<4>キャンプ料理
ルザクが腕に一杯の木を集めてきた。イトが掘った地面にその木を重ね置き、火をつける。この暑い炎天下になぜ焚火を始めたのかと訝しく思うと、どこから捕ってきたのか、魚らしきものを焼き始めた。
魚が焼ける、香ばしい匂いが漂ってくる。
一般常識に関する講義が続いている最中にも関わらず、僕のお腹がぐう~と間抜けな音で鳴いた。
「っ、あははっ! 何よりもまずは、飯だな」
「アーラ。こっち、一匹目の魚、もう焼けたよ。ちょっと小さいけど食べなよ。どうぞ」
イトが串に刺さった焼き魚をこちらに差し出す。
「ありがとうございます」
僕は御礼を言ってそれを受け取った。青色で平べったい、鯉みたいな魚だ。イトは器用に新しい魚を串に刺して、焚火にかけていく。
「魚だけじゃ物足りないかな。ちょっと、その辺を採集してくるかな」
「俺も手伝う」
サアスとルザクが立ち上がる。
「あ、僕も何か手伝いましょうか」
「アーラは気にせず、ゆっくり休んでて」
「はい。すみません」
右も左も分からず、魔法も使えない僕が行っても何の役にも立てないだろう。僕とイトが焚火の前に残り、火の番をすることになった。
焚火の直火で魚を焼くのは、意外と難しい。
時々、串の位置を変えたり、魚をひっくり返したりする。僕も見様見真似で手伝ったが、魚を倒して、何度か砂をつけてしまった。
「ふぅ~……暑いね」
炎天下で焚火をすればもちろん暑い。
イトが、黒い羽織りのフードを脱いだ。頭が出てくると、結構長髪であることが分かった。後ろで一括りにしている。髪の毛の所々がまだらに灰色だった。ビジュアル系バンドの兄ちゃんみたいな髪型だ。
────この灰色のまだら髪が自前だとすると、イトも人間じゃなくて別の種族なのかも?
そう思って、ジッと観察した。
顔色が悪くて痩せぎすで、目の下に隈がある。年のころは20代前半かなという感じ。ちょっと病的な感じのする顔立ちだ。
でも、いきなり「イトさんも人間じゃないんですか?」なんて聞くのは失礼だろう。僕は大人しく口を噤んで焚火の方に向き直った。
「はい、こっちの魚はだいたい焼けたよ。今度は大きい方をどうぞ」
「ありがとうございます」
僕は遠慮なく、2匹目の魚を受け取った。1匹目よりもだいぶ大きいので、骨が少なくて、身も柔らかくて食べやすい。
「おいしいです」
心の底から、そう思った。こんな非常事態に魚を食べて喜んでいる場合ではないのだけど、美味しい食べ物と言うのは、心を癒してくれるものだ。
「それは良かった。骨と、内臓のところは、その辺にペッってしてくれればいいから」
僕は、笑って、頷いた。
ぺっ、という表現がなんだか可笑しかった。まるで、子ども扱いされているみたいだ。
「これって、塩味がしますね? 塩を振ったんですか?」
「塩を振ったわけじゃないよ。一応、料理の魔法を使ったから、それなりに食べられる味になっていると思う」
「料理の魔法……ですか。便利ですね。魔法のことはよく分かりませんけど、とにかく美味しいです」
「どんどん食べて」
「でも、サアスさんと、ルザクさんのぶんが無くなっちゃうんじゃ……」
「まだ一杯あるから、心配しなくて大丈夫だよ。僕も食べようっと」
イトと一緒に、むしゃむしゃと魚を食べる。地面に座って焚火で焼いた魚を丸ごと食べるなんて、僕の人生では初めての経験だ。でも、悪くない。
「この世界の魔物は、ほとんどが食べられるんだよ」
「へぇ~。そうなんですね」
答えながら、僕は魚を齧るのを止めた。
「もしかして、この魚も魔物ですか?」
「あ、ううん。それはただの魚。ごめん。紛らわしいことを言っちゃったね」
「いえ。大丈夫です」
魔物を食べる、ということに偏見があるわけではない。……というか、僕はその行為に対する通念的な判断材料を持ち合わせていない。
