<6>月が綺麗
まだ、たった半日ほどしか経っていないが、この冒険グループにいて仲間の絆が深いというのは本当だな、と思う。
皆、とても優しい。魔法も使えず、重い荷物も持たない、歩く速度の一番遅い僕にペースを合わせてくれる。
弱音なんて吐いている場合じゃない。
グッと気合を入れ直し、目的の街を見据える。まだまだ遠いけれど、歩いた分だけ、ちゃんと目的地は近づいている。今では一番高い建物の屋根にかかっている旗らしきものが判別できるほどだ。
建物を見晴るかし、ふと思いついたことを尋ねてみた。
「そういえば、イトさんはワープ魔法が使えるんですよね。さっきの食事で魔力が回復しているなら、あの街までワープすることはできないんですか?」
これくらいの距離なら、もしかしてワープできちゃったりしないのかな?
と、期待したのだ。
「あぁ、それも一つの方法なんだが……なぁ」
「うん、全員を一定距離ワープさせるっていうのは、すごく魔力を使うから、最後の手段なんだよ。例えばワープした先に突然強い魔物が現れて、そこで戦闘になった時、逃げだすためのワープが使えないと詰む可能性があるでしょ?」
イトは無口ではないが、ボソボソ喋るタイプだ。少々聞き取りづらいので、僕は集中して耳を傾けた。
「魔力を回復できるアイテムを持って入れば、まだいいんだけど、廃墟で使い切ってる。さっきの食事で回復した魔力量だけでは、本当にあそこまでワープするのがギリギリの、精一杯だ。ワープ後に僕が何もできなくなっちゃうと、今はアーラも本調子じゃないし、何かと不便でリスクが大きい……かな」
なるほど。分かりやすい説明だ。
「すみません。事情を知りもしないのに余計な口を出して」
「ううん。そんなことはないよ。むしろ、記憶がないのにその発想が思い浮かぶっていうところが、やっぱりアーラらしいというか、頭の回転が速いと思う」
「いえ、そんなこと全然ないです」
大げさに褒められたのがむず痒くて、僕は何となく、自分の耳に触れた。
「まぁ、もしアーラが力を貸してくれるなら、すぐに魔力を補給することも可能だけど……」
イトが何か言いかけると、突然、サアスが大きな声を出した。
「っおい! イト! ふざけんなよ」
「あー、あー、あー! なんでもない!」
ルザクが、後ろからイトの首を羽交い絞めにして、何かプロレス技のようなものをかけている。僕は状況が飲み込めず、狼狽えた。
「違う……ただ、僕は事実を伝えようとしただけで、やましい心があったわけじゃ……」
「いいから、黙れ!」
「絶対に許さん!」
サアスが、イトの胸倉を掴んで凄んでいる。一体、何が起きているのだろう。なぜ、急に喧嘩を始めた?……いや、単に男子がじゃれあってるみたいな感じ?
