第八十二話 グレートバレン聖国への宣戦布告
テルマブル王国の首都を制圧した翌日。戦慄と歓喜が交錯する街の中心部、旧王宮前の広場に、アルヴァン第一王子とオリビアが並び立った。アルヴァンは「解放者」として市民の熱狂的な支持を浴びていたが、真の支配者であるオリビアの眼差しは、遥か北、グレートバレン聖国の方向を見据えていた。
「テスラ侯爵、スタプア正教会、そして北の未知の権威ども……アルヴァン様の光は、お前たちの信仰の深淵すら飲み込む!」
オリビアは、アルヴァンに用意させた「併合後最初の御触れ」を、テルマブル市民の前に高々と掲げさせた。
アルヴァン第一王子の背後には、アサルトライフルを構えた衛兵隊と、ブロンドのハイライトが輝くセブンシスターズが整然と並ぶ。彼のヴァイオレットの瞳は、未来の皇帝としての揺るぎない光を放っていた。
「テルマブル王国は、本日より統一国家の光の礎となる!」アルヴァンの声が、広場に響き渡る。「我らが神、回復と治癒の女神エイル様は、この地に無限の恩寵を約束された!」
そして、オリビアが用意した御触れが、市の伝達官によって読み上げられる。
「よって、直ちにこの首都中心部に、女神エイル大神殿の建立に着手する! 規模は、教皇領のリリエータウン大聖堂を凌駕するものとする!」
広場は一瞬静まり返り、次いで、驚愕と熱狂の渦が巻き起こった!
「大神殿だと!? 教会総本山を超える規模の……!」 「アルヴァン様は、神の恩寵をこの地に永続させるおつもりか!」
テルマブル併合の凶報は、教皇領の北に位置するグレートバレン聖国にも瞬時に届いた。彼らは、教皇領に近接し、信仰の権威を共有する保守的な勢力。アルヴァンが、旧王宮の敷地すら利用して「大神殿」を建立する、という報に、聖国の枢密院は激しく動揺した。
グレートバレン聖国の枢密院。長老たちは、白い髭を震わせながら、テルマブルからの緊急報告書を睨みつけていた。
「馬鹿な……! あの若き覇王は、テルマブルを武力で征服したのではない! 信仰の独占という、我らが生命線に刃を突き立ててきた!」
「大神殿の建立は、我々グレートバレン聖国への露骨な牽制である! 教皇領の権威が揺らぐ今、女神エイルの光が、北の民の魂を奪いに来るぞ!」
彼らにとって、テルマブル併合は単なる領土問題ではなかった。テルマブルの無償医療と大神殿建立は、女神エイルの布教活動を、彼らの門前、すなわち教皇領の境界線にまで拡大することを意味していた。
「アルヴァンの狙いは、教皇領への直接攻撃ではない……。我々聖国を信仰の最前線に立たせ、スタプア正教会の防波堤として機能させようとしているのだ!」
枢密院の長老は、オリビアの冷徹な戦略を見抜き、全身を震わせた。テルマブル併合は、軍事と経済の成功に飽き足らず、信仰という名の深淵を揺さぶる、光の権威の確立を意味していたのだ。
広場に戻ったオリビアは、アルヴァンに大神殿建立の御触れを読み上げさせ終えると、静かに市民を見渡した。彼女の狙いは、二つ。
一つは、教皇領とグレートバレン聖国への牽制。女神エイルの光を北の地へ固定し、旧体制の信仰の権威を、テルマブルの地で無効化すること。
もう一つは、テルマブル国民の支持の永続化。大神殿と無償医療を一体化させ、彼らの生活と幸福が、「アルヴァンと女神エイルの恩寵」と切り離せないものだと、永遠に刻み込むこと。
「アルヴァン様、これでテルマブル国民の心は完全に掴めます。そして、北の未知の勢力は、我々の信仰の力を恐れるでしょう」
オリビアの瞳の奥で、グラーブ大陸全土を覆い尽くす、巨大な光の統治機構の青写真が、冷たい輝きを放っていた。テルマブル併合は、その北の楔に過ぎない。




