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死にかけの第一王子を拾いました 生ず殺さず領土開拓  作者: トール
四章 覇王の胎動 第四節 教皇領 SSS級:信仰の深淵

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死兵の都:アンブロシアの甘い誘惑

 大聖堂がヘカトンケイルによって破壊され、聖都の秩序が完全に崩壊した数時間後。  アルヴァン軍の第一〇一機動大隊は、残された市民の救助と、教皇庁の残党掃討のため、市街地へ突入した。


「慌てるな! 隅々まで捜索し、取り残された住民を保護しろ! 教皇庁の残党は捕獲優先だ!」


 大隊長の号令が響く。聖都の市民たちは、恐怖に怯えながらも、サマーズ兵の差し出す温かいパンと水を受け取っていた。 「これで……助かったんだな……」 「女神エイル様万歳……!」


 しかし、その水は、数日前から教皇が「神の恩寵」と偽って、井戸水や配給食糧に密かに混入させていた、禁忌の秘薬『アンブロシア』の効力が、まさに発現しようとしていたのだ。


 広場に集められた市民の中に、一人の老人がいた。彼は嬉しそうにパンを頬張り、サマーズ兵から受け取った水をゴクリと飲んだ。  その瞬間、老人の顔に奇妙な痙攣が走った。目は血走り、口元からは泡が吹き出す。


「おやっさん、どうした!?」  駆け寄った兵士の腕を、老人が信じられない力で掴んだ。


「ク……ラ……エ……」


 老人の口から、言葉にならない、獣のような唸り声が漏れる。そして、その手に持っていたパンが、兵士の顔面に叩きつけられた。


「うわっ!」


 同時に、広場に集まっていた他の市民たちも、次々と異変を起こし始めた。 「あ、あの人は……!」 「目が……おかしい……!」


 彼らの顔からは表情が消え、まるで感情を失った人形のように、しかし体からは病的なまでの興奮が放たれている。


『グゥアアアアァァァッ!!』


 集まっていた市民の群れが、一斉に獣のような咆哮を上げて、目の前のサマーズ兵に襲いかかった。


 II. 助けの手が牙に変わる街

「な、なんだ!? 敵か!?」 「違う! 市民だ! 俺たちが助けたはずの……!」


 サマーズ兵たちは、助けようとした人々が、牙を剥いて襲いかかってくる現実にパニックに陥った。  彼らは武器を持たない。だが、常軌を逸した膂力で兵士の腕を掴み、喉元に噛み付こうとする。


「撃つな! 市民だぞ!」 「でも、こいつら……明らかに俺たちを殺しに来ている!」


 迷いが、兵士たちの動きを鈍らせる。その隙を突き、何人かの兵士が喉元を噛み砕かれ、血飛沫を上げた。


「くそっ……! 殺すな! 武器を破壊しろ! 無力化だ!」


 大隊長が叫ぶが、市民たちの数は圧倒的だった。狭い路地裏で囲まれれば、アサルトライフルを構える間もない。


 アンブロシアの恐ろしさは、それだけではなかった。  兵士の一人が、胸を突き破って倒れた市民の横を通り過ぎた、その瞬間。


 ドシュッ!!


 市民の体が破裂した。飛び散る体液と肉片。それに触れた兵士が、突然咳き込み、その場に倒れ込んだ。


「う、うつるのか!? この毒は感染するのか!?」


「報告! 死亡した市民の体内から、腐敗毒と魔力活性化剤の反応を検出! 体液は高濃度の毒素を含んでいます!」  通信兵の悲鳴が、指令室に響き渡る。


「これは……『死兵の都』だ……」  オリビアは、モニターに映る混乱した市街地を見て、憎悪に顔を歪ませた。  教皇は、聖都そのものを「侵入者を道連れにする巨大な毒の沼」へと変え、自滅と引き換えにアルヴァン軍の壊滅を狙ったのだ。


 III. 焦土の選択

「オリビア! どうする!?」  アルヴァンが焦りを露わにする。 「このままでは、兵士たちが精神的に持たない! 市民を殺すこともできないし、かといって見殺しにもできない!」


 アンブロシアの毒に侵された市民たちは、痛みを感じないため、いくら攻撃されても止まらない。彼らの肉体は毒素を生成し、死亡すれば爆発する。まさに「生体爆弾」と「狂戦士」の複合体。


「……市民の救出は不可能。感染拡大を防ぐためには、区域全体の『浄化』しかない」  オリビアの言葉に、指令室の空気が凍りついた。


「浄化……まさか、全滅させる気か!?」 「それが最も被害を抑える方法よ」  オリビアは目を伏せる。


「市街地内の全兵士を緊急撤退させ、区域を魔法的に封鎖。その後、上空からの『広域魔法焼き払い(グランド・フレア)』を実行する。……そうすれば、毒素も、狂気に侵された人々も、全て塵と化す」


 アルヴァンは絶句した。それは、彼が最も避けたかった「無辜の民の虐殺」を意味する。  市民を救うはずの軍が、市民を焼き殺す。正義を掲げるアルヴァン帝国が、その手で血塗られた歴史を刻むことになる。


「だが……それでは我々の大義が……」


「大義など、生きていなければ語れないわ。この毒素が広まれば、グラーブ大陸全体がアンブロシアの狂気に飲まれる。教皇は、『道連れ』を選んだのよ」


 IV. 黒い雨と懺悔

 苦渋の決断だった。  市街地から、最後のサマーズ兵が撤退を完了した。  聖都の空には、航空魔導部隊「漆黒の豹」が展開している。彼女たちの機体の下には、浄化の魔法陣が形成され始めていた。


「目標、旧聖都市街地全域。魔法承認。ターゲットロック」


 オリビアの指令が、空に響く。  一瞬の静寂。


 ゴオオオオオオォォォォォォォォォ……!!!


 空から、巨大な炎の雨が降り注いだ。  聖都は、一瞬にして業火に包まれた。


 遠く離れた指令室で、アルヴァンは目を閉じ、深く頭を垂れていた。  オリビアもまた、モニターの燃え盛る聖都から目を離さず、唇を噛み締めていた。  その顔には、勝利の喜びも、安堵もない。あるのは、任務を遂行した者の、深い悲しみだけだった。


「ごめんなさい……。あなたたちは、ただ利用されただけなのに」


 教皇の残した最後の悪意。  それは、サマーズ軍に物理的なダメージを与えることはできなかったが、アルヴァン帝国の心に、決して癒えることのない「黒い傷跡」を残した。


 聖都の空には、黒いすすが雪のように舞い落ちていた。  それは、アンブロシアの狂気に飲まれ、焼かれた人々の、最期の懺悔の雨のように見えた。



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