イトと雑談を交わしていると、サアスとルザクが戻って来た。
2人は大きな蛇と、キノコと、果物を持って帰って来た。この短時間で考えれば大した成果である。
「へび……は、ちょっと僕は結構です」
かなりデカい蛇だ。ルザクが地面に落とすと、ドサッ、と重たい音がした。
「そうなのか? せっかく、アーラの好物だから喜ぶと思ったんだけどな。でも、しょうがないな。今は記憶喪失だもんな」
「記憶喪失ではないと思ってるんですけど、でも、ちょっと分かりませんね」
僕は言葉を濁した。
「じゃあ、こっちの果物はどうだ?」
サアスが赤いリンゴの様な実を差し出してきた。
「あ、ありがとうございます。いただきます」
僕はそれを受け取り、匂いを嗅いだ。
傍らで、イトが魔法を使って、ヘビとキノコの料理を始めた。手順を見ていると、下ごしらえに魔法を使い、その後は焚火で焼くという感じだ。
葉っぱでキノコを包んで、焚火の地面を掘って中に埋めた。ヘビはそのまま焚火に突っ込んで、ぐるぐるキャンディーみたいに丸く形を整えている。
木蔭ではあるが、やはり暑い。サアスとルザクは少し焚火から離れたところに座って、そこで食事を始めた。
「アーラ、記憶は戻りそうか? 異変はないか?」
「今のところ、特に、何の変わりもないです」
これを聞かれるのは何度目だろう。ちょっとせっかち過ぎるのではないか。
僕の気持ちが表情に出ていたのだろう。イトに、ちょっと笑われた。
「もしかして、アーラはこれも忘れてるかもしれないね。食事をするとね、回復するんだ。食事には加護があるから。魔力とか、体力とか、精神力とか。ちょっとした傷なら癒えるんだよ」
「え? そうなんですか? 食事で怪我が治るってことですか?」
僕は目を丸くした。常識の違いに、驚かされてばかりだ。
「あぁ、だから、記憶が戻ったか、って聞かれたのかぁ……」
つまり、食事で記憶が回復したのではないか、と思われたのだ。しかし、残念ながらその兆しはない。
そもそも、記憶喪失じゃないのだから、回復のしようがないと思う。しかし、元のアーラの魂?が戻ってこないと、この先この冒険者のチームには多大な影響が出るようだし、僕としては引け目を感じる。
「だから、アーラ、たくさん食べろよ。記憶が戻るかもしれないんだから」
ルザクが僕の頭をポンポンと叩き、それから果物をもう一つくれた。このリンゴに似た果物は、リンゴと桃の間のような味がする。歯触りはシャリシャリしていて、美味しい。
「ありがとうございます」
結構お腹が空いていたので、結構どんどん食が進む。魚ももう一匹お代わりした。その後でキノコが焼きあがって、土を払いながら食べた。栗のようなほくほくした味わいだった。
「ヘビも食べてみないか? 滋養がつくぞ」
「いえ、ヘビはやっぱりちょっと……さすがに、結構です」
サアスが、剣先で丸焦げになったヘビの皮を割いた。すると、外観からは想像できない真っ白な身が出てきた。どことなく、うなぎっぽい感じだ。こうやって見ると、不味そうではない。しかし、ヘビを食べるということには抵抗がある。
他に食べるものがないなら食べるが……。
「アーラの好物だったんだけどなぁ」
残念そうに言い、男達3人がめいめいそれを食べ始めた。他人が食べているのを見ると、ちょっと興味が湧いてくる。
「記憶が戻っても、怒るんじゃないぞ。なんで、あの時アーラの分まで食べちゃったの、って」
からかうように言われて、僕は口を尖らせた。
「むぅ、そんなこと、言いません」
「あ、今の言い方、アーラっぽい」
気が付けば、僕は頬を少し膨らませていた。
え? 何。
僕って、こんな仕草するタイプだっけ?
拗ねたような口調といい、なんだか本当に『アーラ』になったような変な感じだ