルヴァンの覇道を承認したか」
彼は、グッドスピードからの報告書を力任せに握りつぶす。報告書には、テルマブル併合におけるアルヴァンの『光の統治』と、その裏にあるオリビアの冷徹な戦略が描かれていた。
「アルヴァンは、なぜ、このサルノヴァには何も打診してこない!? 我々もハディ王国との紛争で疲弊し、その喉元を握っているというのに!」
テルマブル併合において、アルヴァン陣営がグッドスピード辺境伯と行った「光と鋼の取引」は、サルノヴァ辺境伯には持ちかけられなかった。彼は、王都の第二王子派閥に深入りしすぎた自分の立場を呪った。
「アルヴァンは、グッドスピードを北の楔とし、我々東のサルノヴァを……切り捨てるつもりか?」
グッドスピード辺境伯が得た「光の優遇」に対し、サルノヴァ辺境伯は「深淵の無視」という冷たい対応を受け、その不信感は増幅していく。アルヴァンへの不信、そして彼を懐柔しようとしない王都への不満。サルノヴァ辺境伯の心は、猜疑と焦燥という新たな『深淵』へと沈み始めていた。
オリビアは、ハディ王国の資源を奪うという「経済戦争」と、サルノヴァ辺境伯の不信感を煽る「政治工作」を同時に展開することで、キノア王国の東部戦線をも、自らの覇道へと組み込もうとしていた。




