グッドスピード辺境伯の苦悩と決断:光の恩恵を制御せよ
グッドスピード辺境伯の居城。豪華な執務室は、領内から届く報告書によって、冷たい戦慄に満たされていた。テルマブル旧領に隣接する村々では、アルヴァン帝国のエイル硬貨と無償給湯器の噂が、辺境伯領の農奴たちの間に「羨望という名の炎」を広げていた。
「閣下! 農奴たちの不満が限界です! 『テルマブルの奴らはタダで暖を取っているのに、なぜ我々は古き深淵のままなのか』と! このままでは、農奴一揆は避けられません!」 家令の顔は、恐怖に歪んでいた。
辺境伯は、窓の外、雪化粧を始めた北の山脈を睨みつける。テルマブル併合で得た領土拡大の喜びは、アルヴァンの経済的チートによって、瞬く間に支配の危機へと転じたのだ。
「アルヴァンめ……軍事力だけでなく、経済的な光で我が領地を内部から揺さぶるとは!」
辺境伯は、自らの権威を維持しつつ、アルヴァンの「光の恩恵」を制御下に置くことを決断した。
「全領内に布告せよ! テルマブル領と魔石製品の輸入枠を拡大する! 魔導給湯器、魔導炉を、我らが通貨、キノア王国通貨で販売を許可する!」
これは、テルマブルのように「無償」ではない。辺境伯は、アルヴァンと直接交渉し、キノア通貨での取引枠を確保した。これにより、領民はテルマブル領と同等の利便性を享受できるが、その対価は辺境伯の財政に入る。
さらに、辺境伯は農奴階級に「希望の光」を投げかけた。
「長年の貢献と功績のある農奴に対し、一定の金銭を納税することで、領都の職人、または軍事関連産業の労働者への転職を認める! 『限定的自由市場』を導入する!」
この政策は、農奴の不満を「一揆」ではなく「経済的努力」へと昇華させた。農奴たちは、テルマブル領の「光」を「羨望」するのではなく、自領で「獲得」できる目標を得たのだ。
数週間後、辺境伯領の富裕層や一部の職人地区には、サマーズから輸入された魔導給湯器が設置された。温かい湯が出る光景は、領民の不満を一瞬で鎮静化させた。
「ありがたや、辺境伯様! 我々も、テルマブル領と同じ恩恵を受けられるとは!」
「辺境伯は、アルヴァン陛下の『光の力』を、我々にも分け与えてくださったのだ!」
辺境伯は、アルヴァンのチートを「利用」しつつ、その経済的な衝撃を「制御」下に置くことに成功した。しかし、彼の胸中には、アルヴァンの「経済的深淵」が、常に自らの支配体制を試しているという、冷たい戦慄が残っていた。
「これで、当面は耐えられる。だが、真の戦いは、アルヴァンの次の経済的チートにいかに対応するかだ……!」
テルマブル併合後、グッドスピード辺境伯領の兵士たちには、複雑な感情が渦巻いていた。彼らは長年、キノア王国の「北の壁」として命を懸けてきた誇りを持っていた。しかし、アルヴァンが血を流すことなくテルマブルを制圧し、その兵士たちがエリート士官として遇されている現実は、彼らの「武力の価値」を揺るがした。
「俺たちが何十年も血を流して削り合ったテルマブルを、アルヴァンの坊主は空飛ぶバイクで一瞬で終わらせた……。俺たちの戦いは、何だったんだ?」 辺境伯領の古参兵が、酒場で呻いた。
辺境伯は、この士気の低迷こそが、アルヴァンの軍事的な光に対する最大の危機であると理解していた。一揆を鎮圧するべき兵士の心が、既にアルヴァンに傾きかけていたのだ。
辺境伯は、アルヴァンとの「戦略的協力の対価」として、大胆な政策を打ち出した。
「全兵士に告ぐ! 我々は、テルマブル領から割譲された新領土の防衛という、より重大な使命を担う! よって、全兵士の給与を、アルヴァン帝国のエリート士官に匹敵する水準まで引き上げる!」
辺境伯の決断は、兵士の忠誠心を瞬時に買い戻した。給与の引き上げは、アルヴァン帝国の経済力が、辺境伯領の武力を支えているという「事実」を示した。
