黄金の戴冠と運命の婚儀:アルヴァン帝国の誕生
かつての腐敗と戦火に塗れた王都ノルディアは、その日、世界で最も眩い「黄金の都」へと変貌を遂げていた。 王城へと続く大通りには、サマーズ貿易公社が提供した最高級の白シルクが敷き詰められ、その両脇を、漆黒の装甲に身を包んだ「漆黒の豹」と、白銀の鎧を纏ったブッファ王国の「皇后直属騎士団」が、寸分の乱れもなく警護している。
空を見上げれば、無数の『モクバ改』が虹色の魔力煙を引きながら旋回し、女神エイルの祝福を示す黄金の花弁が、粉雪のように街に降り注いでいた。
この日、アルヴァン・アセルマン・フォン・キノアは、旧態依然としたキノア王国を解体し、大陸全土を統べる「アルヴァン帝国」の初代皇帝として即位する。
正午。王城の大階段に、一基の豪華なフロートキャリアが現れた。 そこに乗っていたのは、ブッファ王国第二王女、アンジェリーナ。
彼女の纏うドレスは、北方の伝統的な意匠とサマーズの技術が融合した逸品であった。深紅のベルベットに、北方のダイヤモンドが天の川のように刺繍され、彼女が歩くたびに微細な魔力が弾け、物理的な「光の衣」となって彼女を包み込む。
「アルヴァン様……いえ、陛下。ようやくこの日が参りましたわね」
アンジェリーナは、かつての勝気な王女としての顔を封印し、帝国の母としての気品に満ちた微笑を浮かべていた。彼女が階段を上るたびに、民衆からは地鳴りのような歓声が上がった。それは、過酷な「北の獅子」たちが、ついに南の太陽と結ばれることへの祝福であった。
大聖堂での即位式。再建された祭壇の前で、アルヴァンは待っていた。 彼は伝統的な王の法衣ではなく、帝国元帥服に身を包んでいた。質実剛健な軍服の意匠に、皇帝の証である真紅の対魔導マントが翻る。
アンジェリーナがアルヴァンの前に辿り着いたとき、儀式の進行は完璧であった。 タイミング、演出、魔導具の出力――それら全てを舞台袖の暗がりから制御しているのは、一人の少女、オリヴィアである。
オリヴィアは漆黒の参謀服に身を包み、黄金のタブレットを淡々と操作していた。彼女は知っている。今日この日は、アルヴァンとアンジェリーナが民の心に深く刻まれるための儀式であることを。自らが表に出る必要はない。知恵は常に影の中にこそ宿るのだ。
アルヴァンは、アンジェリーナの手を取り、力強く引き寄せた。 二人の頭上に、オリヴィアが自律飛行魔法で制御した「恒久平和の宝冠」が、祝福の光を放ちながら舞い降りる。
アルヴァンがアンジェリーナと共に、バルコニーから民衆の前に姿を現す。
「我が民よ! 混沌の時代は終わった! 今日この時より、我らは一つの帝国、一つの家族として、新たなる太陽の道を歩む!」
ワァァァァァァァァァァァッ!!!!!
王都中に、数百万人の叫びが轟いた。 アンジェリーナは、アルヴァンの隣で眩いばかりの笑顔を見せ、民に手を振る。その「光」こそが、疲弊した民衆が求めていた救いであった。
V. 束の間の宴、予感される宿命
祝宴の夜。王城の最上階で、アルヴァンはアンジェリーナと並んで夜景を見下ろしていた。 地平線の彼方まで、魔導灯が街を白く輝かせ、かつての暗い夜を完全に追放している。
「あら陛下、今夜くらいは難しいお話は抜きにしましょう。ブッファの銘酒をお持ちいたしましたわ」 アンジェリーナが、華やかに笑ってグラスを差し出す。
アルヴァンは、傍らに立つ愛妻、アンジェリーナの肩を抱いた。 「ああ、お前の言う通りだ。今夜は、この素晴らしい国に酔うとしよう」
アルヴァンは豪快に笑い、グラスを傾ける。その傍らには、アンジェリーナという「愛」が溢れていた。
一方で、城壁の端、月明かりも届かぬ暗がりに、オリヴィアは一人立っていた。 彼女の視線の先には、賑わう都ではなく、遥か北の空……女神エイルが座すであろう「深淵の先」に向けられていた。
(アルヴァン様、アンジェリーナ様。この平穏を、どうか守り抜いてください)
オリヴィアは胸元に手を当てた。そこには、女神の徴が微かに熱を帯びている。 彼女には分かっていた。自分は「知恵」として彼らを支えるためにこの地に降り立ったが、いずれまた、この世界の理を調整するために女神に呼ばれる時が来ることを。
今宵、アルヴァンという太陽とアンジェリーナという星が輝く下で。 オリヴィアは、ただ静かに、訪れるべき別れの予感を胸に秘め、闇の中に消えていった。




