第七十八話 極北の夜:消耗の深淵に落ちるテルマブル
キノア王国北西。グッドスピード辺境伯領とテルマブル王国の国境が接する、凍てつく山脈の上空八千 。この極北の闇を切り裂くように、十数機の漆黒の影が、風切り音一つ立てずに滑空していた。オリビアの精鋭、航空魔導部隊「漆黒の豹」である 。
隊員たちは、高性能エアバイク『モクバ改』を駆り、その身を『結界四式』の防御結界とステルス機能に委ねていた 。彼らの任務は、武力介入ではない。テルマブル王国を、既存の紛争という名の『消耗の深淵』へ、静かに、しかし決定的に引きずり込むことだった。
「こちら、ゼロワン。目標の軍事配置を確認 。テルマブルの第3機甲師団、予定通り国境線に張り付いている」 中隊長フリーダ (9歳 )の冷徹な声が、サイコミュシステムを通じてオリビアの作戦指令室へ届く 。
オリビアはヴェルリーナ要塞の指令室で、送られてくるテルマブル軍の配置情報を巨大なモニターで見つめていた 。彼女の瞳には、テルマブル軍の補給線、司令部の位置、そして辺境伯軍の攻勢ポイントが、光の線で精密に描かれていた 。
「ゼロワン、その情報を直ちにコードネーム『北風』へ送れ 。そして、テルマブル軍の通信拠点を特定。作戦は『限定的妨害』へ移行する 」
「御意 !」
グッドスピード辺境伯の主戦場。テルマブル軍の野営地から十数キロ離れた、辺境伯軍の指揮テントに、一羽の文鳥が舞い降りた 。文鳥は、キノア王都の文鳥とは比べ物にならないほど早く、正確だった 。
「閣下! 差出人不明の緊急情報です! 敵の補給線、座標アルファ・セブンを通過中! そして、敵司令官の夜間巡回ルートまで……!」 情報士官が、文鳥の足から外した極小の巻物を見て、声を震わせる。
「馬鹿な……。これは、我らが斥候が血を流して得られぬほどの精密度だ!」 辺境伯の指揮官は、その匿名情報 の光に驚愕した。情報が本物だとすれば、辺境伯軍はテルマブルに対し、圧倒的な戦術的優位 を握ることになる。
その頃、テルマブル軍の補給線。夜間の行軍が、極北の闇を進んでいた。
「こちら、ブラボー隊。敵の補給部隊が接近中。モクバ改の機動力で上空から仕掛ける」 航空魔導部隊の別働隊が、補給線の真上に音もなく ホバリングする。
作戦:限定的妨害 。サマーズの関与は絶対に露見させてはならない 。
ドォン!
漆黒の影から、『ジャイアントバズーカ』の砲弾が放たれる 。目標は補給物資ではない。補給路を守る通信中継拠点 。爆発は限定的 、しかし通信機材は粉砕された。
さらに、暗闇に潜む兵士たちの眼窩に、『アサルトライフル』から放たれた小口径高速の爆裂魔石弾が正確に打ち込まれる 。その光景は、ゲリラ的な「山賊の凶行」 、あるいは「魔物の群れによる奇襲」 としか映らない。
「くそっ! 山賊か!?」 テルマブルの指揮官は、断絶した通信と、夜間に突如発生する兵士の不可解な死に、ただ混乱するばかりだった。テルマブル軍は、直接的な大損害を受けていないが、補給と指揮系統の麻痺という『消耗の深淵』に、静かに沈み始めた 。
極北の戦場から遠く離れたサマーズ領。オリビアは指令室のモニターを消し、静かにアルヴァンへ告げた。
「計画は順調です、アルヴァン様。テルマブル王国は、消耗の深淵に足を取られました 」
「うむ。そして、北の番犬(グッドスピード辺境伯)は?」 アルヴァンの瞳が光る。
「辺境伯は、我々が提供した情報 と、テルマブル軍の不可解な消耗 を見て、サマーズの『情報力と軍事技術』が、彼らの長年の紛争を終わらせる『光』であることを理解し始めています 。彼らを王都の第二王子派閥から、アルヴァン様の強大な後ろ盾へと引き込むための地盤は固まりました 」
オリビアの目的は、テルマブル併合だけではない。グッドスピード辺境伯という強力な武力を、王都の深淵からアルヴァンの旗の下へ引き込むこと 。
「テルマブル王国を限界まで消耗させ、その後に来るのは『光と鋼の取引』です 」
アルヴァンの顔に、彼の内面に潜む深淵を完全に克服した、冷徹な覇王の笑みが浮かんだ。