さらに、辺境伯は「慈悲の光」を兵士に限定して解放した。
「アルヴァン陛下との特別協定により、女神エイルの治療院が我が領に設置される! 対象は、グッドスピード辺境伯軍の兵士とその家族に限定する!」
辺境の軍事拠点に、テルマブルから派遣されたセブンシスターズの巫女が、穏やかな表情で到着した。
「まさか……この傷が、タダで癒えるのか?」 長年の紛争で膝に古傷を持つ兵士が、恐る恐る手を差し出す。
巫女が手をかざすと、眩い光が傷を包む。『ハイキュア』の魔法が、長年の痛みを瞬時に消し去った。
「ああ、痛みが消えた……! 辺境伯様は、我々を見捨てていなかった!」
辺境伯は、アルヴァンとの「取引」を通じて、自らの「恩寵」を兵士に与えることに成功した。兵士たちは、アルヴァンへの「羨望」を、辺境伯がアルヴァンから「引き出した武力の恩寵」として解釈し、忠誠心を再構築した。
「我らが辺境伯こそ、アルヴァン陛下の最強の協力者! 辺境伯の指揮こそが、我らに光の恩恵をもたらすのだ!」
兵士たちの眼光には、再び誇りが宿った。辺境伯は、軍事的な優位性を維持しつつ、アルヴァン帝国の「福祉的チート」を、自らの「支配の道具」として制御下に置いた。彼は、アルヴァンを「対外的な強大な後ろ盾」として利用し、自領の武力支配を盤石なものとしたのである。
テルマブル旧領の急速な発展と、アルヴァンの「統一国家史観」は、グッドスピード辺境伯領の領民の間に、「我々の犠牲は無意味だったのではないか」という深刻な疑問を投げかけていた。このままでは、領民の心はアルヴァンの「光」に奪われ、辺境伯の権威は空洞化する。
辺境伯は、このイデオロギーの危機を乗り越えるため、自領の歴史を「アルヴァン統一国家史」に組み込む、大胆な広報戦略を決定した。
「ただちに、領内の教会、学校、広場に御触れを出せ! テルマブルの発展は、長年の『北の盾』としての我が軍の功績の賜物であると!」
辺境伯領で配布された新しい小冊子『北の盾の真実』には、テルマブルの発展は、他ならぬグッドスピード辺境伯軍が、何十年も「消耗の深淵」の矢面に立ち続けた「犠牲」の上に、アルヴァンの「平和的な統治」が実現したのだと記されていた。
辺境伯領の広場。伝達官が、小冊子を読み上げる。
「テルマブルの国民が今享受する平和と豊かさは、我らが辺境伯軍が流した血と汗によって守られたもの! 我々こそが、アルヴァン陛下が平和的な統治を確立するための『大いなる犠牲』を払ったのだ!」
領民の瞳の輝きが、「羨望」から「誇り」へと変わっていく。彼らは、テルマブルとの単純な比較を止め、自らの「対外防衛の美徳」に価値を見出し始めた。
「そうだ! 俺たちが頑張ったからこそ、テルマブルの奴らは今、平和を得たんだ!」 「我々の苦労は、アルヴァン陛下の統一国家樹立という大局を見据えた戦略的貢献だったのだ!」
辺境伯は、アルヴァンへの恭順を「大局を見据えた英断」として、自らの権威を再構築した。
「アルヴァン陛下がテルマブル併合を達成できたのは、我が辺境伯が王都の第二王子派閥への支援を断ち切り、陛下の覇道を最速で支援した結果である! 我々こそ、陛下が築く統一国家の『共同経営者』の一員である!」
この広報戦略により、辺境伯は、アルヴァンの「統一国家樹立」という不可避の流れの中で、自らの地位を「服従者」ではなく「戦略的協力者」へと昇華させた。領民の支持は、辺境伯の「大局的な知恵」と「過去の功績」に改めて結びつき、彼の支配は、アルヴァンの「光」を制御しつつ、盤石なものとなった。
「フッ……オリビアよ。貴様の『光の統治』は強力だが、この辺境伯の『政治の盾』も、そう易々と破れるものではないぞ」 辺境伯は、遥か南のサマーズへ向け、静かなる挑戦状を突きつけた。




