封印都市ノルディア:魔族の遺産と時間の迷宮
王城の尖塔で国王アダマンの救出に成功し、さらにテスラ侯爵が潜む地下最深部の魔族遺産ゲートへ急ぐオリビアとアルヴァン。しかし、テスラ侯爵は既に最終起動を完了させていた。
そこは、王都の建設計画よりも遥か古代、大陸に魔族が跋扈していた時代に作られた、巨大な魔導回路のハブだった。テスラ侯爵家が代々、その存在を秘密裏に管理してきた「王都の心臓」。
「フフフ……アルヴァンめ。貴様の愛する父も市民も、もう私の手の中にある」
侯爵は、広大な石室の中央に立つ、黒曜石の巨大な柱に手を置いた。柱には、おぞましい魔族の文字がびっしりと刻まれている。これこそ、王都全体を外部から切り離す「魔族遺産」の制御装置だった。
「聖戦? 聖王? どうでもよい! 私が望むのは、貴様が屈辱に塗れて崩壊することだけだ!」
侯爵は、柱に己の魔力を注ぎ込んだ。
ゴオオオオオオオオォォォォォ……!!!
石室全体が、濁った赤黒い光に包まれた。地下に張り巡らされた古代の回路が一斉に起動し、王都全体を覆い始める。
II. 外部との断絶、閉ざされた時空
地上、王都を包囲していたアルヴァン軍の陣営に、異常事態が発生した。
「魔力通信が途絶! 王都との通信が、完全にシャットアウトされました!」 「上空からの視認も困難に! 黒い霧が王都全体を覆っています!」
指令室のモニターに映し出されたのは、王都ノルディアが、まるで巨大な「黒いドーム」に覆われたかのような光景だった。ドームは外部からの全ての魔力を弾き、内部の情報を一切漏らさない。
「くそっ! 結界か! 我々の砲撃は弾かれる!」 アルヴァンが机を叩く。
「オリビア! この結界は何だ!? スタプアの技術ではない!」
オリビアは、震えながら古代の文献と照合していた。 「これは……『ディメンション・シフト・シールド』。魔族の遺産です。都市全体を外部の『時間軸』から切り離し、籠城に必要な物資の消耗を極限まで抑えるためのものです!」
「時間の切り離しだと!?」
「ええ。内部の食料は腐らず、兵士は疲労せず、魔力は自然回復する。そして外部からは、一切の魔法的な干渉が不可能! まるで『時間の迷宮』よ!」
テスラ侯爵は、王都を「永遠に籠城可能な要塞」へと変貌させたのだ。アルヴァン軍が外部でいくら包囲を続けても、王都内部の時間は止まっており、物資が尽きることはない。
III. 恐怖の連鎖と魔族の招待状
結界が起動した直後、テスラ侯爵は第二の手を打った。
地下の一室に隠されていた、古代の「転移門」の起動。教皇領ほど大規模ではないが、王都の地下を複雑な迷宮にするには十分な数の魔物が放出された。
王都内部。強制徴兵されていた市民兵たちは、恐怖に打ち震えていた。 テスラ侯爵が築いた城壁は、魔族の結界によって防御されていたが、内部は魔族の徘徊する危険地帯と化した。
「テスラ侯爵は、王都を『魔物との共同生活』を強いる地獄に変えたのよ!」
広場に集められた市民兵たちの士気は、急速に崩壊した。彼らはもはやアルヴァン軍と戦うことよりも、いつ魔物が現れるかという恐怖に苛まれるようになった。
さらに、テスラ侯爵は、遠方の「魔王国」への通信に成功していた。
『キノア王都の半分と、周辺領土を割譲する。対価は、逆賊アルヴァンの殲滅だ』
テスラ侯爵は、自国の首都を魔族に明け渡すという、究極の売国行為に手を染めたのだ。彼は、アルヴァンの完全勝利だけを避けられれば、世界がどうなろうと構わなかった。
IV. 最後の希望、針穴の光
包囲陣地の指令室。アルヴァンは、封鎖された王都の黒いドームを見つめ、深いため息をついた。
「もう時間が残されていない。この結界が完全に定着すれば、外部から破壊することは不可能だ」
「いいえ、アルヴァン様。不可能ではありません」
オリビアは、自らが持ち込んだ小型の魔導探知機を凝視した。
「魔族の遺産にも、必ず『欠陥』がある。この『ディメンション・シフト・シールド』は、物理的な攻撃は弾くが、『マナを帯びていない極微細な物質』に対する防御が薄い」
「つまり、ヴァイスの狙撃は通るということか?」
「いえ、狙撃ではゲートのコアを破壊できません。ゲートを破壊するには、内部に侵入し、直接コアを物理的に破壊するしかない」
オリビアは、王都の地下に引かれた、古代の導水路の細い線図を指差した。
「テスラ侯爵は、物理的な脱出路を全て塞いだと信じている。しかし、彼が制御している魔導結界回路の隙間には、『マナが流れていない場所』が存在する」
「その、マナが流れていない場所を通って……」
「ええ。その『針穴』のような空間を通れば、結界の影響を受けずに内部へ侵入できる。そして、地下最深部で、テスラ侯爵と魔族の遺産を同時に叩く」
オリビアの顔に、決意と、わずかな諦めが浮かんだ。 「私が内部へ侵入し、結界の制御装置を破壊します。成功すれば、王都は解放されます。失敗すれば……」
「失敗すれば、王都は魔族の領土となる」 アルヴァンは、オリビアの目を見つめ、静かに答えた。
「行かせない。私が、オリビアと共に行く」
「陛下は……」
「私はもう、王ではない。王都の外で待機する『アルヴァン軍の兵士』だ。私は、この世界の未来のために、オリビア、貴女と共に、地獄の蓋を閉めに行く」
オリビアは、その決意の瞳に、かすかに微笑んだ。 王都ノルディア。それは、人類の希望と、魔族の遺産が交差する、最後の決戦の場となった。




