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死にかけの第一王子を拾いました 生ず殺さず領土開拓  作者: サトウ トール
第一章 毒殺されかかった第一王子 第一節 プロローグ
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第一話 深夜の訪問者はクールビューティ

新しい話を書きたくなりました。

 ところどころ窓から月明りが零れる中、王城宮殿の廊下を足音一つ立てず目標の寝室に向かう一人の影。漆黒のドレスに身を包み、グレーアッシュの髪が艶やかに流れて、背中の肩甲骨の辺りで揺れている。時々月明りが照らすその表情は、何かを思い詰めた決意を感じさせる。グリーンがかった切れ長の眼差しは、淡々と業務をこなす暗殺者を思い起こさせる。得物は、スカート下に隠された小剣か。




 衛兵の警備すらいない寝室の扉をそっと開けるのは、簡単なことだった。殺風景な広い寝室の中央に、ポツンと設けられた飾り気のない寝台。素早く寝台横に音もなく歩み寄り、身をかがめて、対象者の寝息を窺う。目を覚ます気配はない。




 対象者の左手首を取り、脈を診る。弱々しいが、規則的な脈動を感じ、先ほどの寝息と併せ、対象者の生存を確認した。取っていた左腕、そして右腕も取り、胸の上で交差させ、その後、足を触ったあと奥の膝と、奥の肩甲骨に手をかけ、対象者の身体をゆっくりと引き起こす。




 何故か、対象者の身体を横向きにして、上側の足を前に出し、その姿勢を安定させたように見える。彼女が得物を取り出す様子はない。立ち上がり対象者の様子を窺う。が間もなく、寝台横のナイトテーブルの上にあった水差しを持ち、入ってきた扉から退室していく。




 どうやら彼女の目当ては終わったようだ。グレーアッシュの髪に隠れて、ホワイトプリムが見える。ふわりと広がったフレアのスカートが愛らしい。彼女は、暗殺者ではなくハウスメイドだった。




 ◇




 同じ夜、少し前の時刻。夜空には、満天の星が輝き、月が辺りを明るく照らしている。四の月とは言え、夜に吹き抜ける風には、新緑の命の香りと、まだ寒々と冷え込む春の気まぐれが同居している。




 キノア王国の王都ノルディア。大陸の南部に位置する人口十万人を超えるこの都市でも、春の夜はまだ寒い。人々は、人肌の暖かい寝具が恋しい。そんな夜、王城だけは煌々と明かりが灯り、寒さとは無縁の世界を紡ぎだしている。がしかし、王城宮殿の中のアルヴァン第一王子の王子宮廷だけは、切り離されたように静まり返っていた。




 物音ひとつしない深夜の時間帯、広い寝室に上質な整えられた調度品。間接照明の魔導照明器具が寝室の上部をほのかに照らす。微かに甘い花の香りが辺りを漂う。余り飾りのない部屋の中央に設えられた、素朴だが上質な寝台や寝具。そこに横たわる男の子が、一瞬ビクッと動いたように感じられた。その端正な顔立ちを歪めて、何かをこらえているかのようだ。眉間に皺が寄る。長い期間、眠りについているのだろう。




 痩せてはいるが、萎びたわけでも弛んだ体型でもないようだ。年頃は十一、二歳くらいか。小柄な体躯。端正な顔立ちだが、子供にしては肉付きが足りない。小柄で痩せた体型が、王城の中でのこの子の立ち位置を示している。そう言えば、寝室の扉の前には、衛兵の警備すらない。




 毒物劇物には、単独使用では劇的な効果をもたらさなくても、複合すると、毒物劇物になるものがある。先ほどの微かに甘い花の香りもその一種かも知れない。彼の寝台の横には、鈍く光る水差しが見える。




「ウウゥッ。」

 どうやら第一王子が覚醒しかかっているようだ。そっと見開いた瞳は、ラベンダーカラー。全く動かせない体がもどかしい。大分長い時間を掛けて自分のことを思い出したようだ。右手の人差し指が、反射のような動きをする。




 寸刻の時間が経過した。ハウスメイドが一人、第一王子の寝室にそっと入ってきた。グレーアッシュの髪をしたクールビューティには、怪しい行動は見受けられない。まっすぐ彼の横にひざまづき、左手首の脈拍をとる。第一王子は覚醒しているだろうに、動かない。いや身体を動かせない。




 ふぅ、とため息を一つつき、彼女は第一王子の体位変換を行う。左肩を下に、左方向を向いた姿勢に変え、上掛けを掛ける。立ち上がり彼の様子を窺う。その眼差しは慈しみに溢れていた。ナイトテーブルの上にあった水差しを持ち、入ってきた扉からゆっくりと退室していく。




 しばらくして、アルヴァン第一王子は自分のことを少しずつ思い出す。物心ついたあとから十歳辺りまでの記憶は思い出せた。あたかも走馬灯に映る影のように、様々な記憶が脳裏に現れては過ぎ去っていく。それ以降は、寝台で寝ているか寝ぼけていたようだ。今がいつなのか、記憶らしい記憶が思い出せなかった。彼は大きく目を見開き、そして閉じた。




 誰の差し金なのだろうか、彼はここ三年ほど複合毒により昏睡している。毒物劇物には、単独使用では劇的な効果をもたらさなくても、複合すると、毒物劇物になるものがある。じわじわと時間を掛けて、彼は身体の自由を奪われ、死の縁へと追い詰められていた。こんな手の込んだ手段をとるのは、


 ――王族の殺害は、何人たりとも即刻死罪――


 という、キノア王国初代国王が定めた第一番目の法律のためだ。教会に真偽官制度があり、冤罪は不可能なのだろう。あるいは、ステータスに、『王子殺害』の称号を刻み付けられるのを避けるためか。それとも、国家間の軍事バランスを崩さず、密やかにこの国を乗っ取りたいのだろうか。それでも、彼が三年間持ちこたえてきたのは、人智を超えた神の御加護といった御業が得られていたのだろう。




 そしてようやく、その御業が実を結ぶ……。




 第一王子の唇が、微かに動いた。半刻いちじかんほどそうしていただろうか。自分の記憶をたどり、彼が何者で、どのような使命を帯びていたのか、どのような運命を所有していたのかを理解する。そして加護を授けて下さった神の御意思を理解するに至った。




 ◇




 第一王子は、頭だけは覚醒した。過去のことはしっかりと思い出せた。がしかし、自分の身体が動かせない。冴えた頭を使って、まずは視覚、聴覚、嗅覚を呼び覚ます。少しずつ、眼球が動かせるようになる。唇が動かせるようになる。甘い香りが感じられるようになる。




 次に、身体を観察していく。ようやく何故身体が動かないのかを理解する。と、同時にこの身体の置かれた立場がかなり危ういことも理解する。複合毒が盛られているのだ。誰が味方で、誰が彼の命を狙っているのかが不明だ。いやもしかしたら、全員敵なのか。




 毒素の解毒・排出、体力の回復、魔力量の回復、そして魔力循環。これらの作業を魔力探知されないよう、慎重に行っていく。が、誰かがまたこの寝室に近づいて来ている。魔力探知されてしまったのだろうか? 先ほどのクールビューティのメイドとは、違う魔力反応だ。




(俺は、未だこの身体を使えない。襲撃されたら、反撃できない!!)


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