<7>夢うつつ恋話
記憶が……。
あの時、死にそうな皆を助けたのが……なら。
………………かショックなことが……。
エルフの……………………アーラは悩み……。
「もし────なら、何か、アーラなりに、辛い思いを抱えてたのかもしれないだろ」
「……だったら、俺達のせいだよな」
「別に、俺達は誰もアーラを傷つけようとして────たわけじゃない」
「それは……そうだけど……結果的に傷つけてたかもしれない────は、分からないってことさ」
ぼそぼそと、人の声が交わされている。
夢をみているのかと思った。次に、両親が何か話しているのか、と。
僕が自分の部屋で眠った後、両親の会話がリビングから聞こえてくる。そんなことが、過去にあったかもしれないし、ただのイメージかもしれない。
だけど、すぐにそれが思い違いだということに気づいた。
暗い。暗闇が、濃い。
違う。ここは、家じゃない。地面に触れている手のひらが、冷たい。地面の冷たさだ。
ここは、外? 頭が混乱している。
「…………そんなこと、今更言っても仕方がない」
「忘れてしまいたいんだったら、その方がいいってこともある……このまま、記憶を取り戻さない方が」
「そんなの、アーラが可愛そうだ。俺達のエゴだよ」
あぁ、そうだった。僕は、アーラというエルフになっているんだ。
「そうだな。俺もそっちの意見に賛成だ。とにかく、明日には街に入れるから、街で回復してもらって、記憶を取り戻してもらおう。話は、それからだ。欠落したままで幸せ、なんていうのは欺瞞だろ」
「回復魔法が使えないままだと、実際的な問題も大きいし」
「ああ……。俺も、それは分かってる。それに、アーラは俺達の大切な…………存在だから」
僕は、寝ていなかった。────いや、やっぱり、一度寝てたかもしれない。でも、なぜか自然に目が覚めた。
たぶん、男達の会話で目が覚めたのだと思う。「アーラが」「アーラは」という台詞があった。つまり、「僕」のことを話題にしている。
気にするなという方が無理だ。
いくら、寝ている様子だからと言って、本人がいるところで本人に関する内緒話をするのは、どういう了見なのだろう……。
そっと薄目を開いて周囲を窺うと、サアス、イト、ルザクらしき3人の影が見えた。小屋の中は相変わらず真っ暗だが、だいぶ夜目が効くようになっている。
「もし、このまま記憶が戻らなかったらどうする?」
「その時は、その時だ。俺は別にどっちでもいい」
「どっちでもいいっていうのは、」
「……うん、まぁ、それは……つまり、どっちでも、俺の気持ちは変わらないってことだ」
「それは、俺もそうだな。だけど、アーラの方が変わるだろう。逆に、そうなった時の方が、正念場かもしれないな。俺達にとっては、新しい局面というべきか」
「うん……その意味は、よく分かる」
奇妙な静寂が落ちた。もしかして、僕が起きたのがばれたのかな、と思った。
「記憶が戻らなくても、俺はアーラが好きだ」
長い溜めがあった後、ふいに、誰かが、そう言った。
突然の告白に、僕の脳がびっくりした。。
アーラが好き? えっ?
好き、って……つまり、そういう意味だよね?
僕は暗闇の中で目をぱちくりさせる。
……………………そうなんだ? このグループの中には、アーラを好きな男がいるんだ?
今、一体、誰がそう言ったのか分からない。だけど、たぶん、サアスかな、と思う。
低い声だったから、イトか、ルザクかもしれない。
右手から聞こえたような気がするけど、誰がどこに座っているのかもはっきりしないので、断定は難しい。
「そういうことは、軽々しく口にすることじゃないよ」
と、たしなめる声が聞こえた。この少し聞き取り辛い滑舌は、イトだ。
じゃあ、さっき『アーラが好きだ』と言ったのは、イトじゃない。除外すると、やはりサアスだろうか?
探りながら、僕はドキドキしてしまった。
決して僕自身のことを言われているわけじゃないと分かっているけれど、一応、アーラの体を間借しているわけだし、それに人の恋話を盗み聞きしているというのも緊張と、後ろめたさがある。
そうか。アーラ────このエルフの女の子のことが好きなのか……。色恋の話が、あるんだなぁ……。
それにしても、よく、こんな太った女性を好きになる男がいるもんだな……。
つい、そう思ってしまった。
これは良くない。人の好みは千差万別だ。それに、他人の恋路にケチをつけるのも失礼だ。今、この厩に馬がいたら蹴られるところだ。
僕には直接関係のない話だけど、憎まれているとか、嫌われている、とか、そういうのじゃなかったんだから、とりあえず良かった、と思おう。
────あぁ~。分かった。……そうか。
一つ、思い出したことがあり、腑に落ちた。
今日の昼間に、サアスが本気で怒った場面があった。あの時の「アーラを侮辱するな」、って言うのは、惚れた女を侮辱するな、という意味が含まれていたのだ。
────うん、じゃあ、間違いない。やっぱりアーラのことを好きなのは勇者のサアスなんだな。
僕は一人で納得し、うんうん、と心の中で頷く。
「でも、もし、記憶が戻らなくて……今のアーラが違う決断をした場合……」
「これ以上、仮定の話をしても仕方がない。そもそも、この件については、俺達がどうこういう話じゃなくて、アーラが決めることだ。そういう話だっただろう」
「そうだな。記憶が戻った場合でも、そうじゃなくても、アーラの気持ちを尊重しよう」
ぼそぼそ声の会話が続く。
僕はそれを引き続き盗み聞きしていて良いものなのか、対応に困った。
できることなら、僕に関する内緒話は、僕のいないところでやって欲しい。
「明日になれば、記憶が戻るかどうかは、はっきりする。あとは、回復魔法が使える優秀な回復士がいるか、だな」
「大きい街みたいだし、それは大丈夫だろう」
3人の意見は最終的に一つに収束して、終わりそうだった。それは明日には街でアーラに回復魔法を試すということだった。
────記憶喪失じゃないんだから、回復魔法なんて試しても無駄なだけだと思うけど……。
しかし、そうとも限らない。
もしかして、明日、僕が回復魔法とやらを受けたら、僕の魂は元の世界に戻れるかもしれない。
僕がこの異世界に来てしまった理由は未だにまったく不明だ。
だけど、回復してアーラの記憶が戻る────つまり、本人の魂が戻ってくるなら、入れ替わった僕自身が元の世界に戻る可能性だって、ゼロじゃない。
そうなれば、無事めでたし、めでたしなんだけど……。
「寝よう。おやすみ」
誰かが言った。
他の二人からの返事はなかった。僕は、内心で「おやすみなさい」を返した。
周囲に気づかれないように、静かに姿勢を変える。
ずっと同じ姿勢で足を山折りにして寝ていたから、少し体が強張っている。僕は体を丸め、おでこを腕の上に乗せて再び目を閉じた。