<37>通知表
街に定住する、治療従事者として生活するならば、良い。しかし、冒険についていく回復士ならば、怪我は避けて通れない。
自分が怪我を負いながら回復魔法を使えること、というのは高度な技ではあるが、冒険者にとっては最低限必要なスキルともいえる。
「うー……。分かりました」
僕は、覚悟を決めた。
「やります」
しかし、怖い。このために、ギロチンみたいな装置でも準備してくれればよいのに、と思う。
────でもギロチンも怖いな……。
すべすべの腕を見る。『アーラ』の体を傷つけるのはなんだか申し訳ない気もする。いや、しかし綺麗に治療すれば問題ない。隣に回復士さんもいるし、大丈夫だ。
「……すみません、やりますけど、切るのはお願いしてもいいですか?」
そう言って、ナイフをギルド職員さんに渡した。
僕がやったら、躊躇い傷だらけになりそうだ。
「うわぁ。私ですか。はい、分かりました」
職員さんも気が進まないようではあったが、文句は言わずに受け取ってくれた。
「いきますよ」
僕は、腕を差し出し、目を背ける。
ちょっとだけ、病院で注射を受ける時に似ている。でも、やることは、注射とは比べ物にならない。
「力抜いてくださいね。切れにくくなるので」
と言われた。
そんなの無理だよ、と思ったが、力を抜いたほうが、まだ痛くない気がしたので息を吸って、吐いた。
冷たい。
一瞬、優しく撫でられたような感じがあった。
その後、ブワーッと痛みが広がった。
冷たくない。熱い。
僕はみっともなく「痛い! うっわ、これ、本当に痛いんですけど!」「えーーーっ、痛い! 痛い!」と喚いてしまった。しかし、痛いと叫んでいると、回復魔法が唱えられない。これは、一つの知見だ。
切った腕から、景気よく、大量の血が溢れてくる。動脈まで切ってるんじゃないか、と思う。
恐怖で眩暈がする。貧血が起きそうだ。痛い。こんな試験、止めて置けばよかった。
「早く、回復、どうぞ!」
強めの口調でうながされ、僕は怪我部分に手をあてた。
『ルイヲッウティ』
僕の手から靄が大量に出る。お湯に入れたドライアイスみたいな勢いだ。
なんか、いつもと違う。やはり、痛みのせいでコントロールがうまくいっていないのかもしれない。
僕は痛みを堪えて、意識を集中させた。
「────え? あれ? 治った……?」
怪我は素早く治ったように見える。
だけど、腕はまだ痛い。
ジンジンする感じだ。皮がつながっただけで、組織が完全に回復していないのかもしれない。そう思い、更に回復のイメージを強くした。
僕の手のひらから回復魔法の力が、再度放たれる。
「あ、もう大丈夫です。回復してますので。十分です」
「えっ、本当ですか?」
僕は、おそるおそる、指先で自分の腕をつついた。
「なんか、まだちょっと……違和感と言うか……」
まだ痛い、と言ったら減点されるかもしれないと警戒し、言葉を濁す。
「はい。十分です。早いですね」
「あ、そうですか……。」
褒められた感じだったので、僕はホッとした。深呼吸すると、痛みはだいぶ引いてきた。
「はい。では、早速次のテストに入りますので、準備してきますね」
そう言って、職員さんは部屋を出て行った。
僕が、事前詠唱なしで回復魔法を発動させられるのは幸いだった。
あんなに痛い中、長々と魔法の呪文なんて唱えられない。
もし、事前詠唱が無いと、回復魔法がかけられないなら、このテストを受けるべきではないと思う。
それと、片手を直すわけなので、回復時に片手しか使えないのも、注意点だ。両手をかざさないと回復魔法が使えない人は、このテストを受けるべきではない。
僕は、片手で回復魔法を使うのは初だったが、幸い発動させられた。良かった。
「では、次は病気の治療のテストです」
ギルド職員さんは、籠に入った動物────小動物を3種類持って来た。
「……まさか、動物の病気を回復するんですか?」
「はい。もちろんです。人間の病人を使うわけにはいかないですから」
言われてみれば、確かにそうだ。
人間の病人を使おうと思ったら、怪我の時と同じく、事前に罹病した人間を準備しなくてはいけなくなる。それは、いくらなんでも難しいだろう。
籠の中には、結構大きめのネズミのような動物が入っている。
一匹は毛並みが非常に悪く、禿げた部分から皮膚が覗いている。一匹は籠の隅に蹲っていて、ほとんど動かない。最後の一匹は、元気に見えるが、きっとこれも何かの病気なのだろう。
それにしても、回復魔法が、人間のみを対象とするわけではないと言うのは、驚きの事実だ。
回復魔法に関する基本的な知識が不足している僕にとって、こうして新しく知ることは、本当に衝撃的だ。
この世界における回復魔法と言うのは、絶対的なのだな、と思う。
そして、考えてみれば奥が深い。
────回復とって、受傷、罹病する前の状態に時間を巻き戻すことなのかな。それとも治癒の速度を進めることなのかな。ほんと、どういう理屈なんだろう……。
こうして、一連の試験は、無事に終わった。
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「アーラさん。3番窓口にお越しください。アーラさん、いらっしゃいますか~」
「あ、はい。はーい。いまーす」
僕は手を挙げて、アピールした。
列を飛ばして、呼ばれた窓口に立った。
「はい、では、こちらが回復士のレベル証明書です。お名前に間違いはないですか」
「はい」
「もし、試験結果に異議があれば、三日以内ならば半額で再試験が受けられますので」
「えっ、本当ですか?」
それは、とてもお得なサービスのように思える。2回目だったら、勝手も分かったことだし、もっと良い成績を狙える気がする。
「ご希望されますか?」
「いえ、全くしません!」
僕は強めに拒絶した。
いくらお得であろうと、もう二度とあの試験は受けたくない。
とにかく、腕を切るのが、厭過ぎる。
予想外の苦労の末、ようやく回復士の証明書を受け取ることができた。
僕は感慨を胸に、証明書に目を通した。まるで、通知表みたいに、成績が記録されている。
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以下のものを回復士として証明書する
名前:アーラ・キーィフェンス・マルクディア
怪我回復:☆☆☆☆☆(Lv5/5)
-集中力:優
-範囲:優
-速度:優
病気回復:☆☆(Lv2/5)
-種類:可
-効果:可
状態異常回復:☆(Lv1/5)
-種類:劣
-効果:可
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これだけの情報が、薄っぺらい金属片に打刻してある。グラスの下に敷く、コースターくらいのサイズだ。
裏返すと、街名と、日付、ギルドの証明印も刻まれていた。