僕だけ置いてきぼりだ。
「あ……あの~……皆さん、何が、どうしたんですか」
僕の方を振り返ったサアスは、笑顔だった。
「大丈夫だ。アーラ、今のは、何でもない!」
「は、はぁ……」
────回復の方法みたいなことを言いかけた気がするけど? ……触れない方がいい話題なのかな……。
不可解な一幕を経て、僕らは再び荒野を歩き始めた。
何回か、休憩を取った。
一番お荷物なのは、やっぱり僕だ。女の足で、スタミナが少ない。それに、この駄肉がついた体は、その重りのぶんハンディを負っているような気がする。
いつまで、僕がこの体に乗り移っているのか分からないけれど、長居することになるならば、痩せたい。
更に日が暮れると、進むべき道の見極めが難しくなってきた。
街はだいぶ近づいている。ただ、夜道をこのまま歩き進めるかは、微妙な線だった。汗が体にベタつくので、お風呂に入りたいなぁ、と思った。そんな贅沢を言える状況ではないが。
皆の口数も少なく、沈黙が続くようになった。空にはいくつかの星が瞬いている。
そうして、ようやく街に着いた時には真っ暗で、危惧していた通り、門は閉まっていた。
がっくりと項垂れ、サアスが手を合わせた。
「ごめん。アーラ。せっかく、ここまで無理に歩かせたのに。すまなかった」
「えっ……はい。仕方がないと思います」
残念ではあるが、予想していたことでもある。何も、改めて謝ってもらうほどのことではない。ましてや、僕も了承の上、皆で決めたことなのだ。
「この辺で、どこか、野宿しやすそうな場所を探してくる。アーラとサアスは、ここで待ってて」
そう言って、イトとルザクが素早く別行動に移った。二人とも疲れているだろうに、フットワークが軽い。
夜目で分かりにくいが、街は堀で囲まれていて、跳ね橋が上がっている。その向こうを城壁みたいな壁で囲んでいるようで、なかなか堅牢だ。
「何か外敵から守っている街なんですかね。この国では、こういうものなんですか?」
「魔物とか、戦争とか、色々あるからな」
「そうなんですね」
治安が、あまり良くないのだろう。そして、あまり豊かではない。街には資源や、財産が集中する。それを守らなければいけないのは、理由があるからだ。
僕はこの世界のことを想像した。それは、僕の今後の身の振り方に影響する。
「月が綺麗だな」
「え? あぁ、本当ですね」
言われて、僕は空を見上げた。
「明日も晴れそうだな」
「はい」
野宿にはもってこいの天候だ。暗にそう言っているのかと思ったら、会話はこれで終わりだった。
イトとルザクが戻って来て、厩を見つけたと言った。
おそらく街に入るのに足止めを食った旅人のための施設だということである。厩なんて、ちょっと臭そうだが、仕方がない。
いよいよ闇の濃くなった夜道を連れ立って行ってみると、掘っ立て小屋のような建物の陰があり、中は無人で、「無馬」だった。
イトが光を出す魔法で中を照らしくれた。適当に背もたれによい壁があるところに皆で座り、荷物を下ろす。
「ふぅ……夜明けまで、ここで過ごすしかないな。イト、もう灯りを消していい」
「いいの?」
「魔法を使いっぱなしじゃ、疲れるだろう。別にいいよ。もう、どうせ寝るだけだ」
「うん。じゃあ、お言葉に甘えて」
イトが灯りを消すと、小屋の中は真っ暗になった。屋外の方が月明かりがあるぶん、明るい。
「真っ暗……」
「怖い?」
「大丈夫です」
怖いというか、こんなに暗くて大丈夫なのか、という気がする。何か危険が身に迫っても気づけない、というような不安だ。
これが暗闇に対して抱く恐怖の根源なのだろうな、という気がした。
「もし、光が必要になったら言って」
「はい」
ごそごそと、誰彼が身じろぎする音がする。荷物を漁っているようだった。だけど、何をしているのかは見えない。
「ここに、水筒を置いておくから、飲みたいやつは飲んでくれ」
「あぁ、俺のも置いておく。オアシスで汲んだのが、まだ残ってる」
水は貴重だ。確かに喉が渇いているが、僕は遠慮してそれに手を出さなかった。お腹もすいて来た。昼間にしっかり食べたから飢えるほどではない。しかし、1日3食が当たり前の世界から来た僕にとって、欠食はあまり馴染みがないのだ。
「今日は大変だったな。だけど、とにかく、皆が生きてて良かった。明日には街に入れる。戦利品を換金して、ちゃんとした宿を取ろう」
暗闇の中で、サアスが言った。
ルザクが「あぁ、そうだな」と答え、イトも頷いたような気配があった。
やっぱり、馬の糞の匂いがする。お尻の下は、堅い露地だ。
こんな場所では一夜を明かすのも難儀だろう、と思っていたが、疲労の方が優勢のようだ。わずかもたたず、僕は眠りに引っ張られる意識を自覚した。
本当に、今日は歩き疲れた。歩かずに休めるのだから、今はこれ以上の贅沢は言うまい。
とにかく、生きているのだから。サアスの言う通りだ。
女になったり、エルフになったり、行き倒れたり。
でも……────生きているのだから、きっと何とかなる。